私の王子様:後編

 どうやら私達は未知の異世界に飛ばされた。


 この世界に来る直前に見た虚空ヴォイド現象とか言う光で飛ばされたらしいとギュンター中尉は言っていた。


虚空ヴォイド現象に巻き込まれたら、そのまま存在ごと消滅する物と思ってましたが、こんな風に異空間に飛ばされる事もあるんですねぇ…」


 との事だから、私達の今の状況はかなりのレアケースなのかも知れない。まぁ消滅する現象だから我が身を以て検証する人も居ないだろうしね。


 でも私にとっては異世界とか今更よね? ロボットになっている時点で、コレ私が異世界転生だか転移をすでにしているって事だもん。


 それからギュンター中尉の居た世界の事も色々教えてもらったが、核戦争だの宇宙虫だのと物騒な話ばかりで、とても現実の話とは思えなかった。

 でも宇宙時代になって『完全に戦争が無くなった』っていう話は素敵だな、と感じたな。


 とは言え、その世界には体感でほんの数秒しか居なかったものだから、私には何の未練も愛着も無かったりする。



 さて、今いるこの世界に関する情報もほとんど無い。分かっているのは私の元いた世界と同様に、青い空に白い雲が浮いていて緑の森が広がっている事、私達の地球とほぼ変わらない空気組成をしている事。

 そして大きな違い、それは太陽が『2つ』ある事だ。


 ギュンター中尉によると50km先に人が住んでいるらしい集落があるのだが、彼はここが異世界であるならば現地の勢力との接触は極力避けるべきだ、と言っていた。


 いわく、集落の規模や発する温度から、その集落の技術レベルは産業革命以前である事が推測される事、そこに身長15mのロボットが訪れたらまず間違いなくパニックになる事。


 更にその集落がどこか国等の大きな組織に属していた場合に、何か問題が起きた時に話が大きくなってしまう事、そしてそうなった時に『中尉』と言う身分では何も責任が取れない事等、色々と理由があるらしい。


「そうは言っても情報収集は必要です。今後の事を考えると生活物資も全然足りません。集落の近くの森に機体あなたを置いて、小官は単身偵察に行ってきます。少しの間、大人しく待っていて下さい。出来ますか?」


 そりゃ身動き取れない体で、森の中に独り置いていかれるのはとても心細い。でも私だって子供じゃないんだ、留守番くらい出来る。


《…はい。でも早く帰ってきてね…》


 素直な気持ちを言葉にしたら、新婚の若奥さんみたいな事を言っていた。

 自分で言ってて自分で恥ずかしくなる。

 …でも悪い気分じゃない。


 彼の方は決死の偵察任務なのに、私1人浮かれている。いつか怒られて愛想を尽かされてしまいかねない。少し自重しよう。



 森の木々の直上スレスレを飛びながら、目的の集落に接近する。やがてロボットの望遠カメラでおおよその遠景を捉える。


 少し大きめの村、という感じ。住民は見る限り普通の人間だ。顔つきは白人で、皆簡素な服を着ている。

 村の中心には教会の様な建物があり、修道士の様な人達が掃除をしていた。

 道に自動車は見当たらず、大八車や馬車が主に通行していた。…あれ馬なのかな? なんか少し違う様な気もするけど……。


 家々はレンガ造りで、これまた簡素な造りをしている様に見える。全体的にヨーロッパの寒村みたいな印象だ。

 私の居た世界と決定的に違うのは、誰もスマホ等の携帯電話を持って歩いて居なかった事だ。

 そもそもそんな物自体無いのかも知れない。


「文明的で平和な生活をしている様です。言葉が通じれば良いのですが…」


 ギュンター中尉の不安そうな声。彼を励まして上げようと口を開いた(比喩表現)時だった。


 ピピピッという注意信号とともに、ギュンター中尉の正面のパネル上方に何かが映し出された。

 何だかカブトムシを更にトゲトゲしくした様な外見の生き物が2匹。ひょっとしてこれが噂の……。


「『虫』だ! まさかこんな所にも現れるなんて?! 集落を襲おうとしているのか? すみれさん、予定変更だ。虫を撃滅して集落を守るぞ!」


 ギュンター中尉の凛々しい『仕事の声』に聞き惚れる。いやそんな場合では無い、多分戦闘が始まると言う事だ。


《は、はいっ!》


 七色に発光した私の機体からだが空に舞い上がる。てきはまだこちらに気付いていない。


 ギュンター中尉のうなじから繋がったケーブルからロボットの体を動かしているのだろう。彼の動きをそのままロボットがなぞる。

 ロボットは大きなライフルを構えて飛んでいるのだが、その中のギュンター中尉は何か棒状の物を構えているパントマイムをしている様で、後ろから見ていて和む風景だ。


 油断している2匹の内の1匹を、私の持つライフルから連射された弾丸が貫く。奇襲は成功だ! 文字通り蜂の巣になった虫は、そのまま森に墜落していった。


「よし」と言う小声と共にギュンター中尉が小さく微笑む。

 わぁ… 『戦う男性』ってカッコイイね… 今まで知らなかった視点だ。


 残る虫は1匹のみ。続けてライフルを撃ち込むギュンター中尉だが、虫は体を青く光らせ猛スピードで銃撃を回避した。


「くそっ、高速化か。生意気なっ!」


 ギュンター中尉も腰部分にあるシートベルトの一角を操作する。すると全身に力がみなぎる感覚が広がり、私のスピードも格段に上がった。


 大きな爪を振りかぶって襲い掛かってくる巨大な『虫』。ギュンター中尉はそれをライフルで受け止める。大きくて耳障りな衝突音と体中が震える様な衝撃。


 反動で距離が開いた私と虫。虫が再び爪を振りかざして襲い来る。ギュンター中尉も再びライフルを盾代わりに斜めに構える。


 虫の爪がライフルに当たる。今度はその力を受け流す様にライフルの角度をずらすギュンター中尉。

 相手の爪の威力を完全に流して隙を作った。そのまま手にしたライフルの、撃つ時に肩に当てる尻尾の長い部分(作者注:銃床ストックです)を勢いの乗ったままの虫の顔にカウンターで叩き込んだ。


 あまり描写したくない形に変形した顔になった虫は、力を失くした様に落下して、地面に激突し爆発した。


「…ふぅ、すみれさん、大丈夫ですか?」


 周囲を見回して安全を確認し、優しさを取り戻したギュンター中尉の声に私も我に返る。緊張の解けた彼の声に癒やされる思いだ。


《は、はい。私は大丈夫です…》


 先程の高速化とやらの影響なのか、目眩がするほど物凄い疲労感を感じていたが、そんな疲れさえも彼の癒やしボイスで吹き飛んでしまうほど私は幸せを感じていた。


 2人の共同作業で悪い虫をやっつけた。いやまぁ私が何をした、と言うわけでは無いのだが体は貸した。生身のギュンター中尉では、あの巨大な虫には勝てなかったはずだ。


「良かった。貴女を守る事が出来ました」


 ニッコリと笑って気障キザな事を言うな! 好きになっちゃうでしょ! …あ、いや、もうなってますけどネ……。


 こういう時に生身の体なら抱き合えたのかも知れないなぁ、とは思う。

 でも良いんだ。ロボットの体なら私も彼の力になれるし、私にも彼を守る事が出来る。


 私の体で彼が力を奮い、私の体で彼の命を守る。なんて素敵な共生関係だろう。女として、彼にこの身を抱き締められたい思いは確かにある。でもそれでは彼の強さの庇護に入るだけだ。


 私は彼と命を共有して生きていく事を選びたい。彼の願いを叶える為に、このロボットの体が必要ならばいくらでも使ってほしい。

 今の様に危険なモンスターが出没する世界なら、足手まといのお姫様よりも立派な鎧の方が役に立つはずだ。


 …初めは単にイケメンだと思った。次に優しい人だと思った。そして強い人だと思った。


 好きになった……。


 この気持ちは止められない。機械の我が身、ギュンター中尉の剣となり鎧となり馬となる事に、ためらうどころか喜びを感じている。


 この一見平和に見える異世界も、きっと大きな危険が待ち構えているに違いない。

 でも彼と… ギュンター中尉と2人なら、どんな障害も乗り越えられる気がする。


 今はまだ片思いだと思うけど、いつか振り向かせて見せるよ。たとえロボットの体でもね!

 待ってなさいよ、私のオ、ウ、ジ、サ、マ。



 この後、『虫』の謎に迫ったり、大ドラゴンを退治したり、この世界の戦争に巻き込まれたりと様々な事件に遭遇しつつ、私達2人は大冒険を繰り広げる事になる訳なのだけども、それはまた別のお話……。


                 〜第1部 完〜

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