第10話 宮廷魔術師長と騎士団長(3) 第四騎士団
鍛え上げられた体躯の、大きな男が立っていた。
年の頃は三十代半ばだろうか。燃えるような赤毛と、刈りそろえた
精悍でありながら人好きのするその風貌は、人の上に立つ者の風格を感じさせる。
「キュディアス騎士団長……」
ヒルデがつぶやいた。
「騎士団長?」
見れば確かに、帝国騎士団の濃紺コートを着ている。二の腕には黒の腕章がはめられている。ヒルデのローブに描かれているのと同じ三つの星、トラエスト帝国の紋章が描かれた腕章だ。
「この方は帝国の第四騎士団の長だ。変わり者と評されるあなただが、よもや不法侵入や盗み聞きの趣味があるとは知りませんでしたぞ、キュディアス殿」
キュディアスはにやりと笑うと、ヒルデの肩をばんばんと叩いた。
「まあそう怖い顔すんなって!うら若き天才魔術師ヒルデよ」
ヒルデはうさんくさそうにキュディアスを見やる。
「なんの御用ですか?淫魔としての使い魔の製作はお断りしてますよ?」
「ヒルデはどういう目で俺のこと見てんだ?まあ実に興味深いが、それはエスペル先生がいない時にこっそり頼み込みにくるわ」
エスペルは苦笑いをする。
「別に言いふらしたりしませんし、どうぞご勝手に……」
「ははっ、先生いい人だな!」
「はあ……」
「しかし気難し屋のヒルデが自分ちに迎え入れるとは、随分と仲がいいんだな」
「カブリア王国で共に訓練したり、戦場に出た仲なんで」
「おお戦友か、麗しいねえ。先生さ、第四騎士団に来ねえか?」
だいぶ唐突な勧誘だった。エスペルは冗談なのか本気なのかはかりかねてキュディアスの目を見た。口元に笑みを浮かべているが、目は……どうやら本気らしかった。
ヒルデはため息をついた。
「なんだエスペルの勧誘ですか。なるほど、合点がいった。ジール宰相の策ですね。エスペルと同郷の私を勧誘活動に巻き込もうというわけか。まったくあの人は」
エスペルは困ったように頭をかいた。
「宰相にもお伝えしたんですけど、俺は近衛騎士団には……」
「いやいや近衛騎士団じゃなくて第四騎士団。第四騎士団ってのは特定の業務を持たない、いわばなんでも屋だ。他の騎士団の手伝いに駆り出されることが多いから、口の悪い奴は傭兵騎士団なんて言うな。でもいざとなったら、特別任務を受け持つ重要ポジションよ。俺たちに新任務の話が持ち上がってんだ」
「新任務?」
「セラフィムの殲滅とカブリア王国奪還」
エスペルとヒルデは目を合わせた。信じ難い面持ちで、キュディアスをまじまじと見つめる。
キュディアスは面白そうに口の端を上げた。
「いい顔すんねえ、お二人さん。こりゃ期待できそうだ」
エスペルが尋ねた。
「ど、どういうことですか?帝国は王国奪還には興味ないって思ってましたが……」
ヒルデも肩をすくめた。
「肝心の我らが王がやる気ゼロだしな」
「うん、実は王国奪還には実際それ程興味ねえんだ」
二人がおしだまる。
「おっと、そうムッとした顔すんなって。でもな、セラフィムは放っておけねえ。ってのが、帝国の考えだ。今はあの霧の中で沈黙しているが、いつか出てくるかもしれねえ、そうしたら帝国はおしまいだ」
「帝国というか、人類が滅びるでしょうな」
ヒルデが皮肉に微笑む。
「その通り。ずーっとカブリア王国領内にいてくれりゃありがたいが……」
「……」
「おっと失礼!まあとにかく、あんまり刺激するのも怖いが、無視はできねえ、ってことよ。つまり、奴らの目的が知りたい」
「セラフィムの、目的……」
エスペルは顎に手をやる。そんなこと今まで考えたこともなかった。
「セラフィムは死の霧に覆われた王国で何をしている?奴らはこの世界で何を始めようとしてるんだ?」
「確かに、我々はセラフィムのことを何も知りません。あれほど恐ろしく危険な存在のに」
「だから我が第四騎士団が、最終目標セラフィム殲滅とカブリア王国奪還に向けて、セラフィム調査を開始しようって話が出てんのさ」
「……知らなかった」
ヒルデがちょっと不満そうにつぶやく。宮廷魔術師長は騎士団長と同階級の地位にある。
「悪い悪い、まだ非公式だからヒルデは知らんわな。他の騎士団長や大臣連中も知らん。何しろエスペルを引っこ抜かないと会議にも出せん話だからなあ」
キュディアスは一つ咳払いをして、エスペルを見やった。
「そこでだ、先生」
「はい」
話が飲み込めてきたエスペルが、緊張の面持ちで返事した。
「お前さんは死の霧の中から無事脱出してきた、って聞いたが、本当か?」
エスペルははっきりと答えた。
「本当です」
「さらに、セラフィムの即死攻撃を受けても即死しなかったと」
「それも本当です」
「その力、第四騎士団のためにぜひ役立ててほしい。頼めんか?」
考えるまでもなかった。即答した。
「こちらからお願いしたいくらいです!俺をぜひ、キュディアス騎士団長の下で働かせて下さい!」
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