第019話 家族に隠し事はなしで

夜になっても戻って来ない充雪。それを気にしながらも、表面上は、高耶も家族と共にここでの滞在を楽しんでいた。


「ねぇ、セツじぃは?」


夕食が終わってから、優希は何度もそう言って高耶に尋ねてくる。


「まだ仕事が終わらないみたいだ。戻って来たら教えるから」

「うん……」


気落ちする優希の様子に、高耶は動揺を隠せない。そんな中、父母が一緒に温泉に入ろうと言ってきた。


「高耶くん。ここは混浴だからさぁ。家族みんなで入ろうっ」

「優希ちゃんも、一緒に入りましょう」

「いっしょにおふろ? はいるっ」


部屋にあるのは、それこそ家族四人が入っても余裕の大きさを誇る露天風呂だ。着脱用の部屋も男女で別れているという気遣いもある。折角部屋に付いているのだから、使わないのはもったいない。


「昨日入ったお風呂も良いけど、家族だけっていうのは良いよね」


義父に背中を押され、風呂に向かう。タオルはもちろん着けておく。


「すごくいい雰囲気だね。これが部屋専用とはね。高耶君ありがとう」

「儲けましたね」


笑い合いながら湯をかけていれば、風呂の方から優希の声がした。


「おかあさん、ここのおふろおっきいねっ」

「本当ね」

「おにいちゃんっ、おとうさんっ、まだ?」

「今いくよ。女性の方が早いとは……」

「母さんはせっかちだから」


そういえばそうかなと笑う義父と一緒に立派な露天風呂へと向かった。


外の気温と湯の温度が絶妙だ。


「気持ちいいね」

「高耶には感謝ね~」

「おにいちゃんありがとう」

「いいって」


こんなに喜んでくれるとは思わなかったと笑って見せる。しかし、何度も思うが、あれは高耶の事情もあったのだ。本当に儲けものだったと思う。


「ねぇ、高耶君。さっき見えたんだけど……それ、その傷って……」


義父が言いにくそうに指摘したのは、高耶の背中の中央辺りに斜めにある大きな傷だ。薄暗い場所では目立たないが、気になっていたのだろう。


すると、母が驚いて覗き込む。


「どうしたのっ? そんな傷いつ!?」


そう、母も知らないものだ。いつもは、認識できないように術をかけたりする。大きな傷痕だ。見られれば気になるに決まっている。


今回は失念していたのだ。充雪の気配を探ろうと意識がそちらにまで向かなかった。しまったと思った時には遅い。


「あ~……いや、昔ちょっと……」


と言って誤魔化せるとは思えなかったが、口から出たのは、そんなありふれた言い訳。案の定、母が食いついてきた。


「ちょっとって何よっ。昔っていつ!!」

「うっ、ちょっ、母さん落ち着いて。えっと……十歳の時だ……」

「……それって……」


母がはっとする。高耶が言いたくなかったのは、それが実父が亡くなった時に起因しているからだ。


動揺する母から察した義父が尋ねる。


「もしかして、前の旦那さんの亡くなった?」

「ええ……」


これは仕方ない。母がどこまで話しているか分からないが、これから家族がギクシャクするのはゴメンだ。優希も雰囲気から何かを感じ取ったらしく、不安げな表情を見せている。


「はぁ……母さん、父さん、優希、見ててくれ」

「え?」


母が暗い表情からキョトンとした間抜けにも見える表情に変える。それに吹き出しそうになりながら、高耶は術を発動させる時のように集中する。


すると、構えた指に光る札が現れる。驚く家族達を気にすることなく、それを上空に放つと、湯気が立ち昇る上空に光の膜ができた。それは、オーロラのように美しくたなびく。


「何これっ」

「すご~いっ」

「こんなことが……」


この露天風呂だけで楽しめる光のイリュージョンだ。


「高耶、これ……」

「父さんの本家の秘伝家は、陰陽術が使える家系なんだ。父さんはあまり得意じゃなかったけど、俺にも力が発現した。それがいけなかった……」

「……」


母さんも知らないのだ。実父は生前、それを話したりしなかった。本当に苦手だった事もある。こうして、力を見せることも出来ないほど、才能がなかったのだ。


「本家直系より、俺の方が力が強かったんだ。それで色々恨みを買った。そのいざこざで父さんは死んで……俺はこの傷を負った。父さんを助けられなかったのは……俺が悪い」

「高耶……だって、事故だって……」

「ああ。事故だ。けど、俺にとっては事故じゃない。だから、あの時に今ぐらいの力があったら、きっと父さんを助けられた。それは確かだ」


高耶がこれだけの傷を負って助かったのは、力のおかげだ。そう、実父がその命を使って癒してくれたから。だから、この傷を、痕を消すことなく負ったままにしている。


それが、高耶が実父を忘れないという思いの現れだった。


「母さんに本当の事を話さないのは、それが危険な事に巻き込むってわかるからだ。俺は万能じゃない。これを知っていると、目を付けられる。相手によっては、守れないかもしれない。だから……」


実父の死の状況も、話すつもりはない。話せるのはここまでだ。それで納得するかどうかはわからないが、この先も教えるつもりはない。


それがわかったのだろう。母は言葉を探すように、黙ったまま上空のオーロラを見つめる。代わって口を開いたのは義父だ。


「高耶君は陰陽師なんだね」

「本質は違います。秘伝家は武術を修める一族です。陰陽術は、それを極めるために手を出したものに過ぎません。だから、本当に陰陽師を名乗る者達からすれば異端です。敵視されることもある」

「そう……難しいね」

「ええ」


静かに、受け入れようとする目だった。


「君にしかそれは背負えないのかな?」

「はぁ……現状では、本家にも嫌われていますしね。でも、味方がいないわけじゃない。実力主義なところがありますから、そこは上手くやっているつもりです」


努めて明るくそう言ってやれば、義父は苦笑して痛いところを突いてきた。


「けど、家族にも黙っていなくてはいけなかった力だよね?」

「それは……そう……ですね……」


そこは否定できない。


「でももう僕達は知った。君がすごい事が出来る子だってね。だから、相談してくれていいからね。君が一人で内緒にしながらやってた事も話してよ。ちゃんと協力する。けどもちろん、領域は侵さないよ。君に迷惑になるといけないからね」

「父さん……」


この人はもう知っているのだ。高耶がコソコソと夜まで動き回っていたことも。そして、その理由を今日知った。もう、隠さなくても良いと言ってくれる。


「夜遊びの理由がようやくわかってホッとしたよ。君が悪い子じゃないって分かってるけど、やっぱり心配だったからねぇ」


そんな事を言ったりする。


「すみません……」


これは敵わない。すると、母が復活した。


「そうね……知れてよかったわ。だから、もう隠し事はナシよっ」

「母さん……」

「良いわね。どこか行く時も、何をしに行くのかちゃんと言ってから出かけるのよっ。もうっ、放任主義はやめるわっ」

「……それは面倒な……」

「何か言った」

「……いえ……報・連・相を徹底いたします……」

「よろしい」


この母にも敵わないようだ。


「ねぇねぇ、セツじぃは?」

「……優希……」


子どもは案外、理解能力が高いらしい。嬉々として尋ねる優希に、肩を落としたのは言うまでもない。


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