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妹:そっちの可能性

「ただしって、つけてもいいですか? もし、お兄ちゃんが嫌がるようなら、そこでお断りします。あたしもお兄ちゃんには高山さん達と交流を続けてもらった方がいいと思うので、これがきっかけで逆効果になるなら、嫌なんです」


 お兄ちゃんのためなの? って、高山さんは呆れたように笑った。


「あのね。朋生ちゃん。俺の言ったこといいように解釈したのかもだけど、俺は「どの可能性も」ってちゃんと言ったからね? しばらくは紳士的に振舞えると思うけど、あんまり可愛いことされるとキスしたくなるから。覚悟しておいてね。俺、全然“いい人”じゃないからね」

「可愛いことってどんなことですか?」


 きょとんとして尋ねると、高山さんは意地悪い笑顔を浮かべた。


「千早と大空が並んでるのを見て、逃げ出そうとしたりするとこ」

「え?! ……逃げ……?」

「そうやって、自分で気付いてなかったりするとこもかなぁ」


 高山さんはハンドルから片手を放して、人差し指であたしの唇にちょんと触れると、横目であたしを確認しながら、その指を自分の唇にゆっくりと押し当てた。

 顔から火が出そうになりながら、ちょっと軽率な返事だっただろうかと、今更ながら怖気づく。

 だ、大丈夫。キスぐらい今まで付き合った人とだってしてきたし、その先も、何度かは……

 帯広で車から降りると、高山さんは躊躇いも無くあたしの手を取って、「今日はこのくらいにしとくから」って指を絡めた。

 反応を見て楽しんでるようなところがあるから、あたしはなるべく平静を保つよう、必死だった。

 お陰でって言うんだろうか。変な緊張はしないで済んだし、そのうち繋いだ手にも慣れちゃって、あたしはのんきにデートを満喫してしまったのだ。



 * * *



 昼から食べ歩いていたので、夜は軽く済ませて早めに送ってくれた。そういう所は高山さんはとても紳士的だと思う。たとえそれがお兄ちゃんの機嫌を取りたいんだとしてもね。宣言通り手を繋ぐ以上のこともなかったし。

 だけど、家には明かりも灯ってなくて、人の気配も無かった。寝てるのかと部屋を覗いてみてもお兄ちゃんはいない。

 朝は出て行くあたしとすれ違うように帰ってきたから、一日家で本でも読んでるんだろうって思ってたのに。

 スマホを確認しても特に連絡は来てないし、コンビニでも行ったんだろうって思いつつ、二十分、三十分と経つうちにどんどん不安になっていく。


 玄関を開く音に待ちきれなくて確認しに行って、お兄ちゃんの顔を見てやっとほっとしたのも束の間、ひとりで車を走らせてたと聞いて、息が止まった。

 ……違うよね? 帰ってきたもんね?

 おかずを温めて、ご飯をよそいながらなんとか気持ちを落ち着ける。

 きっと、変化の一端なんだ。出掛けようって気持ちが出てくるのは、悪いことじゃない。お兄ちゃんの様子も、別に変じゃない。

 必死に自分に言い聞かせてた。


 今まであたしが誰とどうしようが気にしたこともなかったのに、高山さんとどうなったのか聞かれてまた不安になる。

 お兄ちゃんが現状を不満に思うのなら、黙っていなくなる可能性もあるんだ。

 厚岸へのひとりドライブは下見だったらどうしよう。

 最近、そっちの方には考えが及んでなかった。もう、大丈夫だって。そこまではしないって、勝手に。


 「どこにも行かないよね」って確かめたいのに、言葉にしてしまうとお兄ちゃんが気付いてしまいそうで、どうしても口に出来なかった。

 そんな面倒臭い『妹』、お兄ちゃんは要らないに違いない。

 あたしが考えてることは、やっぱり都合のいいことなんだろうか。

 妹ならずっと関わっていられるって、やっぱり甘いのかな。


 高山さんに言われて、裏摩周で二人を見た時に何を感じたのかようやくわかった。

 あたしはどこかで、お兄ちゃんと関わっていけるのはあたしだけだと思い込んでた。

 でも、あの時、千早さんと会話しながら歩いてくるお兄ちゃんを見た時、それが本当に思い込みだと知らされて、恥ずかしくて逃げ出したくなったんだ。じゃなければ、どこかに――高山さんの後ろとかに――隠れたくなっちゃったんだ。

 お兄ちゃんの隣を歩くのがあたしじゃなくてもいいなら、あたしは妹を続けるしかない。ますますそこにしがみつくしかない。

 高山さんの提案は、とてもいいことのように思えたのに……




 後ろ手に部屋のドアを閉めてしまって、ずるずるとその場に座り込む。

 さすがに、お兄ちゃんが今すぐいなくなっちゃうようなことは無さそうだ。

 そうだよね。今までだって、誰かと長続きしたことなんかないんだもん。今回だって生暖かい感じで見てるんだ。ひとりドライブは、本当に気が向いただけで……だよね?

 千早さんの名前を出した途端、態度が軟化したから、お兄ちゃんはやっぱりそうなのかもしれない。

 ぎゅっと胸の辺りに拳を当てて、痛みを押し込める。

 そうなら、その方がいい。

 お兄ちゃんがいなくなったりするよりは、ずっと。


 ある程度気持ちが落ち着いたところで、あたしは高山さんに今日のお礼をトークで送っておいた。

 次の約束はまだしてない。仕事が忙しくなりそうだという高山さんの予定に合わせますと言ってある。

 今日楽しかったのも嘘じゃないけど、ぎゅうぎゅうと予定を詰め込む気分にはなれなかったので丁度いい。

 ゆっくりでいいよね。

 あたし、まだお兄ちゃんと居て、いいよ、ね?

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