出雲八重書
John B. Rabitan
序
島根県松江市佐草町の
――早く出雲の八重垣様に 縁の結びが願いたい――
と、この地方の古歌にも歌われているように、縁結びの神様として若い女性に人気がある。
社殿の裏は
薄暗い森の中、木の根が冷たい土の上に浮き出ている道を行くと、その「鏡の池」はある。先に社務所で初穂料百円也の半紙をもらい、硬貨を中央に乗せて池の水面に浮かべる。早く沈めば早く結婚できるという。また遠くまで流されて沈んだら、遠い所にいる人と結ばれるともいう。
明治の頃、市内のセツという娘が、この恋占いをやった。その時紙はどんどん流されて、反対側のいちばん遠くで沈んだ。セツはその後、遠いヨーロッパから来た男と結ばれた。松江をこよなく愛したラフカディオ・ハーンである。彼は日本名を「ハーン」の音訳と、古歌からとって小泉八雲と名乗った。
しかし彼は、「やくも」ということばの本当の意味は、きっと知らなかったに違いない。
岡山から特急「やくも」に乗って、約二時間で松江に着く。続いて
原始林の中の単線を、一両のみの気動車はゆっくりと走る。
やがて出雲横田。何本かの汽車はここが終点である。
駅から歩いてすぐの所に川がある。斐伊川だ。古代は肥の川、もしくは火の川といった。今ではこのあたりでは川幅はさほど広くはないが、中州には思い切り茅が繁っている。水は確かに赤い。いや、水自体は澄んでいるが、底が、すなわち土砂が赤いのだ。それがこの川の名の由来にもなっている。
目をあげると奥出雲の山々が視界をさえぎる。ひときわ高いのが船通山。その上には白い雲が、まるで龍のように横わたっていたりする。
やがて川の音と混ざり、誰かのすすり泣きの声も聞こえてくるような気がしてくる。
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