第038話 黒い焔が渦巻き

これぞ鬼だと、想像したことのある姿。だが、良く見ると、想像したよりもおぞましい。


赤黒い肌。しかし、人の持つ肌質ではない。細かい鱗のようにも見えて、ザラザラとした質感があるようにも見える。人にはあり得ないほど大柄で、筋肉の付き具合がよく分かる。


牙が生えてはいないが、その歯や発達しているであろう大きな顎は、間違いなく肉食のものに備わっている力強さを感じた。


目の色は変わらない。本来、白い部分は黒だ。それだけでも異常なのだから、その存在を知らぬ者が見れば、恐怖で動けなくなるだろう。


《この呪われた姿で人を屠ることこそ、我らの悦び》


その声は、先ほどの少年の姿の時よりもしっくりときた。これが本来の姿なのではないかと思える。


「また、らしい姿になったもんだ……」


高耶は、両手でしっかりと水刃刀を握り、隙なく構える。その一方で、充雪は鬼の姿を見て考え込んでいた。


《……呪われた……だと?……まさか……》


何か気になっているらしいが、今はそれを聞いている時間はないだろう。


高耶は大きく一つ呼吸をして、気合いを入れた。


「やらせてもらうぞ!」

《ヒトごときがっ!!》


鬼が強く地を蹴った。こちらへ向けて飛ぶように駆けてくる。そう認識した時には、大きく横から薙ぎ払うように太い腕があと数センチと迫っていた。


「くっ!!」


咄嗟に水刃刀を盾に、受け止めるが、力で押し切られる。


「ぐぅ!」


投げ飛ばされる時に感じた圧力は、ジェットコースターの急降下する時よりも強かった。しかし、ただ飛ばされるような鍛え方はしていない。


こんな時でも動けるのが秘伝の継承者だ。飛ばされたと同時に上体を前に突き出し、背後に迫った木の幹を足蹴にする。しっかりと屈伸も使って威力をいなし、そのまま鬼へと向かって伸び上がるように飛んだ。


威力を殺したとしても、鬼から受けた力の反動を使っている。風の抵抗を受けながらも迫り、刀を振るった。


「ッ!」


呼吸だけが覇気として出る。それは、強力なカマイタチのように、何度も鬼の残っている片方の腕を刻んだ。


《ガァァァァっ》


先に斬り落とした腕同様に、白い炎が上がり、その腕も、跡形もなく消え去る。


これで両手がなくなった。もうここまでだろうと安心するのも束の間、鬼は口を開けた。


《ナメルナァァァァ!!》

「ッ!? それがあったか!」


地を蹴り、大きく距離を取る。しかし、口から出た黒い炎は、辺りの木々に燃え移る。


《っ、マズイぞ! この炎、結界を弱らせていやがる!》

「なっ、これが外に出たら!」


確かに、少しずつだが術が不安定になってきているのが分かった。


《おっ、待てよ……よし、結界についてはオレに任せろ。アテができた》

「……っ、分かった。任せる! こっちは何とかしてみせる」


結界の外から干渉する気配。それは、神の力だ。どうやら、神楽部隊が力を貸してくれているようだ。これならば、結界を気にする必要はないだろう。


「それにしても……これは不快だな……」


黒い炎は、当然熱いが、どちらかといえば熱よりも瘴気を放ち蒸すような感じがあって気分が悪い。


《ハハハッ。どうだ、内側から腐り落ちてしまえ!!》


この瘴気を吸えば、肺も胃も、体の中から腐っていくだろう。それだけ濃い瘴気を放っている。だが、並みの術者ではない高耶が、これを防げないはずがない。とはいえ、鬼はそれに気付いていないらしい。


「……浸ってるな……何ともないんだが……」


高耶の持つ刀。水刃刀は、浄化の力を持っている。ただ水分を集めただけではないのだ。今も、炎の熱ささえ和らげる威力で、高耶の周り、半径一メートルほどを浄化し続けている。


当然、これを維持するための力は必要だが、それほど負担にはなっていない。結界に気を張らなくても良くなったというのもある。


この時、この場にもう一人、人がいることを思い出した。


「くっ、ふっ……ッ」

「あ……お前……」

「あぁぁぁっ! ウゥッ」


その女は、既に肺が爛れはじめているのだろう。息が出来ずに地面を転がって苦しんでいた。


「お、おいっ、お前ら味方じゃないのか!?」

《ハハハハハ! なにを言っている? そんな半端者のことなど知らんわ!》

「なに……」

「ぁ、ぁ、はぁ……っ……」

「くそっ」


高耶は今、破れかけとはいえ巨大な結界と水刃刀に力を注いでいる。両立は本来、難しいものだ。これ以上の力を使うのは高耶だとて難しい。


それでも、このままで可能とするならば、彼女の周りに結界を張ること。しかし、それだけでは助からない。


だからといって、結界を全て神や充雪に任せ、対処することも出来ない。手がなくなったとはいえ、鬼を前にして武器を消すこともできない。


「どうするか……っ、仕方ねぇ!」


判断は素早くすべきた。間違いなく、このままでは彼女は死ぬ。迷っている時間はない。


高耶は瘴気に晒されることにも構わず、水刃刀を消す。同時に式神を召喚した。


「【清晶】!」


現れたのは、水晶でできたような金の光を淡くたたえたユニコーンだった。


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