剣なんか嫌いです。

月風レイ

第1話 剣ばっかりの毎日

 ある日、牢屋の同居人がこんなことを言った。

 ———俺たちは使い捨ての玩具でしかないのだと。


 そいつの言葉が俺の脳内に残り続けている。確かにあいつが言っていることはあながち間違ってはいない……

 だが、間違っていないものの真実ではない……

 俺は他の奴らと違って使い捨てになんかならない……

 使い捨てになるのは弱いものだけなのだ。

 捨てられたくなければ強くあればいい。


 たが、俺が玩具であることは認めざるを得ない。

 俺は裕福な貴族が娯楽を興じるための道具でしかない……

 何せ、俺は闘技場の剣奴であるのだから……


 そして、言葉を残していった同居人も昼間に剣奴として試合があった。

 だが、その日彼は牢屋を出てから部屋に戻ってくることはなかった。

 そして次の日も彼は戻ってくることはなかった。

 ここでは強い者が生き残り、そして弱い者は消え去っていく。

 ———彼は負けて死んだ。ただそれだけだ。

 別に彼が死んだからと言って憂うわけでもない……

 もう、こんな環境には慣れてしまった。

 俺はここに来てもう5年の歳月が経っている。

 齢12の時に借金奴隷として父と弟と一緒にここに連れてこられたのであった。


 俺は生きるためにも何十人も殺してきたし、俺の同居人は何回も闘いに敗れ死に、何度か交代している。

 俺は別に同居人というだけで、特別な感情など抱いたりはしない……


 そして、その同居人が戻ってこなかった次の日には新しい玩具を補充するが如く、俺の前に新しい同居人が現れた。

 1人の小柄で華奢な弱そうな少年だった。

 

 俺はこの時彼を見て、こう思った。

 ———可哀想なやつだ……こいつはすぐに負けて死んでいくのだろうと。



 ⭐︎



 初夏の頃、太陽が真下に照り付けて、熱い日差しが私の頭頂部を強く焼き付けてくる。


「はぁーあぁ! なんたっていうんだよぉ…… なんでこんなに熱いんだよぉ!」


 私は夏が超絶に嫌い。

 汗は無駄にかくし、周りの人は汗臭いし、ゆっくりと湯船に使ってお風呂にも入っていられない……

 それにもっとムカつくのは海だったり、プールだったりとリア充どもがこの季節に活性化することだ。

 だから私は夏が嫌いなのだ。

 だがしかし、私は冬が好きということでは一切ない。

 私は冬も超絶に嫌い。

 外に出るのは億劫になるは、とにかく寒いわ寒いわ……

 それに夏と同様にこの季節はクリスマスやバレンタインでリア充どもが活性化する。

 これもまた私にとって気に入らないことだ。


 私は初夏の日照りに照らされながら制服姿で歩道橋を鰐足で歩いている。

 

 そして私の隣には小柄で可愛らしい女の子がいる。


「もぉ……みーちゃん……女の子がガニ股で歩くなんてはしたないでしょ! それに口調も気をつけないといけないよ」


 と、私の母親のように、女らしさがどうとかの説教を垂れてくる少女。

 

 この説教を垂れてくる少女とはというと、名前は花宮香織。年齢は私と同じで高校2年生の17歳。香織は私の昔からの友達、いわば幼馴染みたいな存在なのだ。容姿はというと目はまん丸としていて、体格は小柄。

 髪はセミロングと長めであって、その髪は絹のように美しく、艶がある。

 仕草や風貌からは女の子らしさとか気品を持ち合わせているのが感じられる。


 そんな人物から真っ当な指摘をされてしまうと私も真正面からは言い返す事ができないので、


「はぁぁあ! 別にいいだろぉお!」


 私はムキになって、香織に突っかかる。


「はぁ……そんなんだからいつまで経ってもみーちゃんはモテないんだよぉ……」


「な、なによぉお!」


 突っかかった私に対し、香織は可愛いらしい顔をしながらも、さりげなく私の心の傷を抉ってくる。

 確かに私は少しばかり雑なところはあるのは認めるけれど……


 じゃあ、こんなことを言う本人はモテているの? というと。

 …………残念ながら、花宮香織は学校内でめちゃくちゃモテている……

 そして私はというと、学校のみんなには"いつも香織のそばにいる付き添いの人"、もしくは"雑で乱暴な女"としか思われていない。

 こんな私だって香織みたいに女の子らしくなりたいと思うのだが、どうしても空回りして乱暴な感じになってしまう。


「べ、別にいいもんね……わ、私は恋愛なんて興味ないんだから……」


 私は虚勢を張って、声高々にそんなことを香織に言ってやる。

 でも、やっぱり正直なことを言うと、乱暴だと言われる私だって恋の1つや2つくらいはしてみたいと思っていた……

 でも私に恋なんかはできなかった……

 かっこいいと思えるような人なんて見つからなかったし……

 私は生まれた家が悪かったんだろうか……

 そんな風に私は考えていると、隣からの香織から


「まぁ、みーちゃんは強いから、1人でも生きていけそうだよねぇ!」


 何を基準にして強いとするのかはわからないけれど、私は確かに剣という部門に置いてはこの世界でも5本の指に入るくらいの実力者だろう。

 でも、正直なことを言うと本当の私はすごい泣き虫だし、意地っ張りだし、頭も弱いし、剣以外は本当に何もできない。

 

 香織に煽てられた私は


「ま、まぁね……私は強いから、弱っちぃ男なんて要らないわ! はっはっは!」


「ふふふ。うん。そうだよね。みーちゃんは私と違って強いからね! 男なんてね」


 香織は可愛い顔をこちらに向けて、そんなことを言う。


 私は否定なんてすることも出来ずに本心とは裏腹の言葉を口にしてしまう。


 香織はこんなことを私に言うけれど、私の方からしたら香織の方がよっぽど強いと思う……

 香織はなんたってすごく可愛いし、それに頭もいいし、運動を除いては香織はなんだってできる。

 私はそんな器用な香織に嫉妬してしまうことが多々ある。

 私も香織くらい器用だったら、恋の一つや二つくらいできたのかもしれない……





 私、剣凪美月(けんなぎ みつき)は日本を代表する剣術家『剣凪家』の長女に生まれた。

 そして剣術家に生まれた宿命か、小さな頃から遊ぶことは許されず、毎日毎日空いた時間には稽古と、いった感じだった。

 女である私は剣凪家のルールとして、12歳まで剣術を続けなければならなかった。

 でも、12歳まで頑張ったら剣術を習わなくてもよくなると思って12歳までは親に従って、必死に頑張ろうと思った。

 そしてそんな私には2人の兄がいた。

 兄たちは私にすごく優しくしてくれた。

 長男の兄は『剣鬼』と呼ばれるほど剣を扱う才能があった。それなのに私が11歳の時、長男の兄さんは17歳の時に、長男の兄さんはトラックに撥ねられるという不慮の交通事故でこの世からいなくなってしまった。

 そして次男の兄はというととても優しくてしてくれるものの生まれてから病弱な体質で剣を持つことができなかった。

 そういった事情で12歳になったら剣術から解放されるといった私の希望は潰えてしまって、私が次代の『剣凪家当主』となることが決まった……

 『剣凪』はそれはそれは名門と呼ばれる家柄で小娘の私の感情なんかで決定を覆すなんてことは出来ず、渋々にも私はその決定に従うことにした。

 12歳になってからは稽古は前以上に厳しくなっていった。

 毎日の素振りは1万回がノルマとされ、サボれば食事抜きなどが当たり前だった。

 そんな訓練をしていく私の手はもはや女の子とは思えないくらいにまめができていた。

 私はそんな男みたいにゴツゴツと硬い自分の手が本当に嫌いだ。



 そんな武闘家の私に対して香織はというと、香織の家系は皇家の分家にあたる。

 つまり花宮家というのは日本の皇族というわけだ。

 

 そして香織は3人姉妹で、2人の妹をもつお姉ちゃんだ。

 花宮家には不運にも男の子が産まれず、次代を継ぐのは長女の香織となった。

 そして次代当主となる香織は跡取りとして名に恥じぬように小さな頃から、音楽や踊り、詩歌、そして礼儀作法などみっちりと叩き込まれていたのだった。

 

 そして、武家の剣凪家と皇家の花宮家は昔からの深い縁があり、香織とは小さな頃から仲良くしていた。家族絡みで交流があったのはもちろん、そして同じく同年齢の女の子として次代当主となる境遇が似ていたことから香織と私はすぐに打ち解けあって、今では親友と呼べるところまで仲良くなった。

 香織と私は高校は同じところへと進学し、2人でいる時は家にいるときのように形式ばった感じではなく、砕けた感じで日々を過ごしていた。


 私の場合、家に帰れば剣術の稽古がすぐに始まり、香織の場合は花道や茶道、琵琶や琴の練習があるそうだ。

 


「はぁーあ! 人生って面白く無いよなぁー!」


 私は本当に最近こんなことを思うようになった。

 やっぱり女の子なのに剣の稽古ばっかりで本当に毎日毎日嫌になってくる。

 お兄ちゃんがトラックなんかに撥ねられる事が無かったら、今頃私は家に帰ったらお菓子なんか作ったりして……

 お兄ちゃんの稽古をぼんやりと見ていられたのに……

 少しだけお兄ちゃんたちが憎らしい……

 と、そんなことを考えていると


「もぉ……みーちゃんはまたそんなことを言って……」


 香織は私のそんな様子に呆れ顔。


「でも、確かに私も時々思うわ……こんな家に生まれなければよかったなぁなんてね……」


 香織は私に呆れ顔を見せるものの、香織も同じような境遇にいるので私の気持ちを理解してくれる。


「……だよなぁ。家に帰ったら、すぐに剣の稽古でほんとぉーにもううんざり……これ以上私が強くなってどうするの……」


「ハハハ。そうだよね……みーちゃんはもう剣道の大会で毎年優勝してるもんね……」


「それもあるんだけどなぁ……」


 私は嫌々ながらも剣の稽古は毎日毎日サボらずやってきた。

 だって、稽古をサボれば父さんの叱責が深夜まで続くし、夜ご飯は無くなるし……

 稽古をするしかない環境だったのだから……

 そのせいで私の実力はメキメキと上がっていった。

 同年代の女子なんて相手にならないほどに、それも私の場合は男装をしてまで男の子の大会に出て、優勝するまでにもなった。


 そして、私はもうあの人なんかよりももう強い……

 

 そんな風に私が自分がどんどん強くなることを憂いていると、


「でもさ……私は、まだみーちゃんの方がいいと思うよ……」


「はぁぁあ! そうかぁ? 私からしたら香織の方がいいと思うけどぉお……」


 香織の口から奇怪な言葉が飛び出る。

 どう考えたって香織の方が羨ましい……

 私もできることなら香織のように女の子らしく生きたかった……


「うーーん……そうかなぁ……私はやっぱりみーちゃんが羨ましい……」


 香織は本当にそんなことを思っているみたいで、私に羨望の眼差しを向けて、


「だって、みーちゃんにはしっかりと面と向かって戦う相手がいるじゃん……私なんてさ、戦う相手なんていないようなものだよ……やってることは全部自己研鑽で毎回毎回張り合いがない……」


 やっぱり香織は奇怪なことを言う。

 どうして、相手がいる方がいいんだろう……

 男装してまでむさ苦しい男たちを相手するなんて、暑苦しくて、私は本当に嫌いなのに……


「いやいや、相手がいない方がいいに決まってるじゃん……何言ってるのよ、香織」


 私と香織の意見はお互いがないものねだりであって全く相容れない。

 私と香織は長い期間で気兼ねなく話せる仲にはなったものの、生きてきた環境が武家と文家にあたるので、考え方も違えることが多々ある。

 でも、だからといって仲違いが起こるというわけでもなく、互いに認め合い、互いの違うところに羨ましさを抱きと、ある意味で私と香織の感性性は相思相愛といったものなのである。

 


「はぁーあ! どっか違う世界に飛ばされでもしないかなぁ……そしたらさ、私は静かにひっそりと女の子らしく暮らしてみたいなぁ……」


 突然、そんな考えが私の脳裏をよぎったのだが、


 いやぁ。本当に違う世界に行きたいな……

 こんな堅苦しい家じゃなくて、穏やかで女の子らしく生きてみたい。

 剣なんかは持たずに……


「ふふふ。それいいね、みーちゃん。私ももし違う世界に飛ばされたとしたら、みーちゃんみたいに剣を持ってかっこよく生きてみたいなぁ……」


「えぇー! 香織が? 無理でしょ……一歩走れば転ぶくらいの運動音痴なのに……プププ」


「もぉぉ! みーちゃん……私だって、できないことだってあるんだよぉ!」


「でも、いいよなぁ……香織のそういうところも男たちにとってポイント高いもんなぁ……」


「まぁ、ギャップっていうやつかな、ふふふ」


「ギャップねぇ……私にギャップなんて……」


「そう!? みーちゃんはいつも乱暴だけど実際は意外と繊細だよねぇ。そういうところ可愛いとおもうんだけど!?」


 やっぱり親友の香織は本当の私の気持ちにも気付いてくれてるんだなぁ。

 私は少しばかり嬉しくなってしまって、


「ほ、ほんと!?」


「うっそー! 冗談だよー!」


 と、香織の言葉に少し嬉しくなった私だがそんな気持ちも香織の言葉で消え去ってしまう。

 私は私の純情をからかう香織に怒りを感じたので、少し仕返しをしてやることにする。


「そ、そ、そんなこと言ったらさぁーあ! 香織は顔は天使みたいに可愛い顔をしてるくせに性格は悪魔みたいに腹黒いところあるよなぁ!」


 そう、目の前にいる香織はというと可愛いだけでなく、腹黒な一面も併せ持っている。

 でも、それをうまく調整できるのが香織が世渡り上手である証拠であって、私みたいな不器用人にはできないことなのだ。


「ハハハ。な、な、何言ってるのかわかんなぁーい!」


 小柄な少女がくるくるとその場を無邪気に回って惚けている。

 いつもは気品もあるのだが、様相はコロコロ変わることが多々あって、


「ほらぁ! 私はそういうところのこと言ってんだよぉ! 」


「ふふふ。何を言っているのかしら……私には如何なことをおっしゃっているのかは見当もつきませんわ……ふふふ」


「な、何なんだよぉ……急にお嬢様モードに入って……それ、ほんとにやめてよね……本当に鳥肌立って、耐えれないからさぁーあ!」


 香織はまた態度をコロッと変えて一段雰囲気が大人びて、小柄な少女からり思えないほどのオーラが漂いだす。

 流石は花宮家次代当主といったところだろうか。


「ふふふ。ごめんごめん。つい、楽しくなっちゃってね……」


「はぁーあ! 私だって剣一本さえあれば威圧で香織の1人くらいをちびらせることだってできるんだからぁ」


「確かに、みーちゃんが剣を持つと凄いよね……なんか台風が突然やってきたみたいな感じ?」


「はっはっは。台風のような脆弱な風で済めばいいなぁ。生娘よ」


「ふふふ。なにそれ。変なの。それにみーちゃんが脆弱とか生娘とか難しい言葉を使えたんだね。意外だよ」


「う、うるさいなぁ! 私だって言葉くらい知ってるわよ!」


「ふーーん。変なの。みーちゃんが言葉を学ぶなんて……明日は雪になるのかな?」


「べ、別にいいでしょぉー! 私だって、やればできるんだからねぇ!」


「そうだね。みーちゃんはなんだってやればできる子だもんね! ふふふふ」


「な、なによぉお! それ私に喧嘩売ってんのぉお! 買ったわよぉぉ!」


 私は自分がなんでもできるからと言って調子付く香織の頬っぺたをムニムニとする。


「ひぃあぁぁいい。ほえん。ひーひゃん」


 と、香織が涙目になって謝ってくるので私もほっぺから手をどけてあげる。


「はぁーあ! 本当に他の世界に行けたりなんかしないかなぁ……」


 私はまたそんなことをボソッと呟く。


「うん……本当にそうだよね……まぁ、それは物語の中の話であって、現実ではありえないよね〜」


 と、物憂げにしながらも香織はそんなことを呟く。


 そして、私と香織は歩道橋を降りて家に向かって帰っていくのであった。






 

 

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