第20話 人としての歴史の重み

「ただいま」

僕が家の扉を開けると

「お帰りなさい。見回りお疲れ様。どうだった」

夕飯の支度をしながら僕の声に返事をしてくれるミーア。でも、それに答えたのは僕じゃなかった。

「ずいぶんと、派手にやったみたいだな」

”カチーン”という音が聞こえそうに固まったミーアが、立て付けの悪いドアのようにギリギリと振り向いた。

「お、お父さん。帰ってたんだ。お帰りなさい。無事でよかったわ。そ、それより家に行かなくていいの。お母さんが心配してるんじゃない」

「なんだ、父親が結婚した娘の顔を見に来ただけじゃないか。何か後ろ暗いことでもあるのか」

「そんなのあるわけないじゃない。フェイと二人で頑張ってるんだから」

「それなら良いんだが。まさか、おろしたての武器をいきなり実戦で使ってたりしないよな」

あ、ミーアの顔から血の気が引いた。うん、さっきの僕の顔もきっとあんなだったんだろう。そもそもティアドさんは武器というのは、練習で十分に使い込んで武器との信頼関係を結んでから実戦に持ち込めと僕たちに教えてきている。多少の性能差はその信頼の有無でひっくり返ると口を酸っぱくしながら言い含められてきた。でも、今回だけは

「あ、あの……」

「なんだ」

細めた目の鋭い光が怖い。本当にこの人は……。すでに狩人としての実力だけをとれば僕も負けない、というかむしろ僕の方が上だと思う。それでもここまで積み上げてきた実績、人としての歴史が一つ一つの言葉に表情に重みを加える。でも、僕はこの人の娘を妻とした。で、ある以上は乗り越えなくては。だから思いを伝える。

「昨日、今日のは、スタンピード前の練習です」

「なにい」

「少しばかり大きな魔獣の群れ程度を相手にして使えないではスタンピードでは役に立たないでしょうから。それに以前から使っていた弓も剣も普段の狩りでなら必要十分な性能はありましたけど、スタンピードを乗り切るには不足なことはわかっていましたしね」

ティアドさんはじろりと睨んできたが、引くわけにはいかない。しばらく僕とティアドさんは睨み合いを続け、折れたのはティアドさんだった。

「ふぅ、フェイがそこまで言うようになったか。で、新しい弓と剣てのはどんなのだ。見せてみろ」

そこで、僕は魔法の鞄から3張りの弓と2振りの剣を出した。

「な、魔法の鞄。そんなものまで」

そこで僕とミーアはフォレストファングとシルバーファングを聖都行の途中で狩ったこと、それが思いのほか高値で売れたこと、そのお金で魔法の鞄をはじめ今回の弓や剣を購入したことを話した。

「引いてみて良いか」

話し終わり、僕たちの弓を隅から隅まで見てティアドさんは気になったのだろう、聞いてきた。

「良いですよ」

最初はミーアの白緑の狩弓を引いて

「これをミーアが引けるのか」

何か感無量な表情でつぶやき、僕の黒赤の狩弓を引こうとして

「フェイは、これを問題なく引けるのか」

僕は頷き、ティアドさんの目の前で引いて見せた。

最後の漆黒の長弓を渡すとティアドさんは

「フェイは、これも本当に引けるのか」

「ええ、ギリギリで大変ですけど、引けます」

「そうか」

それ以上何も言わず、ティアドさんは何かを考えているようだった。

 ティアドさんは、しばらくすると

「それで、昨日今日の魔獣の群れの状態はどうだったか説明してくれ」

どうやら、一旦は新しい武器についておいておくことにしたようだ。そこで僕とミーアで襲ってきた魔獣の群れについて気づいたことを説明した。

「なるほど、私もスタンピード自体は経験がないので確かなことは言えないが、伝わっていることなんかも含めての予想では、あと3、4日で本格的なスタンピードが起こりそうだな」

「そうすると、聖都からの援軍は間に合うかどうかギリギリってことですね」

「そう、だから最悪の事態も想定しておく必要がある」

「最悪の事態ですか」

「そう、私たちの力で魔獣を押し返すことができない場合のことだよ」

はっとして僕はティアドさんの顔を見て

「その時は」

「そう、その時は私たちが道を開いて村のみんなを避難させるしかない」

「はい」

「その時には、覚悟が必要だよ」

「覚悟、ですか」

「そう、そこまで行ったら、おそらく全員を守りきることは出来ない。逃げ遅れる人もいるだろう。途中で魔獣の群れに飲み込まれる人もいるだろう。できうる限り助ける。でも私たちは間違ってはいけない、一人のために他のみんなを助けられない状態にしてはいけない。ひょっとすると目の前で身内の死を見送る必要があるかもしれないって事だ。今のうちに覚悟を決めておきなさい。そして、スタンピードが起きる前に少しだけでも話をしておきなさい」

「先に聖都にでも避難をすることは」

「現状では難しいね。私も聖都まで往復したけれど、あの状態の街道を移動するとなると私たち3人全員で護衛する必要がある。そうすると必然的に村を放棄することになるからね」

「そう、ですか。この村は放棄するわけにはいかないですからね」

魔獣の領域との境界を守る要石。それがこの村。基本的に放棄するわけにはいかない。そのため、この村の人は幼いころから対魔獣の戦いを覚える。10歳の子供でさえ3人もいれば小型の魔獣1体くらいなら対応できる。それでもスタンピードを村の人間だけで支えるのは無理だろう。

「ま、スタンピードが始まる前に援軍が到着することを祈るしかないな。あとは全力で守る」

僕たちは顔を見合わせて頷いた。

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