第36話 街中のスカウト

 僕は屋台で買った串焼きを1本ミーアに渡し、自分も齧りついた。こんな屋台の串焼きでさえ、香辛料が使われ旨さが違う。

「聖都だと屋台の串焼きにも香辛料とか使ってて旨いな」

目だけは「幸福な夢」の出入口を注視しながらお雑談で時間を繋いでいる。

「ハグハグハグ」

ミーアも目は出入口を見ているが、ちょうど夕飯時で小腹が空いているタイミングだったこともあり、口は串焼きに夢中だ。これなら監視しているとは思われないだろう。そうして僕たちがそれぞれ3本の串焼きを食べ終え、傍目からはいちゃつくカップル程度に見えるように抱き合っていると、来た。勇者様のパーティーだ。勇者様、アーセルは良い、あの縦にも横にもでかいフルプレートを着込み背にカイトシールドを背負った男が戦士だろう。あれは間違いなく戦士の祝福持ちだな。そうでなければフルプレートを着込んであんな風に普通に動けるわけがない。そして、紫のローブにシルバーのサークレットで腰までの長い髪を抑えているキツイ目つきの女が魔術師だろう、スカウトはまだ合流していないようだ。4人は特に警戒することもなく「幸福な夢」の入り口をくぐっていった。

「スカウトは一緒にいないみたいだ」

僕の言葉にミーアの声が応える。

「そうすると出てくるのを待つしかないね」

それから待つこと1刻あまり、勇者様のパーティーが入り口から出てきた。入るときに一緒だったメンバーの他に一人細身に要部に皮の補強の入った厚手の布の防具を着た小柄な男を伴って何やら話しながら僕たちの10メルドほど先の通りを歩いて行った。声が届かない程度に離れたところで僕はミーアに

「じゃあ打ち合わせ通りに、ミーアは宿で待っていて。僕は宿の確認だけしてくる」

僕はミーアにそっと唇を合わせ、バサリとコートを翻して勇者様のパーティーを追跡しはじめる。振り返ればミーアはそっとその場を離れ「夜の羊亭」に向かって歩き出したところだった。

 いくら僕が銀の狩人でも本職のスカウト相手では追跡が難しい。実際に何度か訝しげに振り返るのをどうにかやり過ごしたくらいだ。あの感じだと黄のスカウトだだと思われる。赤ならおそらく見つかっているし、青ならそもそも怪しむことすらなかっただろうから。そして勇者様のパーティーが入っていったのは「森の菜園亭」という特別良くはなさそうだけれども、特別悪そうではない、極々平均的な宿だった。今日はこれで十分。僕は「夜の羊亭」に足を向けた。

 部屋に戻るとミーアがハグで迎えてくれた。

「フェイ、おかえりなさい」

「ただいま。ミーア」

スカウト相手の追跡で神経をすり減らし強張った身体が温かいものに包まれほぐれていく。やはり僕はもうミーアを心から愛している。そう実感する温かさだった。

 抱擁を解くと僕とミーアはベッドに並んで腰かけた。

「それで、どうだったの」

ミーアが早速聞いてきた。

「なんとか宿まで追跡できたよ」

「気付かれなかった」

「何度か危なかったけど、でもなんとか最後までついていけたよ。あのスカウト多分黄だね」

「そっか、じゃあ、宿はわかったのね」

「うん、森の菜園亭。それが勇者様のパーティーの宿だよ」

「それじゃ、明日からは」

「とりあえず、スカウトの動きを僕が追跡するから、ミーアはギルドで情報収集お願い。勇者様のパーティーについてと、スタンピードの事後調査の件で頼むね。ただし……」

「ただし、勇者様のパーティーについて探っていることは知られないようにすることよね。わかってる」

 翌日、僕は宿の朝食を食べることなく森の菜園亭に向かった。昨日と同じようにフード付きのコートを羽織り、森の菜園亭の入口が確認できる路地に身を潜める。

そこに至ってようやく「夜の羊亭」で準備してもらったサンドウィッチを口にした。おそらく勇者様のパーティーは「森の菜園亭」を出るときは全員一緒に出ると予想できる。そして、聖都を離れる前にスカウトだけが別行動をするこのになると僕は予想している。しばらくして勇者様のパーティーが姿を現した。普通の冒険者なら、ここからギルドに向かい美味しい依頼が無いか確認し、その状況次第で依頼を果たしに行くか、単純に狩りに出るかを決めるのだけれど、おそらく彼らはギルドには向かわず直接森に向かうのではないだろうか。口の中に苦いものを感じながら僕は追跡を行う。相手はスカウトで僕は狩人。僕の能力は本来森での行動に最適化している。街での行動に応用も出来るけれど、今回のような場合どちらかと言えば相手のフィールドで勝負をしているようなもの。慎重に行動しないといけない。およそ30メルドの距離を置いてスカウトを追跡。いくつかの角を曲がり彼が入っていったのは決して後ろ暗い場所ではなさそうだけれど、表立って勇者様のパーティーメンバーが訪れるような場所ではない裏通りの古ぼけた酒場。僕は一瞬の躊躇の後、酒場のドアをくぐる。中はカウンター席が5つ、4人掛けの丸テーブルが4つのこじんまりとした酒場で、スカウトはカウンター席の壁際の席にすわっていた。スカウトの他にカウンター席の真ん中に1人、テーブルに2人組が1組で、店は比較的空いていた。時間的に当たり前ではあるけれど、他に誰もいないよりむしろ助かった。僕は店内をサッと眺め、スカウトの後ろ1つ開けたテーブルに背を向けて席をとり聞き耳をたてる。注文を取りに来た煽情的な格好をしたウェイトレスに小声でエールを頼み、盗み聞きを継続した。

 ウェイトレスが持ってきてくれたエールの代金を銀貨で払い一口含む。意図的に抑えた声音で酒場の主人とスカウトが話す内容を聞き取ったところ、どうも付与術師を探しているのは本当のようだ。それでいて店主には勇者様のパーティーについては全く情報を与えていない。そして、これまでも何度もここで情報を集めていたのは間違いなさそうだ。今回もお目当ての付与術師は見つからず、スカウトの疲れたような声が最後に

「わかった、引き続き頼む」

ちらりと見るとスカウトはエール1杯の値段としては破格の小金貨1枚をカウンターに置いて出て行った。本来は先払いの料金を後で置いている時点で普通でないことがわかるが、まあそういう事なのだろう。僕は、エールの最後の一口を飲み干し席をたった。おそらくもう追跡はできなさそうだけれど一応外で確認をする。驚いたことにスカウトはまだそれほど離れていなかった。そこから1日追跡を行ったけれど、あとは普通の冒険者の必需品の買い出し程度で「森の菜園亭」から1本路地を隔てた場所にある安宿「孤独な梟亭」の入口を潜っていった。

 これで今日の追跡はおわりにする。ひょっとしたら夜中に裏の人間とのやり取りをする可能性もあるけれど、いくらなんでも勇者様のパーティーがそれはないだろうということで僕も「夜の羊亭」に引き上げた。

 念のため翌日もスカウトの追跡を行い、ほぼ同じ行動を確認したところでこちらは終了。

 3日目、僕とミーアはギルドでスタンピードの事後調査結果を聞いた。

いよいよ、明日勇者様のパーティーを追跡して、今回の仕上げの予定だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る