朝の連続Twitter小話 ~半壊電車~

66号線

第1話 クソ女と私

①とある小説に、電車内の座席を確保するためにブランド物のバッグを放り投げて周囲の顰蹙を買う、というくだりがあった。バッグ1つくらい、可愛いものだとつくづく思う。私は電車通学の大学生だ。毎朝の通勤ラッシュにはうんざりする。今朝もあの女性は目の前に座っていた。横に4つのバッグを並べて。


②この女性は座席の一番端っこがお気に入りのようだ。変なとこで気が合うのか同じ車両内で居合わせることが多かった。初めは普通の様子だったが、ある時から変わった。始発駅から2駅離れたS駅が私の最寄りなのだが、彼女は既に4つのバッグと共に端っこに座って本を読んでいるのが定番化していた。


③車内から乗客がはみ出さんばかりの満員電車のなか、特に気にも止めない様子で読書に没頭する女性。見てくれは妙齢の美人だけに朝から残念な気分になる。やがて電車は次のT駅に着く。ドアがプシュウと間抜けに開く。

「毎朝ありがとー」

という台詞と共に4つのバッグが次々に人間と交代していった。


④「Aちゃんのお陰で毎朝楽に座れて助かるわー」

バッグと入れ替わった4人の女のうちの、漫画のオバQに似た1人が大声ではしゃぐ。それにつられて他の3人も

「ほんとよねーありがとー」

とAと呼ばれた端っこの彼女の老を労う。端っこ女Aは誉められたのが満更でもないのか、誇らしげな笑顔。


⑤これが、私が利用する半壊電車の毎朝の光景と化して早5ヶ月が過ぎた。通称端っこ女Aは上京したての最初こそ満員の車内に戸惑いを見せていたが、徐徐に慣れてきて首尾よく始発で座席をキープ。挙げ句の果てには仲間の4人分も取り続けて現在に至る。バッグ4つ置き大作戦決行中は、着席のチャンスを奪われたベテラン乗客の苛立ちと憎悪の混ざった視線がとても怖い。


⑥1度や2度ならまだしも毎朝目の前でやられたら流石に腹も立ってくる。今振り返って冷静に考えれば、注意もせずによく5ヶ月間も見逃していた自分自身にも呆れる。いや、一度だけ軽く注意はした。だけど「早い者勝ちなんだから何が悪い!」と端っこ女Aに逆ギレされて終わった。そもそもこの非常事態に駅員は何をしているのだ?


⑦私はホームをぶらついていた新卒ほやほやの若い駅員に尋ねた。曰く

「座席の件につきましては、お客様それぞれのマナー観念や自主性に任せていますので」

え? 意味わかんない。いやだって、マナー違反は明らかにバッグ4つ置き大作戦絶賛決行中の端っこ女とオバQそっくりの女とその下品な仲間たちだろ。しかも自分の席ぐらい自分で取れと駅員のあんちゃんにまで逆ギレされて私涙。


⑧あああメンドクサイからあいつら消えろと念じたけど端っこ女絶賛存在中。今日も元気にバッグを4つきちんと横に置いてこんにちは! お友達も後からやってきてバッグと代わる代わる座り爽やかにおはようございます!


⑨らちが明かないので私は半壊電車の逆ギレされた駅員よりもっと上の、つまり年配で偉い駅員さんに直談判した。座りたいのは全員が同じこと。他の乗客も迷惑していること。注意しても効果がなかったので偉い駅員さんの方からも一言言ってくれないか。そんな要旨のことを訴えた。ロマンスグレーの偉い駅員さんはしぶしぶと了解してくれた。


⑩それきり朝の名物だった4つのバッグはめっきり消えた。端っこ女とオバQとその仲間たちも偉い駅員さんにお灸を据えられて懲りたのか、大人しく自分の分の席だけ確保するようになった。満員電車は相変わらずだが、以前より座れる確率は高くなった。車内に平等で文化的な最低限度の日常が戻ってきたのだ。めでたしめでし。

と、思いきや。後日、端っこ女専用の席がすみに出来ていた。


⑪私は絶叫した。

“端っこ女A様専用シート”と銘打たれたそれは、明らかに我々の座る席よりも豪華でビロードが朝の光に輝いて、まぁ綺麗。そこに得意気に鎮座する端っこ女A。手にはいつもの本。切符は、私と同じ普通乗車券。

いやいやいやいや、ウェイトウェイト。おかしいだろ。


⑫ははーん、端っこ女よ、さては半壊電鉄社長クラスの誰かと一戦交えたな。同じ金額を払っていてこのVIP待遇、そうとしか思えない。私はそこらをうろついていた新卒ほやほやの駅員を速やかに捕獲、しかるのち尋問にうつった。駅員は簡単に白状した。曰く、端っこ女Aが可哀想だから席を用意した、とのこと。


皆さんどう思います?

マナーやルール違反で怒られるのは、可哀想なことなのですか?

自業自得ではないのですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る