第3話 あなたに会いたくて

 隊長より基地への帰還命令が出される。確認された敵の撃墜数は14、対するこちらの損害は6機、そのうち4機はパイロットの回収に成功した。つまり俺が終始夢だと思っていたロボットと宇宙怪獣との戦闘で、あの短時間に『実際に2人が死んだ』事になる。


 田舎の婆ちゃんの葬式以外に人の生死に触れた事の無かった俺は、今、少なからず動揺している。


 だがそれ以上に動揺しているのは今のこの状況だ。俺はネトゲに疲れて自分の部屋で眠っていた。そこまでは間違い無い。

 そこで夢を見てロボットに乗る要請を受け入れた。

 そして気が付いたらロボットそのものになっていたのだ。


 左耳の痛みが無ければ今でも夢見心地でいられただろう。しかし俺は気づいてしまった。『これは現実だ』と。


 どうしてこんな事に…? 


 いや、理由は分かる。あの真柄とか言う女に上手いこと乗せられたからだ。俺も夢だと思って油断していたのは確かだから、俺にも落ち度はあるだろう。割合で言うなら10%ぐらいだが。


『強靭な肉体と鋼の精神』とか言ってたから、スーパーヒーロー的な存在になれるのかと思いきや、ロボットそのままとかなんの捻りも無いじゃないか。もう少し捻るかボケるかしろってんだよ。


 これクーリングオフとか出来ねぇかな…?


 そもそも今は何時いつで、ここはどこなのだ? 真柄を始め、ここまでの登場人物は全員が日本人の名前で日本語を話していた。だからと言ってここが日本であるか? と言うとかなり疑わしい。


 まず俺の知っている日本には、キラキラ光りながら空を飛んで戦うロボットは居ない。宇宙から降って来て人間を襲う怪獣も居ない。そして現代日本の自衛隊では、『少尉』とか『大尉』と言う普通の軍隊の様な階級の呼び方はしない。


 一般市民の生活を見ていないから断言は出来ないが、俺の知っている日本との違いがこれだけとは到底思えない。


 ここは俺の時代より未来の世界、もしくは異世界パラレルワールドだ。むしろそう考えれば全てがしっくりくる。

 異世界物の設定に慣れている日本人で良かった、いや良かったかどうかは分からないが、動揺はしているが混乱はしていない。


 未来、或いは異世界のよく分からん不思議パワーで、俺の精神だけをこのロボットに移送したのだろう、と考察する余裕もある。


 でも何の為に…?


 真柄は言った。『新戦力として迎えたい』と。戦力も何も戦ったのは鈴代ちゃんであって、俺は彼女の後ろから見物していただけで何もしていない。正確には『体が無いので何も出来なかった』だな。


 今の俺は浮遊霊の様に、ただ漂って『見ている』だけしか出来ない。どこら辺が新戦力なのか?


 多分これ以上は考えても分からないだろう。ここまでの俺の仮説がどこまで正しいのかも見当も付かない。誰かに何かを聞こうにも一切のコミュニケーションが取れないのだから、これはもう『詰み』だ。


 どうにか外部と接触できねぇもんかなぁ…?


 そう言えば左耳の損傷だが、俺が感じていた痛みは徐々に引いていき、基地に帰る頃には完全に無くなっていた。耳の損傷そのものが自然に修復されていたのだ。恐らくはナノマシン的な構造で勝手に直してくれるんだろう。さすが異世界だか未来だか知らんが脅威のメカニズム。


 …それでもあの痛みは本物だった。あの痛みこそが俺がこの世界で『生きている』証だ。この世界は夢じゃない、現実なんだ。


 その自己修復に気が付いたせいか、再び無いはずの体がだるくなってきた。これは何なのだろう? どうせ体が無いのならそう言った身体的なしがらみからは開放してくれても良さそうな物なのにね、真柄さんサービス悪いよね。


 そんな事をうだうだと考えていたら先程飛び立った基地に帰ってきた。

 出てきた時と同じ様に開いた屋根を通って格納庫ハンガーに帰還、機体が固定される。


 鈴代ちゃんは今しがたの戦いだけで敵を5匹撃墜していて、迎撃に向かった部隊の中ではトップスコアだった。

 腕利きエースパイロット、しかも美少女なんだから整備員達の歓迎ぶりも凄まじい。

 俺は何にもしていないけど、なんだか俺まで鼻が高い。


接続解除ディスコネクト


 鈴代ちゃんは俺との接続を切るとコクピットハッチを開け、外に身を乗り出して軽く微笑みながら、整備員達に手を振った。

 爆発したかの様な盛り上がりを見せる整備員達、どこかのアイドルのコンサートみたいだ。


 鈴代ちゃんは俺から降りて、下で何人かのパイロットや整備員と話しをしている。周りが騒々しい上に俺からは距離が離れてすぎていて、何を話しているのかは聞き取れない。


 パイロットと思しき30代くらいの男が彼女に近寄ってきた。男に敬礼する鈴代ちゃん、俺の方を指差して興奮気味に男に話しかける。何やら談笑して鈴代ちゃんの肩に手を置く男。

 声は聞こえないけど、何を話しているのかは大体予想出来る。

 以下に俺の予想した2人の会話を記す。


『ご苦労だったな、少尉』

『大尉殿もお疲れ様でした』

『大活躍だったな。新型の調子はどうか?』

『凄いですよ! この30サンマル式だからこそ出来た戦果ですよ』

『謙遜するな、お前は我が隊の誇りだ。この調子で頑張ってくれ』

『はい! 全霊を尽くします!』


 こんな感じだと思う。いや、あの男が例の大尉殿かどうか分かんないけどね。

 それはともかく、いつまで俺の鈴代ちゃんに触ってんだよ、このセクハラ野郎。いい加減離れないとロボの目から殺人ビーム撃つぞコラ。撃ち方知らねーけど。


 鈴代ちゃん達パイロットは全員で連れ立って何処かへ去っていった。パイロット控室的な所に移ったのかも知れない。

 整備員が数名俺の周りで作業を始める。損耗具合とかを調べている様で、工具ではなくて機械の端末を手に持っている。


 そして左耳をチェックしに来たメカマン2人組が興味深い事を話していたのだ。


「はぁー、結構派手にやられていたみたいだけど、もうほぼ完全に直ってるんだな」


「ああ、自己修復したり空飛んだりできる魔法の素材『スペクトナイト』様々だよ」


「嫌味っぽい言い方するなよ。24フタヨン式も自己修復出来るけど、ここまで高速じゃ無かった。こりゃそのうち俺らの仕事無くなっちゃうじゃん?」


「そうでも無いぞ? この能力を使うと幽炉の消耗が増えるらしいからな」


「幽炉って輝甲兵の動力だろ? 現場の俺達にも触らせてもらえない機密のエンジン、て言うか電池」


「そうそう、たかだか30cm四方の立方体から何をどうすれば身長15メートルのロボットを浮かせて戦わせる力が湧いてくるのか…?」


「メーカーの縞原しまばら重工の社内でもトップシークレット扱いで、誰も幽炉こいつの正体を知らないらしい」


「はぁー、そんな訳分からん気味の悪い電池に頼らないと、虫どもと戦えないとは何とも悲劇、いや喜劇だな」


 うむ、説明台詞ご苦労。さっきの高速戦闘モードはやはり電池の消耗を招くから自粛していた訳だ。凡そ俺の予想通り、俺さんSugeeee!


 まぁそんな事より動けないからとても暇だ。まぁ腹も空かないし眠くもならないのは良いんだけど、ここにはネットも無ければゲームも無い。テレビやラジオすらもない。体も動かせないし、何よりここから出られない。


 無い無い尽くしで泣きたくなるが、涙を流す事すら出来ない。

 このままここで何も出来ずに朽ち果てていくのかと思うと、悲しくて切なくて虚しくなる。せめて何でもいいから動かせたらなぁ……。


 待てよ…?


 鈴代ちゃんと接続した時に、俺は鈴代ちゃんの情報を受け止めた。つまり俺自身がこのコクピットに宿った浮遊霊では無くて、この30サンマル式とかいうロボットその物である事は間違い無い。


 ならば俺も『幽炉』とやらを使えるかも知れない。もし使えれば何か行動を起こせるかも知れない。


 鈴代ちゃんは幽炉の発動に何処かのスイッチを入れていた。確か腰の固定用ベルトに… よし有った。

 さてこれをどうしよう? 上から押すにも物理的な力が必要だ。普通ならこの辺で俺に念動力のひとつでも覚醒してくれても良いもんだけどさ……。


 ぐぅぅぅっ!!

 はぁぁぁっ!!

 …俺の覚醒は無かったらしい、いくら念じてもダメだった。マジクソゲー。


 …どこかの巨乳のお姉さんが言っていた。『困った時は発想を逆転するのよ』と。もし俺の意識がこのロボットのコクピットの中では無くて、ロボット全体に宿っていると考えたら、ロボットの内側になら力を加えられるかも知れない。


 うん、自分でも何を言っているのかよく分からんけど、端的に言えば「押してダメなら引いてみな」と言う事だ。

 スイッチを外側から『押す』のではなくて、内側から『引く』ような感じで操作を試みる。


 どうせダメで元々のつもりでやってみたが、なんとカチッ、と反応があった。おお、人間諦めずに色々やってみるもんだねぇ。


 今度は俺の体から何かが流れ出す様な感覚がある。その流れ出た何かが機体と言う型に隅々まで行き渡って行く感覚が続く。それに伴って先程感じた疲労感も表に出てくる。


 ともかく、それによって機体の数々の機能にアクセス出来るようになった。一般情報レベルのデータベースになら搭乗者の認証無しでも探る事が出来そうだ。


 もう少し意識の浸透が進めばこのロボットの手足も俺の意志で動かせそうな気がする。

 まぁ、今はハンガーに拘束されてるからどの道無理なんだけどね。


 何にせよ兎にも角にも『俺』と言う存在が『ロボットここ』に居ると言う事を誰かに知ってもらう必要がある。

 鈴代ちゃんが発進の時に使っていた外部スピーカーを通じて喋ろうかとも思ったが、こちらの装置は幽炉とリンクしていない様で、俺から起動させる事は出来なかった。


 さて、内側の事情ばかり書いてきたが、外側の光景はそれはパニックに近い有り様で、整備員達が全員慌てていた。


 まぁ無理も無いな。


「鈴代機が勝手に起動した?!」

「馬鹿な! 無人だぞ?!」

「それだけじゃない、幽炉も起動している!」

「このままじゃ暴走するぞ!」

「鈴代少尉を呼んでこい! 大至急だ!!」

「長谷川大尉もだ!」

 ざっとこんな感じ。


 2分もしないうちに鈴代ちゃんがやって来た。目の前の異常事態に真っ青な顔をしている。

 それでも固まらずに、事態の収集の為に俺に乗り込もうと前進してくる胆力は若い女の子にしては立派な物だ。

 俺に乗り込み、先程と同様の手順で接続する。さぁ、ここが勝負どころだ。


《あの、えっとスミマセン…》


 鈴代ちゃんに話しかける。話しかけると言うと語弊があるが、お互いに意識だけの存在となって、この30サンマル式を共有している状況なので、接続コードを通じて俺が彼女の頭に、テレパシーの様に直接語りかけている、と言うのが最もイメージしやすい説明だ。


 俺の間の抜けた掛け声に対して、鈴代ちゃんは『ひゃあっ!!』と女の子らしい可愛い悲鳴を上げる。そりゃまさかロボットから話し掛けられるなんて夢にも思ってなかっただろうから、驚くのも無理はない。

 なるべく驚かさない様に控えめに声を掛けたのだが、それでも彼女の心拍数を跳ね上げる位には驚かせてしまった様だ。


「だ、誰なの?! 誰かのイタズラなの?」


 イタズラねぇ… 確かにこのとんでもない状況は神々のイタズラだとしか思えないよねぇ。


《驚かせて済まない。まず言っておきたいんだが俺は決して怪しい者じゃない。無理やりここに閉じ込められた被害者なんだよ》


「閉じ込められた? どこに? 輝甲兵の中に? あり得ないわ!」


 確かに腹の中で鈴代ちゃんが立ち上がっているスペースを除けば、大人サイズの人間が入り込めるスペースはこのロボットには無い。

 頭の中をくり抜けば隠れる事は出来そうだが、ついさっきまで実戦をしていたロボットだ。それこそあり得ない。


《うーん、体の中の何処にいるのかは俺にもよく分からない。とにかくこの輝甲兵とかいうロボットに取り憑かされて、身動きも出来ない状況なんだよ。なぁ、鈴代さん、俺を助けてくれないか?》


「なぜ私の名前を?! …とりあえず幽炉を切るわよ? 長時間使用すると暴走するらしいから」


 そう言って鈴代ちゃんは幽炉のスイッチを切る。切られたら俺とロボットの接続も切れそうな危機感はあったが、それは大丈夫だったようだ。


「鈴代少尉、大丈夫か? 機体の異常は直ったのか?」


 外でハンドマイクを持って話しかけてくる男が居た。さっきの大尉殿(多分)だ。


「幽炉は停止しました大尉殿、自分はもう少し3071サンマルナナヒトを調査します」


 鈴代ちゃんが外部スピーカーから答える。やっぱりあの男が大尉殿なのね。その声を聞いて暴走の危険が無くなった為か、場の空気が幾分和らいだようだ。


 炉が暴走したらどうなるのか? 勝手に暴れだしたり爆発したりすんのかな? その時俺はどうなっちゃうんだろう?


「…それで、貴方は何者なの? 何がどうしてこうなった訳?」


《あぁ、夢みたいな話なんだが…》


 俺はここまでの事を鈴代ちゃんに打ち明けた。


 ☆


「…つまり貴方は別の世界からやって来た、と主張するのね?」


《あるいは過去の世界、だな。お互いに日本人で日本語で会話をしている訳だし、全くの別世界とも考えにくい》


 鈴代ちゃんは頭の処理が追いついていないようだ。まぁ、この世界に『異世界もの』の小説やアニメが知られているかは疑わしいしな。


「…私に言える事は『貴方か私のどちらか、或いは両方が狂っている』って事かしら? 或いは私の頭がおかしくなって延々一人芝居をしているのかも…?」


 この女……。

《狂ってねーし、嘘もついてねーよ! 俺は幻覚じゃないってば!》


「…ふう、オーケー、分かったわゴーストマン。とりあえず上司に相談させて、お願い。その上で貴方の処遇を決めるわ…」


 多分これ以上はゴネても無理と見た。仮に鈴代ちゃんに的確な処理をする能力が有ったとしても、組織の権限的な問題でどの道上司の判断を仰ぐ事になるだろうから。


《あぁ、まぁしょうが無いよな。んじゃ最後に一つ言わせてくれ》


「なぁに?」


《俺は幽霊なんかじゃない。生きている人間だからな!》

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