第9話 報酬と挑発

 僕はミーアと一緒にギルド前に来ている。少し緊張をほぐすために深呼吸をひとつしてドアを開けた。僕たちを目ざとく見つけたレーアさんがスッとついてくれて、奥のカウンターに案内される。レーアさんの動きに気付いた周囲がざわつきだしている。レーアさん自らが案内するのは僕たちが特別扱いされている証明なのだろう。

「フェイウェル様、ミーア様、本日はフォレストファング26体、シルバーファング1体の討伐報酬、シルバーファングの素材買い取り報酬、およびそれらの通報報酬のお受け取りでよろしいですか」

「ええ、お願いします。」

レーアさんの声が聞こえたのだろう、周囲の冒険者たちのざわめきが大きくなった。

「あんな子供二人でフォレストファング26体にシルバーファングだと」

「本当なら新しい英雄の誕生じゃないのか」

「いや、彼らこそ本当の勇者なのでは」

そんな様々な声の混ざったざわめき。そこにギルドマスターのゲーリックさんが現れた。

「おう、査定終わってるぞ。異常報告への報酬が小金貨1枚、フォレストファング26体は討伐部位の確認のみなので小金貨3枚、そして問題のシルバーファングだが、討伐報酬が中金貨2枚、そして素材買取報酬なんだが傷が眉間への矢傷1つのみというとんでもなく良い状態での持ち込みなのでな。噂を聞きつけた金持ちどもが争っている状況だ。なのでこいつに関して7日後にオークションを行いその売り上げを渡すという形にしたい。どうしてもすぐに換金したいというのならギルド規定の金額でなら換金できるが、おそらくオークションに出した場合その数倍の金額になるだろう。まあオークションの場合ギルドが手数料として20分の1もらう形にもなるが、間違いなくオークションのほうがお前たちの実入りはいい」

周囲のざわめきが逆に静かになった、それほどのものだったのだろうか。

「ではシルバーファングの素材買取についてはオークションでお願いします。他はここで頂けるのですか」

「ああ、大丈夫だ」

そう言うとゲーリックさんは革袋を2つカウンターに置いた。

「金貨のままじゃ使いにくいだろうから適当に小さいのにしといたが、それでいいよな」

「はい、お気遣いありがとうございます。」

僕はカウンターに置かれた革袋を受け取り中身を確認した。中身は間違いなかったので。

「確かに、受け取りました」

そして革袋の一つをミーアに渡した。

「これがミーアの分ね」

狩りの獲物は均等割り。それは例え夫婦であっても違えることを許さない狩人のルール。なので半分をミーアに渡す。とは言っても、夫婦の場合そのあと使い方で混ざるので形式的なものではあるのだけれど。

「ふふ、フェイは律儀ね。でもフェイが持っていてくれたほうが安心だからまとめて持っておいて、お金が必要な時には言うから」

つまりはそういうことだ。形だけであっても、きちんと一度渡す。そのうえで僕がまとめて預かる。このやり取りをここですることに意味がある。僕たちが夫婦だと周囲にわからせるための演出なのだから。


 今日受け取れる報酬を受け取った僕たちはギルドに併設されているレストランというには少々雑多な感じのする場所に移動した。レストランというよりは実際には酒場として使う冒険者が多いだろうことは想像がつく。そして、そこに朝からエールを呷り赤い顔をさらしている若者がいた。僕は彼に近づくと

「久しぶりですね。朝からエールとは今日は休みですか」

酒に濁った眼を僕に向け

「笑いに来たか」

「いいえ、約束を果たしに来ました」

「約束だと」

「言ったはずです。捨てたりしたら後悔していただくと」

「捨ててなどいない」

「僕の大切な幼馴染に夢を与えると言って僕から彼女を奪っておいて今のあなたは何をしているのです。そんな体たらくで彼女に夢を与えているとでも言うのですか。それとも、彼女があなたをヒモにするのが彼女の夢だとでも言われるのですか。その状態は彼女を彼女の思いを投げ捨てているようなものでしょう。人一人の人生を奪ったのなら責任を果たしてください。それとも神に称号を取り消されでもしましたか」

僕は、ここまでをワザと大きな声で周囲に聞こえるように言い放った。そして当の本人にだけ聞こえる小さな声で

「ねぇ青の勇者様」

勇者様はビクリと身体を固くし動かない。まだ足りないようなので、再度声を大きくして

「ヘンゲン子爵家も長子が、そんなでは長くないかもしれませんね」

僕は、どんどん追撃を行う。

「苦しい戦いを苦い敗戦を乗り越え功をなしたといわれるヘンゲン子爵家も実際はそんなものですか」

周囲の野次馬も眉を顰めている

「おい、ヘンゲン子爵家の長子なのかあのボンクラ勇者が」

そんな声も聞こえると、さすがに勇者様も我慢が出来なかったようで

「ふ、ふざけるな。我が事のみならばともかく我がヘンゲン子爵家を貶める言はいかにアーセルの幼馴染とはいえ看過できん。訂正せよ」

その言葉に僕は内心でほっとしていた。これで気力が戻らなかったらどうしようかと思っていたから。しかし、それでも僕は内心を隠して冷たく答える。

「僕がここで言葉だけを訂正して、何か意味があるとでも思っているのですか」

そう僕が言葉だけを訂正しても勇者様の心の中には残る。これを消すためには勇者様自身が立ち上がるしかないのだから。そこまで言って僕は勇者様の傍から離れる。

「ミーア行こう。新婚旅行なんだから聖都を見て回らなきゃね」

僕はミーアの手を握ってギルドの喧騒を後にした。

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