あらすじを全て書いたけどそこで終わってしまった残念な作品達。
ののの。
ヴェールヴェディア前史略
1
古の日々に人々が水路をたどって青果を売った日、
古の夜々に人々が物語をつむいでわが子を寝かしつけた日、
古の年々に人々が山車をかついで街をまわる日、
人の営みが幾度となく繰り返されて久しかった、
その時、異形のものたちは集まった。
その日、悪意を持って集まった。
その年、北の山峰に竜が集まった。
竜たちは人々を支配しようと決めた。
彼らは神司たちを脅しつけようと思い立った。
彼らは大河に点在する都市を空襲した。
点在する都市はすべて厄災に見舞われた。
都市の神司は厄災にひれ伏した。
聖塔の神司は竜たちを祀った。
都市の人々は厄災を賛美した。
中原の国々はことごとく竜たちに下った。
北の山峰の竜は文明の地の支配者となった。
北の竜の長老は都市を支えてきた魔術師たちを追いだした。
国の統治を担ってきた魔術師たちを化生の地に追いやった。
彼らは果てまで逃げた。
賢い者たちは化生の地まで逃げた。
そこには毒の霧立ちのぼり、地獄の如き有様だった。
彼らは毒の霧を魔力で編んだ。レースのように編み上げた。
魔術師たちはそれで城壁を創り、
賢者たちはそれで住まうための塔を建てた。
彼らは枯れた葉を拾って回った。
魔術師たちは枯れた葉を一カ所に集めた。
賢者たちは枯れ葉の山に永遠に燃え尽きぬ火を灯した。
火につられて空から怪鳥たちがやって来た。
彼らは魔力の礫を放った。
魔術師たちは怪鳥を黒の大地に射落とした。
賢者たちは怪鳥を調理した。
竜に追われた者たちは火の前に集った。
果てに辿り着いた者たちは輪になって座った。
最年長が音頭を執った。
いつの日にか此処は我らが末の郷里とならん。
杯を掲げよ。
怪鳥の血を酒代わりに呑み、怪鳥の焼いた肉を喰らった。
その時、火に誓って「民」となった。
その夜、焔の国は成った。
2
毒の霧に魔力を絡ませて編み上げる日々、
毒の霧と魔力を練り上げて都市を整えた。
毒の霧を編み上げて空中に文字を書く夜々、
レースのように編んだ文字を束ねて子孫に残した。
幾百年を経て、都市は多いに成長した。
人々は魔術を学び続けた。
灰色の学び舎で子供たちは魔術師になった。
都市の中心に優れた魔術師が集められた。
天をつらぬく白い塔に指導者たちが集められた。
智者たちは賢者の塔に結集した。
魔導の術は極まった。
ある年、灰色の館で優れた魔術師が生まれた。
灰色の学び舎を卒業した魔術師は天をつらぬく白き塔に召喚された。
彼は白い塔で指導者となった。
彼は焔の民を召集した。
白い塔の筆頭は焔の民を召集した。
誰よりも優れたエガは全魔術師に命じた。
竜を屠り、文明の地を取り戻せ。
エガは文明の地を我が物にしようとした。
彼は全世界から讃えられ、この世の全てを献上させたかった。
年老いた政治家のよりも老獪な若者、
歴戦の軍師のよりも軍略に長けた机上の策士、
神の絵姿のよりも美しい人間、
誰よりも優れた魔術師エガ。
彼は死者を兵士に仕立て上げた。
指示されるままに動く駒、
敵を懼れる心も知らぬ、
兵糧いらずの身軽い軍団に仕立て上げた。
彼は化け物を創った。
人殺しの戦闘生物。
おぞましい怪物を。
竜たちはおぞましい怪物に虐殺された。
全世界の人々は抵抗虚しく彼に下った。
彼は人々を隷属させる魔術を創った。
それは魂を支配する魔術だった。
また、膨大な魂を管理するシステムを築いた。
エガは人々の魂を掌中に収めた。
人々は彼の奴隷となった。
人々は建築作業に従事した。
水晶よりも透明な湖を造営させられた。
それは海のように広々としていた。
湖の中心に光り輝く黄金の宮殿を建てさせれた。
それは山脈のように大きかった。
湖上に煌びやかな銀の橋を築かされた。
それはまっすぐに伸びていた。
人々は疲労し、知恵をすり減らした。
国々は疲弊し、国力を落とした。
エガは華々しく入城し、焔の人々は百日間祝った。
焔の民は朝な夕な天上の宴に酔い痴れた。
黄金の宮殿は光輝に満ち満ちた。
焔の民は朝な夕な栄耀栄華に酔い痴れた。
黄金の宮殿は歓喜に満ち満ちた。
いと高き御位に即いたエガは、輝かしい玉座から命じた。
豊かな美しいものすべてを献上し、さらに地上を貶めるように命じた。
エガは俗気の強い人物だった。
称賛を愉しみ、他人のみっともない姿を悦んだ。色を好み、美酒や美食を好み、華々しい生活を好いた。
彼は美々しい神衣を纏い、天高き杖を手にして地上に君臨した。
彼は宮殿の日常を華々しく飾りたて、終始贅を凝らして物事を行った。
数百の日が昇り、数百の夜が明けた。
光満ちる宮殿では美姫も霞み、美々しい衣も際立たず、美酒や美食もやがて飽きが来る。仙境のような庭園も田園の景色と間違えるほどに見た。
エガは更なる輝かしさを求めた。
欲深いエガの欲求は底なしだった。
彼の欲望は尽きることのない泉のように滾々と湧き出し、蝗のように国々を蹂躙した。
また、彼は現状に満足せず、更なる力を求めて魔術の研鑽を怠らなかった。
3
エガには青い髪の王后がいた。
王后は清き聖女だった。
清き聖女は人ならぬ美貌のために献上された。
美貌の女は悪魔の如く狡猾だった。
エガと狡猾な女は一目で互いの本性を見抜き、一目で親密な仲となった。
果ては愛し合って結ばれた。
エガが謀略の縦糸だとすれば、聖女は謀略の緯糸。ともに栄光の美酒を呷り、ともに姦計を織りあげた。
ある年の秋、清き聖女は床に伏した。
息子を一人残して儚くなった。
エガは次の年の秋まで嘆き哀しみ、些細なことで機嫌を悪くして人々を慄かせた。
彼の不機嫌が津波のように国々を襲った。
嵐が止むと彼は妻の形見を思い出した。
まだ赤子だった。
エガは手自ら抱き上げ一条の涙をこぼした。
この日から彼は、赤子を一時も離さず手元に置いて、毎日可愛がってやった。
赤子は健やかに育ち、幼い頃から魔術を操って遊んだ。
やがて成長した少年は密やかな庭園の一画を好んだ。父と反対に華々しい場が苦手だった。
少年は親密な相手を求めた。
幼い魔術師は、まだ物事もつかない悪魔を捕らえて人形の身体に入れた。
美しい人間の少女のような悪魔は唯一無二の片割れとなった。
大勢の男女がエガの閨に侍っていたが、子供は少年の他に娘が一人いるだけだった。
娘の母親は文明の地の神司の一柱だった。娘は王女と呼ばれた。
王女は年上の少年を兄と慕って懐いた。
彼女は幼い頃から宮殿の人間を観察して、彼らの心情を想像した。
やがて成長した王女は駆け引きの場を好んだ。人形のような無表情から人形姫と揶揄された。
少年は魔術を好み、王女は謀略を好んだ。
王女は毎日一人宮殿の奥深くを訪ねた。最奥の庭園のどこかで少年が悪魔と戯れている。
少年は王女の来訪を見ると書物を捲る手を止めた。
少年を探し出した王女は、普段の仮面のような表情を綻ばせた。悪魔は東屋でお茶の用意をしている。
透明な幸福が淡々と過ぎていった。
4
焔の国の侵攻と共に山へ逃れた者がいた。
彼は猟師とともに暮らした。
山小屋で過ごした日々、光明を見出そうとした夜々、彼の両の眼には希望の光が宿っていた。
彼は人々の魂をエガの支配から救いたかった。
猟師は賢者に希望など抱かなかった。
猟師は彼の両の眼に宿る光が好きだった。
ある夜、山小屋で奇跡が起こった。
この夜、賢者の研究は結実した。
猟師は山を降りようとした彼を引き留めて、その唇を奪った。
夜明けと同時に三国の魂がエガの支配下を逃れた。
黄金の宮殿が騒然とする中、エガは悠然と好戦的な笑みを佩いた。その様子を柱の影から白い貴婦人が覗いていた。
魂たちの脱走を聞いた人形姫は狂ったように哄笑を上げた。狂ったように悪意を撒き散らした。
王女の哄笑は止まらない。
父への嘲りは止まらない。
いつからか分からない、ずっと前から王女は父たる御位を見下し、憎悪していた。
少年は蚊帳の外にいた。何も知らない少年は最奥の庭園で悪魔と戯れている。
焔の国の侵攻と共に山へ逃れた者がいた。
彼は猟師とともに暮らした。
山小屋で過ごした日々、光明を見出そうとした夜々、彼の両の眼には希望の光が宿っていた。
彼は人々の魂をエガの支配から救いたかった。
猟師は賢者に希望など抱かなかった。
猟師は彼の両の眼に宿る光が好きだった。
ある夜、山小屋で奇跡が起こった。
この夜、賢者の研究は結実した。
猟師は山を降りようとした彼を引き留めて、その唇を奪った。
夜明けと同時に三国の魂がエガの支配下を逃れた。
黄金の宮殿が騒然とする中、エガは悠然と好戦的な笑みを佩いた。
その様子を柱の影から白い貴婦人が覗いていた。
魂たちの脱走を聞いた人形姫は狂ったように哄笑を上げた。狂ったように悪意を撒き散らした。
王女の哄笑は止まらない。
父への嘲りは止まらない。
いつからか分からない、ずっと前から王女は父たる御位を見下し、憎悪していた。
少年は蚊帳の外にいた。何も知らない少年は最奥の庭園で悪魔と戯れていた。
人々は唐突に訪れた奇跡をおそれた。
エガへの恐怖と未知の奇跡の間で、
疑惑の渦に陥った。
しかし、奇跡は雪解けのように広がっていった。
奇跡を受けた人から人へと手渡された。
奇跡が起きた国から国へと手渡された。
多くの国々で人々が開放されていった。
やがて、地上の人々は希望を抱いた。
ついにエガへ神罰が下されると信じた。
やがて、地方の国々はまとまり始めた。
奇跡の御旗の下に。
そして、神の声を聴いたと嘯く男が現れた。
預言者を名乗る男は、厳めしい偉丈夫だった。弁舌鮮やかな男だった。
神敵エガに抵抗せよ。
神のご意志は我らにある。
おそろしい勢いで、人々の魂はエガの支配から逃れていった。
みるみる間に人々の魂は偉大な魔術師の掌から逃れていった。
最初、面白がっていた豪胆なエガも、
あまりに早い奇跡に進展に事態を重く見た。
手始めに北の国々へ大軍が派遣された。
軍は瞬く間に人々を殺戮した。
市中は惨殺死体で埋まり、人々は絶望を味わった。
一時は奇跡に湧いた人々だったが、
希望の光に満ち満ちていた日々は遠のき、
絶望の影が北の都市を暗く覆った。
北の山際から始まった奇跡はしだいに南下し、
討伐軍も奇跡を追って南下した。
エガは奇跡の性質を見抜いていた。
奇跡は伝染病のように感染する。
討伐軍の目的は奇跡に伝染した人々の処分だ。
エガは、奇跡の解析を急いだ。
エガはまた、北の山を調べた。
山には何もなく、ただ狩猟小屋の焼け跡が残されていた。
厳めしい預言者は南の都市を回った。
弁舌鮮やかな預言者は、討伐軍への備えを説いた。
エガの軍勢は奇跡に触れた人々を順調に殺していたが、
南北の境のある砦で拒まれた。
それを成し遂げた青年は旗持ちのエマリ。
おぞましい怪物を斥けた青年は恐るべき膂力の持ち主。
彼は砦の旗を振り回し、
討伐軍を撲殺し尽くした。
美貌の勇者エマリは、
血塗れの勇者。
竜の血を引く英雄である。
預言者は道中神託を広めつつ、
預言者は道中人々を集めつつ、
弟子たちとエマリの下へ急いだ。
エマリこそ神の使徒である。
彼の勇者の下に集い戦え。
南北の境のある砦の旗は、希望の標になった。
エマリの振り回した旗は、英雄の標になった。
人々は旗の下に集った。
正しくその時、旗は神の光輝をまとっていた。
預言者は抑揚豊かに人々へ語った。
かつて、我々は魔術師の邪悪なる統治の下にあった。
しかし、偉大なる竜によって開放された。
賢明なる竜は魔術師をことごとく追放した。
だが、執念深い彼らは地の果てに陰伏し、復讐の機会を狙っていた。
魔王エガのもとで再び勢力を強めた魔術師は、我々を再征服した。
我々は長い間苦境の中にあった。
今や神の使徒エマリが降臨した。
安心せよ。
暗黒の時代も終わる。
5
預言者の語る歴史に、エガは憤った。
預言者の語る歴史に、エガの側近たちは憤った。
魔術師たちは憤り、焔の民は預言者と勇者の抹殺を決めた。
魔術師は、屈強な化け物を送りつけた。
勇者エマリに倒された。
魔術師は、無数の軍勢を送りつけた。
勇者エマリに撲殺された。
魔術師は、窃かに刺客を送りつけた。
勇者エマリの寝相に阻まれた。預言者は身代わりを置いて逃げた。
奇跡の解析は遅々として進まず、
なんとか奇跡の進行を抑える魔術が考案された時には、すでに勢力は拮抗していた。
エガは激怒した。
魔術師は弱りきった。
王女は忠実な配下に命じた。
勇者エマリに近づき、彼の信頼を得よ。
人形姫は卑屈な配下に命じた。
下民になりきって、勇者エマリの情報を探れ。
忠実な配下は、着実にエマリとの友情を育んでいった。
彼は、勇者の秘書を買って出て、やがて人々に側近として認められた。
卑屈な配下は、とても気弱で、被支配者にさえ下手に出る所があった。
人々は、彼が魔術師とは夢にも思わなかった。
彼は、勇者エマリの情報を熱心に集めて回り、勇者のファンとして砦の人々に認知されていった。
王女はエマリの弱点を探した。
勇者エマリは大の大酒飲みだった。
勇者エマリは色恋に憧れる青年だった。
王女は魔術で乙女を創造した。
青い宝石のような瞳の乙女。
エマリの理想通りの無垢な美少女。
エマリだけに恋する女を。
彼女は勇者のもとに送り込まれた。
可憐な少女は、勇者エマリの心を射貫いた。
恋する無垢な少女は、砦の人々を味方につけた。
勇者と乙女は少しずつ心を通わせていった。
偉大なる魔術師は、反乱軍を追い詰めるために新たな魔術を創り上げた。
エガは人々の心を追い詰めるために新たな魔術を編み上げた。
各地の空間が歪み、悍ましい化け物の巣が誕生した。
対奇跡・反乱軍用の尖兵を生み出す軍事基地である。
巣は尖兵を無限に生み落とす。
多様な化け物たちが巣より生まれ落ちる。
彼らは軍団を組む。
計画的に近隣の都市を襲撃する。
都市のみではない。
小さな村落にまで巣が発生した。
突如として出現した無数の拠点に反乱軍は対処の手が回らない。
人々は恐慌状態に陥った。
対策会議は混迷し、意見は対立した。
そうこうしているうちに、小さな村落から順に滅亡していった。
ある人はエガに許しを請うた。
ある村は巣に反乱軍の一員を売り渡した。
ある都市は城壁の内側に籠もって耐え忍んだ。
ある国は降伏し、また別の国は対抗した。
エガは当面の方針を定めた。
各地の巣を拠点に勢力を巻き返し、
降伏した地域には軍政官を派遣して再統治を図る。
奇跡はすでに大陸の六割近くまで広がっていた。
しかし、遅延魔術により進展速度はだいぶ鈍っている。
巣を基盤に南方の統治を固め、エガは奇跡に備えた。
ある日、勇者エマリの乙女が砦から消えた。
勇者の枕にメッセージが残っていた。
『わたしはここから一番近い巣にいます。
手荒なことはされてないので安心して下さい。その証拠に着替えと偽り、このメッセージを残すことができました。
エマリは考えが足りないので心配です。秘書の人と一緒に来て下さい。
他に人は絶対に連れてこないで下さい。もし戦闘になったときに荷物は少ない方がいいからです。私が一番足を引っ張ると思います。それが気がかりです。大好きなエマリ』
勇者エマリは秘書一人連れて巣を訪れた。
なるほど乙女は丁重に扱われていた。
身体に傷は見られず、化け物相手にも口をきいている。
彼女は真剣なまなざしで勇者を見据えた。
可憐な乙女は訴えた。
下民の開放を諦めて御位の情けに縋って下さい。
今なら悪いようにはなりません。私とも結婚できます。
勇者エマリは混乱した。
恋する乙女はエマリに訴えた。
今回の説得に失敗したら、もう二度とエマリさまと会えなくなります。私の下に来て下さい。
勇者エマリは驚愕した。
さらに乙女は涙ながらに迫った。
私の心臓には呪詛が掛けられています。
エマリさまの説得に失敗したとたん、私は死亡します。
勇者エマリは愕然とした。彼の心は魔術師への憎悪に燃えた。
彼は信頼する秘書に相談した。
秘書は冷酷そのもののようすで乙女を切り捨てるように進言した。
勇者エマリは親友の酷薄さに驚いた。
秘書は策略を説き、乙女を駒そのもののとして扱った。
勇者は最初こそ嗜めようとしたが、秘書の目を見れば、乙女を人間として見ていないとありありと分かった。
勇者は激昂して、秘書に絶縁を言い放った。
勇者エマリは乙女を選んだ。
彼は化け物の前に跪き、乙女を助ける代わりに魔王エガに忠誠を誓うと宣言した。
すると巣の奥から魔術師が姿を見せた。
魔術師は勇者エマリと乙女を転移させた。
勇者エマリは周囲を見渡した。
乙女はすこし離れたところにいた。
御坐に座した王女の傍らでうつむいていた。
王女は勇者に語りかけた。
よくやった乙女よ。
そなたが勇者エマリかの。
勇者屈辱に耐えて跪き、魔王への忠誠を語った。
王女は扇子を開き口元に当てた。目尻が意地悪く弧を描く。
次の瞬間、勇者エマリは惨殺死体になった。
王女は汚物を見るかのように乙女に視線を遣った。
可憐な乙女は絶望に染まった暗い眼でわめいた。
そんな!説得したらエマリさまだけは助けてくれるって!!
乙女はすぐさま縊り殺された。
勇者の死体は袋に詰めて、近辺で一番不吉な場所に廃棄された。
王女の忠実な配下は労われた。
王女の卑屈な配下は労われた。
二人は褒美を賜り、出世した。
6
勇者の死体が入った袋が突如はじけ飛んだ。
中から生きた勇者の裸体が飛び出した。
美貌の勇者エマリは、竜の血を引く勇者。
血塗れの英雄である。
その身に宿る竜の血が奇跡を成し遂げた。
ここに旗持ちのエマリは復活した。
彼は旗の代わりに枝葉のついた樹木を振り回して野生動物を虐殺しつつ、山を下りた。
エマリは巣を見かけた。
彼はふらりと単身、巣に乗り込んだ。
勇者は樹木を振り回して化け物たちを撲殺した。
彼は母胎にたどり着くと、容赦なく樹木を振りかぶり巣の機能を壊滅させた。
勇者エマリは化け物の巣を破壊しつつ、大地を放浪した。風の噂に反乱軍の凋落を聞いたが、もはや他人事だった。
彼の心は深く閉ざされ、鉄さびた風が吹き荒れていた。
野人エマリは、ある巣で軍政官の魔術師を見つけた。
野人は魔術師を連れだし、旅に同行された。
彼は魔術師を甚振り、暴力で支配し、魔術を行使させた。
魔術師は野人エマリのいいなりになった。
エマリは膂力と魔術を利用して悪逆の限りを尽くした。
もはや彼は、誰の手にも止められない化け物になっていた。
野人エマリは、魔術師を見つける度に捕獲して使役した。
数ヶ月もすれば、野人の旅団はかなりの人数になった。
野人は、多数の魔術師を奴隷として使役した。
野人エマリの悪名は天地をつらぬき、天上の貴人も地上の隷属民もその存在を疎んで貶んだ。
特に軍政官たちはエマリを恐れた。彼らは焔の民ではないが、魔術師の才能を見いだされて召された人々だった。
彼らは焔の民に優越を持って、
隷属民にしらけた目で見られる。
誰が本気で助けてくれようか。同じ境遇の者は力なく眺めるのみ。
野人エマリに摑まれば最後、彼らの声を聞き届ける者はいない。
野人はいろいろな罪で追われながら、北の果てを目指した。
かつて竜の棲まっていた北の山峰を目指した。
野人は分厚い雪の下で死んだように眠りたかった。
野人エマリは北の果ての都市の側の巣を潰した。
野人は城門を蹴り上げて破壊し、衣食住を満たすために暴力を振るおうとした。
そのとき、己の下から希望に満ちた明るい声が聞こえてきた。
見れば、神司の格好をした中年がまるで勇者エマリに対するかのような感激と憧憬の入り混じった眼で、エマリを仰いでいた。
中年は野人の垢まみれの手を握りしめた。
あなたは勇者さまですね。わが都市への再訪を嬉しく思います。
裸の野人は戸惑った。
片手に巨木を持ち、背後に襤褸をまとった魔術師を大勢引き連れて立ち尽くした。
神司はにこやかに微笑みながら、野人をあっさりと館に招いた。
神司は野人エマリと奴隷を手厚くもてなした。
神司が親身に話を聞くものだから、野人は酒宴の席で身の上をうちあけ、自分でも気づいていなかった心情まで吐露した。
勇者は鬱屈をすべて吐き出し、心の内側に潜む研ぎ澄まされた殺意に気づいた。
彼の肉片は乙女の断末魔を記憶している。
勇者エマリは、けっして魔王エガの手先を許さない。
神司は勇者の顔つきをみて、安堵の溜息を吐いた。
神司は勇者エマリの眼を覗きこみ、囁きながらその手にある物を握らせた。
翌日、勇者エマリは明け方に目が覚めた。
勇者は手に握られていた紙片を開いた。
彼は顔を洗い服を着た。
そして、魔術師全員に清潔な市民の平服を着せた。
勇者は手ぶらで北の果てを発った。
7
反乱軍は少しずつ、しかし確実に勢力を回復していた。
勇者エマリは次から次に巣を潰した。
預言者は巧みに勇者の活躍ぶりを語った。
厳めしい預言者は、軽やかな舌で人々を奮い立たせた。
討伐軍は以前ほど過激ではなかった。
エガが床に伏して久しいのだ。
彼は今に至るまで、代理人を指名していない。
湖上の宮廷では憶測が飛び交い、水面下で交渉が始まった。
王女の母である白い貴婦人は手元の糸車を回した。すると銀の針が飛び出した。
貴婦人は優雅に笑みを佩いた。
彼女は楽しげに呟いた。
あらあら、娘の毒林檎まで青いのねぇ。
貴婦人の形の良い唇が震え、笑い声がこぼれた。声は次第に大きくなり、到頭狂ったように笑い始めた。
白い貴婦人は一日中哄笑を続けた。
少年は父を見舞いに訪れた。
手には紫味をおびた薄水色の花束。
エガは懐かしむように花の色を見遣った。
父は少しばかり悔しそうでけれども幸福そのものだった。
少年は細くなったその腕を摑んで、母と出会ったら宮廷に戻ってくるように述べた。
反乱軍はエガの宮居を攻め落とすと決めた。
湖上の宮廷の騒乱の気配を感じとり、地上の国々は窃かに団結し始めた。
そのとき初めて、人々は己を人間という種族の一員として位置づけた。
そして、そのときより、彼らは焔の民を魔族と呼んだ。
厳めしい預言者は断言した。
人間を滅ぼそうとしている魔族を滅亡させなければならない。
預言者の言葉には、何時になく熱がこもっていた。
彼の熱は民衆を熱狂させ、人々の心に勇者エマリを描かせた。
人々の間の熱が極まって都市を覆い、その熱がまた別の都市を覆い、ついには大陸全土を覆い尽くした。
人々は蜂起した。
全土の人々が蜂起した。
開戦の日。
勇者エマリは湖岸から巨大な宮殿を眺めた。
遥か彼方に幻想的な影が浮かび上がって見えた。
白銀の霧の中で明星の如き煌めきを帯びて鎮座していた。
勇者エマリは湖上に紙片を落とした。
彼は小さな船に乗り込んだ。
大小無数の船が星屑のように湖上に浮かび、魔王の宮居へと旅だった。
魔術師たちは大混乱に陥った。
ある瞬間から、魔術が行使できなくなった。
それが賢者の紙片の効果だった。
宮殿は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
最奥の庭園は今日も静けさの中にあった。美しい人間の少女のような悪魔は、主人の宝物を影の世界に移動させた。
それからお茶菓子をそっと差し入れた。
悪魔は少年と背中をくっつけて青空を仰ぎながら歌った。
機嫌良さげに調子外れな葬歌を繰り返した。
殆どの指示を通信系魔術に頼っていた宮殿の部隊は力を発揮できなかった。
湖に攻め入ってきた無数の人員に取り囲まれ、人数の差によって押さえ込まれた。
勇者エマリは船上から巨大な宮殿を仰ぎ見た。
彼の小さな船は干戈の隙間をすり抜け、窃かに宮殿まで辿り着いた。
尖塔の端は霞掛かり、余りに巨大な威容は果てしない山脈のようでもあった。
しかしなにより、精緻な細工が目を引いた。鮮やかな宝石の象嵌で描き出された優美な異形たち。
それは中原にはないものだった。
勇者エマリは両手両足をしかと壁につけ、蜥蜴のように這い上った。
勇者は途中、硝子の大窓を見つけた。
彼は硝子を大破させて廊下に降り立った。
そこに下女が通りかかった。
勇者は彼女を縊り締めて脅しつけ、案内役に任命した。
案内役の顔は、いと高き御位の神聖なる御影に誤って足を入れてしまった時のように青ざめていた。
下女は会議場の上階の回廊まで案内した。
下では、魔術師たちが喧しく騒いでいた。
下女は勇者と視線を交えながら扉と背中をくっつけた。
彼女は勇者エマリに告げた。
大いなる魔術師さま方は、どなたでも、いと高き御位の御座所をご存じです。
下女は脱兎の如く走り去り、後には回転する扉が残された。
勇者エマリは演説台の上に飛び降りた。
足と鉱石が重なる寸前、身体をひねって演説者を無力化する。
中央の演説台から扇状にひろがる座席へと旗を投げ飛ばした。
旗はブーメランのように飛び、机ごと人々を撲殺した。
勇者エマリは生き延びた人々を丁寧に殺し、演説台の後ろから案内役を調達した。
二人目の案内役は大扉の横まで案内した。
古の竜族すら通過できるような巨大な扉だ。
半透明の青い宝石で造られている。どこか呪術的な紋様が刻まれていた。
案内役は告げた。
御位は室内におられる。で、では私はもういくぞ。
彼は廊下を歩き、どこぞへ向かった。
彼は廊下をゆっくり歩きながら、どこぞへ向かった。
勇者エマリは大扉に向かって、洪水のような雄叫びを発した。
宝石の破片が水飛沫のように降り注ぐ。
勇者は室内を見渡した。
遥か前方に祭壇が見える。祭壇の上の方に何か輝くものが鎮座していた。
勇者は其所へ向かって無音で駆けた。
エガは女の豊満な胸元に肩肘をつき、玉座の傍らに跪いた小男と会話していた。
エガは痩せて骨張っていた。そこには病魔の影が見えた。
しかし、さすがに神の絵姿を翳ませる男、病すら美の養分にしてしまっていた。
また、その威厳は大層な御坐を矮小なものに換え、半裸の美女を視界から抹消させるだろう。
だが、何よりもまず目についたのは滲み出る傲慢さ。
エガは何をするでもなく杯を呷り、美女の波打つ金髪で口元を拭こうとした。
しかし、視界の隅に何かの残像が入った。
エガは杯を投げ飛ばした。
勇者エマリは紫の液体を頭から垂らしながら、魔王エガの前で仁王立ちして馬鹿笑いした。
エガは余りの不快さに戦慄し、美女の金髪をひっつかんで足元に彼女を投げ捨てた。
美しい魔王は視線で処刑を促したが、小刻みに震えている小男は役立たずだった。
エガは苛立ちのあまり、小男を湖の上に転移させた。
美女は艶めかしい肢体で下から擦り寄り、代わりの杯を献上した。
エガは喉を潤すと、勇者エマリの首をはねた。
風の刃を放った魔王だったが、勇者は鋼の筋肉で吹き飛ばし、魔王に肉薄した。
勇者エマリは結界に激突し、鼻を砕いた。
勇者は鼻を砕き血を流しながら、結界にへばりついていた。
彼は血痕を残し、距離を取った。
エガは顔を後ろに向けて、力なく玉座に横たわった。
美女がエガを慰める。
勇者は深呼吸をした。彼が雄叫びで結界を砕こうとする前に柱の影から格調高い美女が現れた。
彼女は手早く、エガと勇者の間にすべりこんだ。
その手には鋭い針が握られていた。
針はエガの心臓を刺した。
女は夫を見おろした。
かつての神司は侵略者たるエガを見つめた。
彼女は神衣を纏う男に口づけた。
その口から毒が注がれ、エガは確実に仕留められた。
白い貴婦人は口内の毒を飲み干した。
美しい男女の死体が折り重なり、玉座の上に倒れ伏す。
勇者エマリは、己の手を茫然と見おろした。
玉座の背後に設えられた巨大なステンドグラスから光が射した。
青白い月光のような静寂に満ちた朝日だった。
突然、前触れなく大地が震えた。
勇者エマリは正気を取り戻した。
外を見遣れば、天空がひび割れていた。
太陽の昇る中、天空が割れ、その破片が魔術師の都に雨のように降り注いだ。
王女は走っていた。
スカートを摘まんで、誰よりも遅く走っていた。
人形姫を追いかける反乱軍の兵たちは、
すべて彼女の魔術の餌食となった。
王女は廊橋を渡りきると灰に変えた。
大量の灰は美しい渓谷へ落ちた。
廊橋の出口をくぐると、最奥の庭園に入る。
人形姫は少年を探した。
少年は悪魔と降り止まない天空の破片を眺めていた。
少年は王女の来訪を見ると笑いかけた。
少年を探し出した王女は、普段の仮面のような表情を歪めて涙ぐんだ。
少年と悪魔は駆け寄ろうとする。
王女は天に手を伸ばした。
少年と悪魔は空を見上げた。
黄金の旭日に紛れて、中空に白い輝きが現れた。
それは真っ白い光の門だった。
少年は目を輝かせて王女を見た。
王女はぎこちない笑みを拵えた。
少年と悪魔は真っ白い光の門に吸い込まれた。
彼らは驚愕の眼で王女を見つめていた。
人形姫は彼らが消えた虚空を眺めた。
中空の門は崩れ落ちて、
真っ白い光の破片が空中で乱舞していた。
王女はつぶやいた。
おにぃさま……どうかごぶじで。
王女は祈った。
お兄さまの行く末に幸あれ。
完全に朝日が昇った頃、天空の破片は降り止んだ。
反乱軍は湖上の都市を完全に制圧した。
焔の民はすべて処刑された。
その他の魔術師は捕虜となった。
こうして大乱は終結した。
勇者エマリは大陸の盟主となった。
文明の地の神司たち、蛮族の首(おびと)たちは彼の玉座に平伏した。
盟主エマリは告げた。
長たちよ、立ち上がれ、円卓に着け。
最高議会の始まりである。
やがて月日が流れて、
盟主エマリは政治を学びつつあった。
最高会議も幾度となく開かれていた。
盟主が謁見に臨んでいると、玉座の間に光が走った。
虚空から突如として、幼い子供が現れた。
盟主エマリは驚愕した。
青い宝石のような少年の瞳は、かの乙女そっくりだった。
これほどまでに美しい深海の青い光が他にあろうとは。
少年は不思議そうにエマリを見つめていた。
少年の影がうごめいて、美しい人間の少女のような姿をとりつつあった。
おわり
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