第112話 決闘

 ヘンゲン子爵領領都近くの草原。そこに多くの人々が集まっていた。コロシアムを使わない本物の決闘。これから行われるのは本物の殺し合い。めったにない見ものに身分の上下なく人が集まっている。僕は動きやすさだけは気にした貴族としての準正装に寸鉄を帯びずに来ている。

「クレスト公爵閣下、お手数をお掛けします」

立会人を引き受けてくれた公爵にまずは礼をつくす。

「グラハム伯も手間をかけます」

「何構わんさ。むしろお前の方こそ面倒な事になったと思っているのではないか」

とグラハム伯は笑い飛ばす。ふと見まわすと見知った顔を見つけた。

「師匠、こんな俗事に珍しいですね」

「お前こそ、色々噂は聞いているが、こんなことに……。剣を帯びていないな。そうかそういうつもりか」

「もう僕は人相手に剣を使いません。必要もないですし」

そこに声を掛けてくる人物がいた。

「おお、剣聖殿来ていただけたか。こちらへ」

「アイリーマン伯爵、私は依頼をお断りしました。ここには弟子と話すために来ただけです」

「師匠、依頼とは」

「アイリーマン伯爵はな、お前との決闘に私を代理人として立てたいと依頼してきたのだよ。私もお前の実力には興味はあるが、さすがに命は惜しいのでな、こんなくだらんことに賭ける命はないと断ったさ」

「まさか剣聖ブランカともあろうものが、このような若造に恐れをなしたとでもいわれるか」

「アイリーマン伯爵、あなたはたった2人で万の軍勢を降し、上位魔獣を1刀の元に屠り、あまつさえ真竜を真正面から打倒したドラゴンスレイヤーと人の身で戦えるとでも思っているのか。私はこいつらとの戦いから逃げてもなんら恥とは思わんぞ。そんな自殺行為はご自分でどうぞ。ましてや貴公は単なる依頼者。こいつらは身内だ。殺し合う意味がありませんな」

「な、大金貨だぞ。それで足りないというのか」

「あはは、わずかでも勝てる目のある勝負か、コロシアムならともかく、フェイを相手に真剣勝負とか大金貨がミスリル貨でも無理ですね」


「そろそろ時間だ。双方こちらへ」

「うわあああ、誰かいないか。大金貨5枚でどうだ」

アイリーマン伯爵がますます慌てている。

「アイリーマン伯爵、時間です。こちらに」

「何故だ、何故誰も代理を申し出ない」

声高に代理を探すアイリーマン伯爵だが、クレスト公爵に呼ばれては無視も出来ず僕の前に来てガタガタと震え、キョロキョロと周囲を見回す。

「では、フェイウェル・グリフィン侯爵とアイリーマン伯爵の決闘を行う。その死もしくは戦闘不能状態を持って決着とする」

そこでアイリーマン伯爵は僕の腰に剣が無い事に気付いたようだ。とたんに落ち着きニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。

「グリフィン侯爵は、決闘は初めてのようですな」

「幸いなことにね」

「気を付けることです。初めての際には普段では考えられないポカをすることも多いですからな」

「ご忠告いたみいる」

「話はそこまで。これ以降他者の助力は認められない。双方指定の位置につけ。私が投げたコインが地に着いたところで開始とする」

クレスト公爵の言葉に従いおよそ5メルド離れた位置で対峙する。そのタイミングでアイリーマン伯爵が嫌らしい笑みを浮かべながら言葉を投げてきた。

「グリフィン侯爵、お腰にご自慢の剣が無いようですな。今更取りに行く時間はありませんぞ」

「そんなことだろうと思ったけれど、そこちょっと開けてくれるか」

僕は見物人に避けてもらう。その先には大木が1本。そこに向けて手をかざし魔法を発動させる。その木は巨大な風の刃により粉々になり消え去る。真っ青になるアイリーマン伯爵。それに追加して僕は近くにいた人に声を掛ける。

「そこの石を僕に向けて投げてくれるかな。いやそっちじゃなく、隣の大きい方」

子供の頭ほどの石を僕に向けて投げてもらい、それに向けて手刀で切りつける。投げられた石は空中で2つに分かれ地に落ちる。

「この通りです。僕は人相手に剣を必要としません。しかし、ご心配ありがとうございます。もちろんアイリーマン伯爵はお持ちの剣をお使いください」

「そろそろ、おしゃべりは終わりにしてもらおう」

クレスト公爵に声を掛けられたので僕は謝るしかない。

「申し訳ございません。私は、これで大丈夫です」

僕に頷きを返したクレスト公爵は振り返り

「アイリーマン伯爵もよろしいか」

青い顔でそれでも頷くアイリーマン伯爵。

「では、何度も言うが私がこのコインを投げる。そして地に落ちた時点で開始だ」

クレスト公爵がコインを斜め上に投げ、クルクルと回りながら放物線を描き落ちてくる。放物線の頂点を超えたところでアイリーマン伯爵が走り出し、僕の胸に向かい突きを放ってきた。予想もしていたし、命がけの中、卑怯とも思わないが……。そのまま僕の胸を突き、その勢いのままに……


足元に落ちる折れた剣身。

「き、貴様着込みをつけていたな」

それでもまだ騒ぐアイリーマン伯爵に、僕は溜め息をつき。シャツを脱いで見せる。

「ここだ、ついて見せろ」

腰砕けになりながら、地に落ちた剣身を手に振りかぶり突いてくるが、僕の胸に当たったところで止まり、傷ひとつつくことが無い。

「納得できましたか。最後に何か言い残す事はありますか」

僕の言葉にアイリーマン伯爵は

「ば、ばけもの」

奇しくも、それはあの時と同じ言葉。

「これで終わりです。アイリーマン伯爵」

そして僕はウィンドドラゴンから引き継いだ風属性の魔法を放った。

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