第21話「姉が朝から普通じゃない!?」

 華凛カリン姉さんが持ってきてくれた服を着て、僕は自宅へと戻った。

 当然と言えば当然だが、委員長からのメールで学校はしばらく休校になるらしい。中庭で限界バトルがあった中等部は勿論もちろん、大事を取って高等部もだ。

 そんな訳で、事件から一夜明けて朝、我が家には突然の休日が訪れていた。

 僕は包帯姿の季央キオねえと一緒に、キッチンに立っている。

 怪我が心配だったけど、大丈夫みたい。

 努めて平気を装ってくれてるので、僕も心配な気持ちを引っ込めていた。


「うんうん、季央ねえはすじがいいね。最初は絶望的にデタラメだったけど、飲み込みが早いや」

「だろー? フッフッフ、姉を褒めて、もっと褒めて!」


 今朝は和食にしてみた。

 季央ねえにせがまれて、彼女に味噌汁みそしるの作り方を講義中である。

 いやもう、季央ねえの料理の腕は酷い。酷かった、と過去形になるにはまだまだ練習が必要だね。でも、自称天才少女だけあって、凄く飲み込みがいい。

 教えられた技術や知識が、すぐに自分で使えるようになってしまう。

 これも一種の才能かな?

 そんなこんなで、朝食の準備ができかけた時だった。

 けたたましい声と共に階段から転げ落ちるような音と、絶叫と。


「くっ、抜かれたぁ! んもーっ、華凛お姉ちゃんっ! 行かせないよぉぉぉ!」

「なんのこれしき、ササニシキッ! うひゃひゃ、あたしちゃんの勝ちだぜい!」


 華凛姉さんと楓夜フウヤお姉ちゃんだ。

 まだ寝間着姿の二人は、競うようにしてリビングへと駆け込んでくる。

 同時に手を伸ばした先で、テーブルに置いてあったテレビのリモコンが消えた。

 それを僅差で手にしたのは、どうやら華凛姉さんのようである。


「ふっふっふ、チャンネル決定権、ゲットだぜ!」

「ぐぬぬ……せっかく、思わぬ休日ができたのに……ニチアサの録画が」

「残念でしたー、おつおつー! 今日はまず先にあたしちゃんが見ますー!」

「ロボットなんだから、地デジの電波くらい自分で受信してよぉ」

「いやー、やっぱテレビはお茶の間の大画面じゃないと」


 朝から壮絶なチャンネル争いである。

 もー、二人共まずは着替えておいでって。いくら休みの日だからといって、あまりだらしないことしてると、翠子スイコ姉様が怒る。

 この家でヒエラルキーの頂点に君臨する、最年長のゴスロリ少女にしかられる。

 まあ、見た目は10歳でも実年齢は20歳なんだけど。

 だが、僕のあきれ顔をよそに、二人の言葉はエスカレートしていった。

 小さな声で、季央ねえが心配そうに囁く。


「ねね、麟児リンジクン。あれ、止めなくていいの? ボク、止めてこよっか?」

「ううん、いいんだ。あれも二人のコミュニケーションの一環だから」

「そ、そぉ? まあ、ならいいけど」

「さて、それじゃ季央ねえ。次は卵焼きを教えるね」


 そう、割と日常茶飯事だ。

 華凛姉さんと楓夜お姉ちゃんは、だいたい三日に一変は喧嘩してるし、わりとカジュアルに対立してる。それで普通、もはや日常のよくある光景である。

 危ないことはないし、どっちも加減を知ってる。

 心無いことをうっかり言ってしまっても、謝られれば許す仲だ。

 だが、僕はうっかり失念していた。

 今の二人は、すでに抱えた秘密を共有しあっている。

 二人の姉は、スーパーロボットと人龍ドラゴンハーフなのだ。


「今日は、ニチアサを……撮り貯めてたぁ、アニメや特撮を見るのぉ!」


 楓夜お姉ちゃんの、何キュアだかがプリントされた子供っぽいパジャマがはためく。。

 既に尻尾が出現してて、床をいらただしげに叩いていた。

 対して、華凛姉さんも待ってましたとばかりに身構える。


「出たな、ショッカーの怪人めぇ! ニャハハ、退治してやるッスー!」

「ショッカーじゃないもん! 今もう令和れいわだし、全然違うもぉん!」

「あたしちゃんは今日は、アンニュイに朝食後のコーヒーを飲みながらワイドショーを見るんだなあ。午後までノンストップ、ワイドショー!」

「そんなん、ネットでいいじゃないぃ……ううっ、実力行使だぁ!」


 待って、暴れるのは待って。

 っていうか、家が壊れちゃう。

 咄嗟とっさに僕は、やっぱり割って入ろうと思った。

 けど、次の瞬間には暴風が荒れ狂う。

 パジャマの上を脱ぎ捨てた楓夜お姉ちゃんは、下着姿で背に翼を羽撃はばたかせた。どうやら手加減してくれてるようで、翼と尻尾以外は普段通りのお姉ちゃんである。

 対して華凛姉さんも、風をまとって身構える。

 行き交う乱気流のような空気の中、室内が滅茶苦茶だ。そして僕は、突然季央ねえに抱き寄せられる。彼女は飛んできた電話機から僕を守ってくれた。


「アーッハッハッハ! 古来より正義のロボットに怪獣は倒される運命じゃん?」

「そんなことないよぉ、ゴジラとかガメラとか、基本人間の造ったやつ弱いもん!」

「そこはそれ、このあたしちゃんはあの天才博士御暁高定ゴギョウタカサダが造っ、ぶふぉお!?」


 出力を上げすぎたのか、華凛姉さんのパジャマ代わりのTシャツがめくれ上がった。自分の出した風圧で、ワンピースみたいになってるでっかいシャツが顔面に張り付く。

 もがもがやってるその間に、容赦なく楓夜お姉ちゃんは襲いかかった。


「ふごーっ、い、息が! ちょい待ち、たんま! たんまッスよ!」

「問答無用だよぉ! そもそもロボットだから、息してないしーっ!」

「そ、そりゃ呼吸じゃないけどさあ、これは排熱を兼ねてて、ふががっ!」


 楓夜お姉ちゃんは、すぐにテレビのリモコンを取り上げようとした。

 けど、シャツが顔面に張り付いたままで、華凛姉さんが高速移動する。なんか、かかとから車輪が飛び出てる。えっ、そんな機能あるの!? ってか、床に跡がついちゃう! 掃除するの、多分僕だよね!?


「へっへー! いいも悪いもリモコン次第、今日もターンピックが冴えてるあたしちゃんだじぇ!」

「あーもぉ、すばしっこい!」

「ヘイヘーイ、バッチコーイ!」

あおらないでよぉ、もお!」


 リビングが崩壊しつつある。

 すかさず背に僕をかばって、季央ねえが手首の端末に指を滑らせた。


「ボク、ちょっと止めてくるよ。麟児クンはここにいてっ!」

「あ、いや、まあ……大丈夫だよ」

「でも、朝ご飯どころじゃなくなっちゃう」

「僕が止めてみる。試してみたいこともあるしね」


 季央ねえは不思議そうに小首をかしげたが、再び僕を引き寄せなにかを手で弾く。

 今度は、毎日翠子姉様や千奈チナの姉貴が忙してる観葉植物のはちだ。

 あーあ、怒られても知らないぞ。

 そして僕は、季央ねえの胸の谷間に挟まる形で弾力に守られる。

 いい機会だし、ちょっと試しに使ってみよう。

 昨日、僕は瞬間移動テレポーテーションを自由に使えるようになった。

 ちょっとコツを覚えたら、わかったんだ。

 


「華凛姉さんも、楓夜お姉ちゃんも、ごめんね」


 僕はそっと手を伸べ、意識を集中させる。

 取っ組み合うように手と手を握り合って、二人の力は拮抗していた。そして、いよいよリビングが危ない。二人共テレビを見る時間を争ってるのに、テレビそのものもガタガタと嵐の中で揺れている。

 だから僕は、念じて生じる力を制御し、二人の力に干渉した。

 瞬間、二人の姉はぶるりと震えてこちらを振り向く。


「あ、あれ? 身体が……ありゃりゃー? システムダウンしてないのい、動かないッス」

「ふぇぇ、なにこれ……あっ、勝手に動く!? なにかの魔術……なら、レジストできるのにぃ」


 僕はとりあえず、二人を引き剥がして並べて立たせた。

 そう、瞬間移動が使えるなら他の超能力だってあるはずなんだよね。

 安易に考えてたけど、実際そうだったようだ。


「二人共、暴れないで」

「あっ、りんりー! こ、これって……りんりーが?」

「嘘ぉ、リンちゃんが?」


 なんてことはない、ただの念動力サイコキネシスだ。

 直接触れなくても、対象の自由を奪い、思うように動かせる。

 そのことを最初に理解したのは、楓夜お姉ちゃんだった。


「念動力……パパも使えたって、ママから聞いたよぉ。うそぉん、麟ちゃんも?」

「うん。あとは、応用で空も飛べるし、純粋な破壊エネルギーに転換して投げることもできそう。でも、まあ、このくらいのオシオキでいいかな」


 突然、華凛姉さんと楓夜お姉ちゃんの動きが固くなる。

 僕の念動力に、フルパワーであらがっているからだ。でも、そんな二人を無理矢理握手させ、ついでだから一緒に踊らせてみる。

 引きつった笑顔で、二人の姉がダンスを始めた。


「突然踊るよー、的な? できる弟に踊らされてみた的なサムシング!?」

「ひあっ、逆らえないぃ~、もう許してぇ」


 くるくる回してから、僕は二人まとめてソファに放り込んだ。

 あーあ、これじゃ掃除が大変だよ。そう思いつつ季央ねえから離れると、僕は小さく溜息ためいきをこぼす。

 そんな時、すぐ真下から声がした。


「おはよう、麟児。なんの騒ぎかしら?」


 見下ろせば、小さな小さな翠子姉様が僕を見上げている。既にちゃんと服を着て、フリルとレースも普段の二割増しだ。気合の入ったおめかしである。


「麟児、今日は朝食のあと……ひまかしら」

「あ、うん。特に用事はないけど……あ、でも、リビングの片付けをしようかな」


 その一言に、ゆらりと翠子姉様が振り返る。彼女の視線を浴びた華凛姉さんと楓夜お姉ちゃんは、そのまま二人そろってソファの影に飛び込んで逃げた。


「掃除なら、あの二人がやるのがすじじゃなくて?」

「まあ、うん、そうだけど。悪気もないんだし、僕も手伝おうかなって」

「優しいのね、麟児。でも、今日は貴方の時間を私に頂戴ちょうだい


 ――

 確かに翠子姉様はそう言った。

 デートと言ったんだ。

 この一言には、側に居た季央ねえもびっくりして目を白黒させている。そして、我先にと相手を押しやりながら、二人の姉もソファの影から身を乗り出してきた。

 けど、翠子姉様はいつものように、玲瓏れいろうなる笑みを浮かべるだけなのだった。

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