第六話『とある少女の失踪と記憶』④
「ボクはセーレ・アデュキュリウス・ジュニア。真琴、『黄昏の世界』へようこそ♪」
「……『黄昏の世界』」
驚愕に包まれながら、真琴はセーレの言葉を反芻した。
『黄昏の世界』
それは悪魔や魔術師が創り出す異空間の事だ。『黄昏の世界』には創り出した本人が認めた存在しか入ることが許されない。『黄昏の世界』は現実世界と姿形が瓜二つだが、全くの別世界である。
真琴は『黄昏の世界』という単語を知っていたが、見るのは初めてだった。もちろん、悪魔と呼ばれる人智を超えた存在を目の当たりにするのも。
『黄昏の世界』を体感し、悪魔と呼ばれる存在を目の当たりにした今、真琴の眼差しは真剣なものへと変わった。
悪魔と取引を交わすと望が叶うと言われている。
真琴の脳裏に雅の姿が浮かんだ。
悪魔と『取引』をすれば雅を救えるのではないか……。
「雅を……親友を助けたいの。お願い、助けて、零!! いえ、セーレ・アデュキュリウス・ジュニア!!」
懇願する真琴をセーレは困った顔で見つめた。
「それは無理な相談ね」
それまで黙っていたアリオが口を開いた。
「悪魔との契約には……それ相応の『覚悟』と『対価』が必要なの。簡単に言い出す事じゃ無いわ……」
「ちょっと待ってよ、アリオ。黙って聞いてれば偉そうに……。零が……セーレが悪魔ならアリオ、あなたは一体、何者なの!? セーレと契約を交わす人間だとでも言うの!?」
「そうよ」
アリオは事も無げに答えた。
「じゃ、じゃあわたしだって……。セーレ、対価に必要なのは魂とかなんでしょ? だったらわたし……」
「簡単じゃないって言ってるでしょ!!」
怒気を含んだ剣幕と共に、アリオは何処から取り出したのか、銃を真琴に向けていた。
銃は美しい鋼で装飾された年代物のアンティークに見えるが、使い込まれている。
!! !!????
向けられた銃口に真琴は驚いて目を見開き、そして以前に見た夢を思い出した。
夢の中で真琴はアリオに射殺されたのだ。
夢で見たアリオと、目の前のアリオが重なって見え、真琴のこめかみを汗が伝った。
「カフェで銃を構えるなんて、無粋じゃない? まあ、前にはカフェで派手にぶっ放して血の海にした事もあったけど♪」
「その通りね。でも、セーレ、一言多いわ」
アリオが言うと同時に銃は消えていた。
真琴の目の前でアリオの銃はまるで手品の様に掻き消えたのだ。
「ねえ、真琴……」
「な、何……?」
「魂を差し出すとか……言うものじゃないわ。命を対価に何かを得ようとする人は、大抵、事態の真実を見誤っているものよ」
「どういう事?」
「盲目的になっているって事さ」
セーレがアリオの代わりに応えた。
「今の真琴は、『雅を救えれば、後はどうでも良い』ってなってるの。それって、かなり危険な事だと思うよ。悪魔的にはその位追い込まれている人間の方が、カモなんだけどね♪」
「だから、セーレは一言、多いのよ」
「ごめんなさい……アリオ」
セーレはしおらしく謝ると、椅子の上で体育座りをして小さくなってしまった。
「でも……わたしは雅が……」
真琴は諦めがつかない様子で俯いた。
そんな真琴を見るアリオの目に憂いの影が差す。
「親しい者の死は必ず訪れる。悲しみや喪失感から逃れる術なんて、誰も持ち合わせていないわ。受け入れて前へ進むしか無いの。そう、前へ進むしか……」
アリオはどこか自分自身に言って聞かせる様に話した。
「話過ぎたわ……そろそろ行きましょう。セーレ、お願い」
「うん」
アリオに促されるとセーレは再び指をパチンと鳴らした。
次の瞬間。
カフェテラスの人々とざわめきが戻った。セーレもセーラー服姿の瀬戸零に戻っている。
まるで時間など経過していない様子だった。
カフェテラスを出ると、肩を落とす真琴にアリオが話しかけた。
「わたしたちは帰るけれど……真琴はどうするの?」
「……わたしは……。雅の所に寄ってから帰る……」
「そう……。雅さんに宜しくね」
「うん……」
挨拶を交わすと、真琴は駅へと向かって歩き始めた。
「さようなら。真琴」
遠ざかる真琴の背中を見つめながらアリオは小さく呟いた。
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