第90話 裏切り

 三大セラフィムの玉座の間は、鳴り響く鐘の音に騒然としていた。

 兵士たちがざわめく。


「この鐘の音、そうかついに神が!」


「神が……!」


 大セラフィムは三人とも、立ち上がっていた。

 ミカエルがすっと人差し指を伸ばし、高々と掲げる。


 その仕草で兵士たちのざわめきは一瞬で静まった。


 ミカエルが高らかに宣言した。


「ここに天界開闢の第二段階、神の再生は成された!新たなる天界の獲得、次元上昇の時は近い!」


 爆発するように兵士たちの歓声が上がった。


「おおおおおおおおおおお!」


「我らが神よおおおおおお!」


「神よおおおおおおお!」


 ライラは天井を見上げ、唇をんだ。


「生まれた……。再生なさった、神様……」


 ライラはそう囁いて、眼に涙をにじませる。

 その涙の意味を、もはやライラ本人すら理解できなかった。


 かつて天界でライラに優しい言葉をかけ、額に口付けしてくれた、在りし日の神の美しい姿が目の裏に浮かんだ。

 しかしその姿と同時に、なぜか、エスペルの顔も思い浮かべてしまった。

 あの笑顔を。優しさを。


 ライラは痛む胸を押さえた。


 裏切ってしまった、と思う。

 誰を?


 ——両方を。


※※※


 カブリア王国の上空を、ライラはセラフィムたちに連れられて飛んでいた。両腕両足に金属の輪がはめられ鎖で繋がれている。


「お前を監獄に連行する。だが羽切りの刑の執行は延期された、お前はエスペルとかいう人間をおびき寄せるためのおとりだそうだ。でもおとりとして役立ちそうになかったらすぐに執行だ。まあ今日は神が再生なされためでたき日、この日を血で穢すわけにはいくまいな」


「はい……」


 おとりという言葉にライラは複雑な表情を浮かべる。

 まさかエスペルが助けに来るわけはない。


 エスペルはきっと、ライラが裏切ったと思っているだろう。

 既にライラを敵とみなしているだろう。


 エスペルにとって自分はもう、人類を滅ぼそうとする、絶対悪の側にいる。

 

 ライラはエスペルの憎悪の対象。


 全て自分の選択の結果、だが。

 ちりちりと煩いくらいに胸が痛むのを、止めることはできなかった。

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