転/想いの行方

——あの、私に何か用かな?——

 そう声をかけられた時、どう返していいか分からなかった。

 ずっと、もう一度会いたいと思い続けていた人が、目の前にいたから。

 かなり若くて、自分と同じくらいの歳ではあったが、声も顔も、すぐにそうだと分かるほどだった。

 まぁ、その前に遠くから少し観察してはいたんだけど。いざ目の前に出てみると、色々な思いが溢れてきて、上手く口が動かなくて。

 とりあず懐かしい匂いにつられて抱き着いてしまった。驚いただろうなぁ、あれ。


——なにそれ。私みたい——

 最初は、言葉の意味が分からなかった。

 でもよく聞いてみれば、気になった物を遠くから見つめてしまう癖は、どうやら一緒だったみたいで。

 嬉しかった。似ている事が。

 そんな事も知らないまま、あの人はわたしを置いて行ってしまったから。

 一緒に行動するうちに色々な面が見えて、楽しかった。


——え? おかえり——

 何気ない『おかえり』だったけど、もう一度その言葉を聞けたのが嬉しくて。

 いつも家に帰れば当たり前にあったはずのその存在も、突然無くなってしまったから。

 おかえりという普通の一言が、どれだけわたしにとって大切だったか、わたしは分かってなかったんだ。


——ねぇ、みぃちゃん。分かるでしょ? ごめんなさいじゃないよ——

 みぃちゃんと呼んでくれた時は、感情が抑えられなかった。

 もう一生呼ばれる事はないだろうと思ってたし。

 それに、ずっと罪悪感を背負って生きていたわたしに、新しい考え方を教えてくれた。

 謝罪じゃなく、感謝をするべきなのだ、と。

 わたしは、もうこの想いを履き違える事はないだろう。


——私も、あなたが娘で、良かったよ。……みぃちゃん——

 そして、あの言葉。

 もしかしたら、聞こえてないと思っているかもしれない。

 大丈夫。ちゃんと届いてたよ。

 ——ママの言葉は、わたしにちゃんと届いてる。

 ありがとう、ママ。



 一つ一つ、思い出を振り返っていた。

 少しだけだったけど、最後にママと過ごせたあの時間は、かけがえのない物だ。

 今も大切に、胸に刻みつけてある。


 ……今、か。

 そもそも、今とはなんなのか。

 わたしは一体どうなってしまったのか。

 ただ、暗い。

 何も無い、何も感じない、ひたすら闇の中を漂っているような感覚。

 ママの腕の中で、わたしは確かに死んだと思ったんだけど。


『お前は我の供物だ』

 ——何?

 わたしの思い出の中の声じゃない。

 いや、そもそも声ですらない。

 何かよく分からない、声のように感じる何か。

『供物は、ここで生きる事も死ぬ事もなく、永遠に桜でも咲かせていればいい」

 桜……? 

 桜を咲かせるって、どういう事?

『そのままの意味だが』

 そもそも、誰なの?

『我に名乗らせるか。——良い。我も人間と心を通わせるのは数百年ぶりだ。この愉しさに免じて、その無礼を許そう』

 数百年ぶりって……。

『我は咲神命。お前らが神と崇める存在よ』

 ……咲神命?

 本当に? 本当にいたんだ……。

『ほう? 信じていなかったとでも言うか? ではお前のその力は、一体何だったというのか』

 確かに。

 わたしが本当にこの力を持って生まれてきた時点で、咲神命は本当にいる、と考えるのが妥当だったのか。

『そういう事だ。……しかし拍子抜けだぞ。我はその力を、人間がどんな悪行に使うのかと考えていたが。まさか肉親の無念を晴らす為に使うとは』

 悪行……。

 なるほど。確かにこの力があったら、自分の好き勝手に色々出来たかもしれないけど。

 わたしには良いママがいたから。そんな事に使う事は無かったよ。

『……人間も、まだ捨てた物ではないという事か。かつて我を裏切っておいてそう思わせるのだから、勝手な物よ』

 ん? 何の事?

『いや、こちらの話だ。——ところで、お前は何なのだ。随分と気に入られているようだが』

 誰に?

『色々だ。お前と再び会いたいという想いが様々集まってきている。いい加減うるさいぞ』

 へぇ。なんだろう。

 誰だか分からないけど、ママがそう思ってくれてるなら、嬉しいかな。

『先ほども言ったがな。お前は既に我の供物。ここで永遠に桜でも咲かせていれば良いのだ』

 うん。言葉の意味はよく分からないけど、別になんでも構わないよ。

 一回は終わったと思ったものだし。好きに使って。

『……しかし、これが続くなら考え物だ。我はうるさいのが大いに嫌いでな』

 じゃあ、どうしろっていうの?

『そうだな。十年待つ』

 十年?

『そう、十年だ。まずは十年待つ』

 待った後は?

『その後は—————』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る