第95話 狩人は臆病なんです

 僕たちの事前調査の『副産物』が、ギルドマスターであるホセさんの盛大な嘆きを誘ったその25日後、僕たちは領都エイリアの北門近くに立っていた。今回は辺境伯発案による正規調査団としての遠征となる。メンバーは護衛主戦力としての僕とミーア。調査団としてフィールドワークを得意とする学者先生たちがその弟子まで含め24名。そして調査団の直掩として1人の女性。

「まさか、あなたが本当に参加されるとは思っていませんでしたよ。師匠」

そこには、まさかの剣聖ブランカ・シエロその人がいた。そろそろ40歳になるはずなのだけれど、その見た目は未だ20台半ばで通用する若々しさだ。ちょっとした動きの切れからそれが見た目だけでないのは間違いないだろう。

「ふふ、グラハム伯から連絡があってな。お前たちの戦いを直接見られるとなれば断るという選択肢はなかったよ。まあ、到着が遅れて今になったのは悪かったと思っているがな」

「いえ、来ていただけただけで十分です。僕たちとしても師匠がついてくださるとなれば、これ以上の安心はありませんから」

横でミーアも嬉しそうに頷いていた。


 メンバーが揃ったところでグラハム伯の宣言がある。

「よし、全員集まったな。ここに森の調査団の結成および出発を宣言する。今回は森の深層域の更に奥の調査を目的としている。そのため、今回フェイウェル・グリフィン侯爵、ミーア・グリフィン侯爵夫人、そして剣聖ブランカ・シエロ殿に護衛として来てもらっている。この3人は帝国内において対魔獣、いや、それ以外でも考えうる最大にして最強の戦力だ。実際グリフィン侯爵夫妻は先に行った事前調査でグラントータスおよびアースドラゴンの討伐に成功している。調査団の皆は安心してしっかりと調査をしてくれ」

調査団全体への宣言の後グラハム伯は別に声を掛けた

「フェイ、ミーア、ブランカ殿、ブルーノ、集まってくれ。最終確認を行う」

僕たちはグラハム伯のもとに集合した。

「ブランカ殿とブルーノは初対面だったな」

「ええ、遅くなってごめんなさいね」

「いえ剣聖ブランカ殿が合流していただけるとなれば……」

グラハム伯の声に師匠と、この調査団の団長ブルーノ ・クラウゼヴィッツさんが言葉を交わす。

「では、最終確認だ」

グラハム伯の言葉に、僕たちは向き合う。

「まず、魔獣との戦闘に関してはフェイとミーアが基本的に前衛として受け持つ」

「はい」

「まかせて」

「フェイとミーアが魔獣を排除している間、ブランカ殿は調査団の直掩として備えてもらう」

「了解」

「戦闘中は調査団は1ヶ所に集まりブランカ殿の指示により流動的に安全を確保すること」

「わかりました。ブランカ殿頼みます」

「うむ、任せられた」

「遠征の資材に関してはフェイとミーアの持つ魔法の鞄を利用させてもらう」

「おふたりには戦闘以外にもご負担をお掛けします」

「大丈夫ですよ。容量には余裕がありますから。それに時間遅延の効果もありますから食料なんかはこちらの方がいいです」

「そしてフェイとミーアには道案内も兼ねてもらう」

「任せてください」

「夜の警戒についてはフェイとミーアが全面的に引き受けてくれた」

「広範囲の探知ができますから。他のみなさんはゆっくり休んでください」

「キャンプの設営、食事の支度等の雑事は調査団で行う」

「そのくらいは任せてくれ」

ブルーノさんがせめてはと答える。

「日程は、既知の領域を5日で抜け、その後10日間を最大として奥地に向けて調査探索を行う。危険と感じた場合はそこをもって引き返すこと。その判断は主にフェイに頼む。ブランカ殿とミーアはその補助をしてくれ」

僕は黙ってうなずく。

「そのほか、現地での調整はフェイにまかせる。まかせるが無理をするなよ」

「大丈夫です。狩人は臆病なんですよ」

みなが呆然とするのを見て僕とミーアは首を傾げる。僕達狩人の行う本来の狩りでは知らない獲物は通常狩ることはない。それは知らない事によってイレギュラーが発生し、危険が増すからだ。僕やミーアにしても見たことのない魔獣を相手にするのは基本避ける。どうしても避けられない場合は、まずは対象を観察し、動きを確認。その上で罠を張り安全な場所から嵌め殺す。それは言うなれば蜘蛛の狩りに似ている。蜘蛛の巣という特異なフィールドで待ち構え巣に絡めとり動きを阻害出来た獲物だけを狩る。そして巣を破壊し抜ける強大な獲物には手を出さない。それこそが本来の狩人の狩りだから。見知らぬ魔獣に策無く剣で切りかかるのはやむを得ない場合だけだ。なので

「僕が何か変な事言いましたか」

「いや、お前たちが臆病などと言ったら勇敢な人間などいなくなるだろう」

グラハム伯はそう言うけれど

「僕たちは、勝てると思うから戦っているだけです。勝てないと思って戦ったことは……、基本的にないですよ。どうしてもという例外はあるにしてもですね」

皆が口をつぐんだ。けれど、それでも

「まあ、それならそれでなお良いだろう。調査団を頼むぞ」

そして一息大きく息をし

「魔の森調査団出発」

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