ACT.8
俺は円陣の真ん中に胡坐をかいて腰を下ろす。
浅黄袴の舌打ちをするような音が俺の耳にも届いた。恐らく、
”正座をしろ”とでも言いたいんだろう。
だが、俺は構うことなく平然と周りを見回す。
『では、
俺は頭を掻き、わざと困ったような顔をしてみせ、
『何を?』と、素っ気ない口調で答えた。
『何でも構いません。これまでの皆さんが仰ったように』
『ああ、悩みがどうとか、そういう話ですか?』
浅黄袴が、
『ええと、ここへ来るまでの間に、色々と悩みはありました。でも、今はありません。』
『それは、”神言”に触れられたからでしょう?』
『絶対そうですよ。私も・・・・』
研修生たちが口々に言う。
だが、俺はさらに素っ気なく、
『いえ、違いますね。馬鹿馬鹿しくなったからです』
全員が呆気にとられたような表情で俺を見た。
『宗教って、もっと清らかで、それでいて親しみやすいものがあるって、そう思っていましたけど、見事に当てが外れましたね』
全員の目玉が俺に集中する。
構うことはない。俺は自分がこれまで本で読んだこと、そしてここで聴いたものの違いを、出来るだけ噛み砕いて喋った。
研修生達がざわつく。
浅黄袴の表情が、険しいものから、次第に何やら慌てふためいたようなものに変わっていく。
『き、君は何を言ってるんだ?!』
浅黄袴が甲高い声を上げて俺を制した。
その声は他のグループにも分かったんだろう。広い講堂の中がざわつき始めた。
『・・・・もう結構です。乾君、下がりなさい。次の方』と、浅黄袴は周囲を見回して俺を制した。
『でも、先生、もう終わりですが』
一人が言う。
浅黄袴は不機嫌に黙り込んだ。
すると、丁度タイミングよく、終了の合図の鐘が鳴り響く。
『今日はここまで・・・・』
その声と共に、俺達は立ち上がって全員講堂を出て行こうとした。
『おい、君』
外に出た俺の背後から、威嚇するような声がかかる。
振り返ると、いかつい角刈りの黒袴が三人、棒を持って立っており、それからさっきの浅黄袴が俺を睨みつけるようにしていた。
『乾君だったな。君だけに特別講義を受けて貰う』
(来たな)
俺は思った。
『いいですよ。どこでやるんですか?』
俺は片手で筆記用具の入った小さな鞄を抱え、右手を大きく回し、その場で跳ねて見せた。
『何を勘違いしとるんだ?我々は特別講義を・・・・』
『気取るのは止そうじゃないか』
俺はわざとドスを利かせて笑って見せた。
『たった一日とはいえ、こんなところに押し込められて身体が鈍ってたんだ。運動には持ってこいだ』
俺の挑戦的な言い回しに、奴らは”ついてこい”。と言わんばかりに、四人は先に立って歩き出した。
外には他の研修生、そして白袴連中がこっちを見ている。
その中にはあの小沢良助君が、白い絆創膏を顔のあちこちに貼り、不安そうな顔で立っているのも確認出来た。
俺が連れて行かれたのは控え所が立ち並んでいる裏手にある、芝生の生えた広場。
黒袴達は棒を両手で持ち、凄い顔をして俺の周りに円を組んで取り囲む。
浅黄袴の講師氏は、少し離れたところで、腕を組んで、サディスティックな笑みを浮かべている。
(こいつら、よっぽど円陣が好きなんだな)
俺はおかしくなった。
『さあ、特別講習を始めようか?』黒袴の一人がいうと、棒を構え、俺の頭を狙って振りかぶって来た。
俺は紙一重で最初の攻撃をかわしながら、小型のバッグを地面に落とす寸前、中から“あるモノ”を掴みだす。
手に握っていたのは長さ10センチほどの黒光りするペンだ。
相手は二・三歩たたらを踏むと、顔中を真っ赤にして、再び棒を振り上げて俺に掛かって来た。
だが、次の攻撃も問題にならなかった。
俺は身体を右に泳がせて棒をかわすと、大きく前に足を踏み出し、ペンを握った手を相手の喉元に伸ばした。
声にならない声を上げ、黒袴の角刈りが、膝から崩れ、芝生の上に大きな音を立てて倒れ込む。
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