第023話 邪魔をしてはいけません

泉一郎の感謝の言葉から先、他愛のない話を続けていた高耶だったが、不意に先ほどの孫娘の事が気になった。


「そういえば、先ほどのお孫さん……巫女の姿をしていましたが……」

「ああ。麻衣子ですね。ええ。この西側に神社がありまして。代々、ウチの女達はそこで巫女をやることになっとるのです」


神主というわけではないようだ。娘だけが神社に仕えると言う。


「武術をやる家柄であるためかどうかは知りませんが、神楽を踊るのが伝統です」

「神楽を……」


それを聞いてもしかしたらと思った。


「……神楽が昔から変わってはいないかどうか知っていますか?」

「はい? それは……娘に聞いてみます」


泉一郎は、難しい表情を見せた高耶の様子で、それが重要なことだと感じたのだろう。すぐに確認しようと動く。そして、先ほどのお茶を出してくれた女性を呼んでくれた。


「神楽ですか。そういえば……いつからかは知りませんが、今使っている神楽は山向こうの神社で奉納されていたものと同じだと聞いたことが……」


ということは、本来のものではないかもしれない。それを聞いて、高耶は腰を上げた。


「ありがとうごさいます。この後、神社の方へ行ってみようと思います」

「民俗学のレポートでも書くの? 学生さんは大変ねぇ」

「いえ、これが仕事ですから」

「まぁまぁ、とっても熱心ね。そうよね。学生さんは勉強が仕事だもの。頑張って」

「はい」


うまい具合に勘違いしてくれたようだ。それを聞いていた泉一郎は苦笑していた。


「では、失礼します」


女性に礼を言って門へ足を向ける。すると、高耶を見送ろうと泉一郎が付いて来た。


「今回は本当に世話になりました」

「いいえ。お役に立てて良かった」


高耶は最後に連絡先を託し、ここを後にした。


◆ ◆ ◆


向かった神社は広く、ちらほらと屋台も見られた。参拝客も多くはないがこの時間帯でも数人見られる。ただし、どうやら観光客ではないようだ。


すれ違った老婆に声をかけてみる。


「すみません。こちらで披露される神楽はどこでやられるのでしょうか」

「神楽かい? それならほれ、舞台が見えるじゃろ」


聞くまでもなく、舞台は社の正面に用意されている。けれど、そこが本来の場所ではない事が高耶にはわかった。


「おかしいですね……資料ではあの辺りだったと聞いたのですが……」


指を差したのは、正面ではなく社よりも右手にある大木。そこに微かではあるが、神事を行った残滓が感じられた。


怪しまれないよう、この場は大学ネタを使わせてもらうことにする。これならば、古い町の文化を調べに来た大学生と思えるだろう。実際、民俗学を専攻する上で、あり得ることだ。その目論見通り、老婆は素直に話してくれた。


「それはまた大昔の話だよ? あたしの大婆から聞いた話によると、確かあの大木の端だったらしいね」


その大木には、縦に亀裂が走っていた。


「お神楽の披露の最中に雷が落ちてねぇ。それから、木の傍は危ないって移動したらしいよ」


その雷が落ちたらしい木を見つめてわかる。その雷は正しく神の雷だったようだ。何かに対抗するために放出した力が、こちらにも伝わってしまったのだろう。


そこに残っている力は怒りではなく、浄化のようだった。


「……その頃のお神楽はもう、今のものでしたか……?」

「ん? どういう意味だい?」

「いえ、ご存知なければいいのです。ありがとうございます。あの大きな木を近くで見てこようと思います」

「ははっ、そうかい。気をつけな」


物好きもいたものだと呆れ顔をされてしまったが、欲しい情報は手に入った。


「まずは正しいかどうかの確認……雷より前だな」


昼が近付く時間帯。だんだんと人が減って行くのはありがたい。


高耶は大木から少し離れた場所で立ち止まると、力に集中する。さすがに昼間。それも外だ。道場でやったように記憶を見せるわけにはいかない。今やるのは、高耶だけが見ることのできる術だ。


しばらく微動打びどうだにしない高耶。参拝客の邪魔にもならない場所だ。そこは心得ている。しかし、それを目ざとく見つけ、声をかけてきたのが先ほどの孫娘、麻衣子だった。


「ちょっと、あんた。こんな所で立って寝るのやめてくれる? 迷惑だわ」

「っ……失礼しました……」


もう少しで全て見られたのだが残念だ。内心舌打ちして丁寧な言葉のまま対応する。はっきり言って危なかった。これが高耶だったから良かったが、並の術者ならば術が無理矢理解ける反動で気を失っていただろう。


高耶も感じた一瞬の頭痛に、わずかに顔をしかめる。絶対的に邪魔をされないようにする事は可能だが、今は術の重ねがけなどする余裕がない。力が今も充雪へと流れているのだから。


目立たないようにしていたとはいえ、昼間で人通りもある。予想はしていたから文句は言えない。これが町中ならば、最近の他人への接触を嫌がる風潮のお陰で、滅多に声をかける者はいないのだが、こういう場所では仕方がない。


「あんた怪しいよね。ただの観光客っぽいのに、お祖父ちゃんと知り合いだし……ウチにお金はないからねっ」


新手の詐欺だとでも思われたのだろうか。巫女の女性に怒られている青年というのは、変に目立つ。


「……仕事でこの辺りの調査をしているんです。泉一郎さんとは、その過程で知り合いました」

「ふぅ~ん……なんの仕事よ」

「今は土地の神様について主に調べています」

「はっ、嘘っぽい」

「……っ」


ちょっとイラっとした。


「あまり邪魔をしないでいただけますか? 滞在期間も限られていますので」

「へぇ、神様について調べてるなら、巫女である私の話を聞きたがるものじゃない?」

「お若い方では正確さに欠けますので」

「言ってくれるじゃないっ。これでも古株よっ。都会にいるような、にわか巫女じゃないんだからねっ」


なんだか、ただ単にいちゃもんをつけられているだけという感じがしてきた。こちらとしては本当に時間を惜しんでの行動だ。こんなものに付き合っていられない。


「……黙ってろ。邪魔だと言っているだろう」

「っ、なっ、なによっ。本性を表したわね! やっぱり怪しい。自警団に報告っ……!」

「黙れと言ったぞ」

「っ!?」


高耶が本気で睨めば、女は身を強張らせ喉をヒクつかせる。


「あっちへ行ってろ。こっちは仕事中だ」


冷ややかな高耶の目は、尚も女を射抜いたのだ。


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