第7話 地獄の六日間(5) 流民

 セラフィムの襲来から六日目に発生した「死の霧」により、王国は完全に外部と遮断された。


 死の霧を通過する者は全て、骨と成る。入るものも出るものも。


 通り抜けようとすれば瞬時に白骨化する術。これほどの破壊力を持つ魔術を、人類はまだ知らなかった。


 もはや誰も王国に入ることはできず、誰も王国から出てくることは叶わなかった。


 カブリア王国はセラフィムにより完全制圧されたのである。


 だが幸いなことに、と言っては語弊があるが、セラフィムたちはこれ以降、沈黙した。


 まるで欲しかったのはカブリア王国だけとでも言わんばかりに、彼らは赤い霧のドームの中から出てこなかった。


 死の霧の発生以前に脱出できた王国の民は、難民として各地に散らばった。


 トラエスト帝国の帝都キリアに移住する民が一番多かった。新たな仕事を見つけるに最適で豊かな大都市だ。なによりキリアは広大な帝国の西端に位置し、帝国の西側にあったカブリア王国から近かった。


 無事に国外脱出を果たせたカブリア王家も、帝都に居を構えることになった。現カブリア王は、王妃がトラエスト皇帝の遠縁にあたる。


 エスペルもまた帝都に入った。


 帝国政府は、カブリア王国聖騎士団一のつわものと噂されるエスペルを放ってはおかなかった。


 剣と魔術の両方を自在に操る聖騎士。

 それになる資格を持つ者は一握りであり、騎士団を形成できるほど多く集まるのは、カブリア王国だけだった。

 カブリアの民は生来、おしなべて魔力が高かった。


 しかもエスペルは、セラフィムの攻撃を受けても死なず、「死の霧」を脱出できた、たった一人の人間だった。


 トラエスト帝国の時の宰相ジールは、エスペルに帝国の近衛騎士団に入るように強く勧めた。


 だがエスペルは丁重に断った。

 自分はあくまでカブリア王国の騎士でありますから、と。


「しかし……」


 そう言葉を濁した帝国宰相の言わんとすることは分かった。


 王国の奪還と再建など不可能、どうやってあのセラフィムに勝つのか?あの死の霧をどうやって晴らすのか?


 できるわけがない。誰もがそう思っていた。


 肝心要のカブリア王自身が、高齢であることも手伝い、この悲劇に意気消沈しふさぎこみ、とても臣下たちを鼓舞するどころではなかったのである。


 だがエスペルは諦めてはいなかった。

 何故なら自分は生き残ったからである。

 セラフィムの攻撃を受けても死なず、あの死の霧を通り抜けたからである。


 なぜ自分にはそんな力があるのか。


「天命だ」


 エスペルはよく、一人寝床で暗い天井を見つめ、そうひとりごちた。

 セラフィムを討てという天からの命を、自分は授かっている。


「絶対に許さねえ。俺がセラフィムに、罰を下す……!」

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