第119話 アントゥム神殿(1) ミカエル
最後のプラーナ窟は、天空宮殿の真下、転送門のあるまさにその場所だった。
南東に王都を見下ろす聖なる丘。この丘の上のアントゥム神殿の中に、
黄金色に彩色された大きな大理石の列柱が円形に立ち並ぶ、まさに天国への入り口のような壮麗な神殿。丸い屋根を頂いているが、その中心部にはぽっかりと穴が空いていた。
その穴から上空を見上げれば、そこに、天空宮殿がある。
ミカエルはアントゥム神殿の前に、ごろりと大の字で寝転がっていた。
空に向かって呟く。
「おっせえなあ、人間、早く来いよー。どうせラファエルもガブリエルも本気出さねえだろうから、まだ生きてんだろー」
他の兵士達はいなかった。ミカエルが「すっこんでろ雑魚ども」の一言で、全部引き上げさせたのだ。
ミカエルはまた、ウリエルのことを思う。
ウリエルとの最期の会話を思い出していた。
不可解で奇妙な会話だった。
『神の宮殿で、人形の様な人間を見たんだ。至高セラフィムに問いただそうと思う』
『標本かなんかだろ?宮殿にはそういうのいっぱいあるって聞いたぞ。過去の記録とかなんとかで』
『違う、奇妙な隠し部屋に置かれていた。それに標本ではなく、生きていた。しかも、
『は?十一あったってか?神と同じってことか?ありえねえわ、そりゃ見間違いだろ』
『……ねえミカエル、僕たちは星々を浄化して渡り歩く、神の御使いのはずだよね。低次生命体を浄化し、汚れた下界を次元上昇し天界に生まれ変わらせる。それが高次生命体として神から授かった使命、なんだよね?』
『なんだよ急に、学校の授業みたいなこと言い出して』
『それって、本当なのかなあ……』
この後、ウリエルは処刑された。
あの会話はどういう意味だったのか。分かるのは、それが処刑の理由だったという事だけだ。それは至高セラフィム以外、知ってはならない何かだったのだろう。
処刑されたウリエルの遺体を、ミカエルは見ていない。処刑されたセラフィムは全て死霊傀儡にされるが、ミカエルはそれだけは絶対に許せなかった。
ルシフェルやサタンは、ウリエルを死霊傀儡にしたともしてないとも言わなかった。遺体を寄越せと迫ったが、拒否された。ただ口を閉ざされた。
ミカエルは息をついた。
「どこいっちまったんだよ、ウリエル……」
※※※
エスペルとライラは王都を離れ、聖なる丘のすぐ近くまで来ていた。
ダチョウ型カア坊にまたがったまま、木陰に隠れて丘を見上げ、エスペルはおや、と思う。
「誰もいねえな……」
てっきり、兵士達が大量に待機していると思っていたのに。あるいは、どこかに隠れているのだろうか。エスペルとライラが神殿に近づいたところで、隠れていたセラフィム兵達が出てきて、
ライラが丘の上を指差した。
「見てあそこ、ミカエル様が!」
「ん?」
目を凝らすと、神殿の真ん前、ミカエルが青々とした丘の上で、寝転がっていた。
「そういうことか」
ならば本当に兵士はいないのだろう、と思った。ミカエルならこっそり兵士を隠して攻撃を浴びせる、という手段は取らなそうな気がした。
きっと、その身一つでぶつかってくるだろう。
「そこどけって言ったら、どいてくれると思うか?あいつ」
ライラは呆れたように笑う。
「くれるわけないじゃない」
エスペルはひとつ、深呼吸をした。戦うべきじゃない相手であることは分かっていた。だが、どうしても避けられないなら、
「やるしかない」
エスペルは足でカア坊の腹を蹴った。
「イテッ!俺ハ、馬ジャナイ!」
「わ、すまん、癖でつい!」
「マッタクモウ!走レバイ良インダロウ!」
カア坊は勢いよく走り出した。神殿目指し、草生す丘を駆け登る。
ミカエルががばと上半身を起こした。
跳ねるように立ち上がる。丘に吹き付ける風に、赤いたてがみがばさばさと揺れた。その顔がニヤリと笑った。
カア坊が疾駆し、丘の上のミカエルの脇をすり抜ける。
エスペルは挨拶とばかりに、すり抜けながらミカエルに剣を叩き込んだ。
赤い三日月刀で、それを弾き返すミカエル。
エスペルはカア坊を停止させ、ミカエルに振り向いた。
ミカエルは三日月刀を肩に担ぐように掲げながら、
「おっせーんだよ、人間野郎。女二人に手こずってんじゃねえよ」
エスペルはカア坊から飛び降りた。
降りるや否や、走り出す。
ミカエルは喜色をにじませ唇を歪めた。
赤い剣と青い剣が、火花を散らして交わった。
睨みあっての鍔迫り合い。
重い。がエスペルも負けてはいない。
「昨日より調子上がってんじゃねえか、人間」
「昨日は
エスペルが三日月刀を右上に押し払う。
だが好機とばかりに、ミカエルは腰を引きながら三日月刀を横に打ち付けてきた。エスペルは身を翻してかわし、突きを繰り出す。ミカエルはそれを受け止める。
「悪くない太刀筋だな、人間」
「お前もなっ」
怒涛の撃ち合いが始まった。
甲高い金属音と共に、激しい斬撃が繰り広げられた。
ライラは圧倒された。動きを目で追えないほどのスピード、見ているだけでこちらの身がすくむようなパワー。
恐るべき剣戦。しかも完全に互角の戦いだった。
攻撃咒法で助太刀しようと手を突き出したが出来なかった。あまりにも動きが速く、エスペルに誤爆してしまいそうだった。
ミカエルが叫んだ。
「剣だけじゃつまんねえな、派手に行くかあ?」
ミカエルがヒュンと飛び、エスペルから距離を取った。そして腕を高く掲げた。
ミカエルの手の上に、高速でぐるぐると回転する炎の車輪が出現する。
問題はその大きさだ。
超巨大である。規格外の大きさ。
ミカエルが振りかぶって、ぶんと横投げに放り投げた。地面すれすれを、超巨大な炎の車輪が迫り来る。
「
ライラが叫ぶ。咄嗟に霊体化してくれた。だが、
「ちなみにこれ、
「っ……
エスペルは風魔法で跳躍してかわした。
本当は跳躍はしたくなかったが、他に避ける手段がなかった。
炎の巨大車輪は、エスペル後方の森の木々にぶつかると、その木々を燃やすのみならず、ノコギリのようにゴリゴリと砕いた。
硬い炎魔法、そんなものをエスペルは初めて見た。
「羽ねえくせに飛んでんじゃねえよ!」
すぐに次の、炎の巨大車輪が放たれる。跳躍で宙に放られたエスペルの体が重力に引かれるままに落ちて行く所に、迫る。
エスペルはもう一度風魔法で己の体を吹き飛ばし、炎の巨大車輪をかわした。
畜生、と思いながら。
もう駄目だ、と思いながら。
おそらく無意味だろう、防御球を周囲に展開させた。
案の定、ミカエルは飛んで来た。吹き飛ぶエスペルのすぐ脇に。
エスペルは空中の斬撃を、防ぎようもなかった。
自由自在に空を飛ぶセラフィムと、ただ跳躍しかできない人間との、圧倒的な差。
どうやっても埋めることのできない、その差。
――だから跳躍したくなかったのだ。
三日月刀が振り下ろされた。当然のごとく防御球を砕き、その凶暴な赤い刃が、エスペルの魂を切り裂く。
それは一振りで、エスペルの魂を粉砕した。
エスペルの十の
ライラの悲鳴が、丘の上に響き渡った。
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