第42話 ムネモシュネの挑戦

 貴史達が城の正門前に戻ると、ガイアレギオンの騎士が騎馬のままで駆け寄って来る。

「シマダタカシ殿とヤースミーン殿ですな。ダミニ様から王宮の中にお招きするように指令を受けてまいりました」

 貴史は騎士の指示に従って城の正門を入ろうとするが、ヤースミーンは貴史の手を掴んで引き留めた。

「ダミニさんの使いなら合言葉を知っているはずですよ。合言葉が何か言ってください」

 ヤースミーンの言葉を聞いて騎士は困惑した表情を浮かべる。

「いや、私はダミニさんに会い言葉など教わっておりませんが」

 騎士の困った様子を見てヤースミーンは微笑みながら彼に告げる。

「ごめんなさい。本当にダミニさんの使者か確かめたかったのです。ダミニさんと合言葉など決めていないから知らないのが当然なのです。あなたは本当にダミニさんの使いのようですね」

 騎士はヤースミーンの言葉の意味を理解すると安心した様子で改めて案内を始め、今度はヤースミーンもその後に続く。

 騎士が貴史達を案内した先は、城の奥にしつらえられた広間で、その中央ではムネモシュネが周囲に詰めている大勢の士官たちに指令を発していた。

 貴史達の姿を認めたムネモシュネは嬉しそうに微笑む。

「シマダタカシ殿、ヤースミーン、無事だったのですね。私の母の軍勢に捕えられたのではないかと心配していたのです」

 貴史はこれまでの経緯を説明することにした。

「バルカさんが手引きしてくれて港まで逃がしてくれたのです。しかし、ヤースミーンがあなたのことを救出したいと言い出して有志だけで救出作戦をしようとしていたのです」

 その時、士官たちの中からダミニが顔を上げる。

「ちょうど私もムネモシュネ様とハヌマーン様の救出ミッションを考えていたところなのでご協力いただきました。城の前後から強力な魔法攻撃を受けたため、ガイア様の親衛隊は強力な軍勢に包囲されたと勘違いしてガイア様とブラフマー様を伴って城から逃げ出した次第」

 ムネモシュネの傍らでさりげなく彼女の護衛をしていたハヌマーンがにやりと笑った。

「その辺は阿吽の呼吸だな。ダミニの派手な攻撃の音がしたため、私が衛兵の武器を奪って暴れ始めたため、城内は恐慌に陥った。火炎による魔法攻撃も加わったため、城内で体勢を立て直すことをあきらめ城壁を爆破して手薄なはずの側面から脱す津したのだからガイア様の親衛隊は頭が良いのか悪いのかわからぬな」

 貴史はハヌマーンが穏やかな口調で話してはいるものの、その服が返り血で赤く染まっているのを見て晩餐会の凄惨な状況を思い浮かべて背すじが寒くなる思いだった。

「私は今周辺諸侯に私が主導する政権への支持を呼びかけているところだ。首都を防衛する正規軍は我々の側についたが、母の親衛隊と兵力は拮抗している。周辺諸侯が私に与して出兵すれば、母君や弟を殺さずとも降服させることができるかもしれない」

 ムネモシュネは肉親の争いのために犠牲になる兵士を可能な限り少なくするつもりなのだと貴史は考える。

「アレックス侯爵がムネモシュネ様に加勢するべく出兵されました」

「ガイア様の軍勢はカイラスの新都に立てこもった様子です。増援部隊の到着は見られません」

 伝令の兵士たちが次々と報告し、ムネモシュネの周囲は作戦会議室のような様相を呈していた。

「シマダタカシ、ヤースミーン、リヒターさんにホルスト、それにスラチンまでよく無事でしたね」

 ドレスの裾をミニスカート風に破り捨て、背中に大剣を担いだ出で立ちあおララアが貴史達に駆け寄ってきた。

 邪魔になるドレスを破り捨ててハヌマーンと共に戦っていたことは一目瞭然だった。

「ララア、無事だったのですね。私達は4人だけあなた達を助けるために殴り込むつもりだったのですが、途中でダミニさん達と合流することが出来たのでうまく連携して戦うことが出来ました」

「ピキー!」

 ララアはスラチンのゼリー状の冷たい頭の上に手を乗せて、そっと撫でている。

「ムネモシュネさんやハヌマーンさんを慕う人たちが沢山いて、晩餐会の途中までに何人もがこっそりと警告をしてくれたし、正規軍の士官が私達の暗殺計画をリークしてくれたのでタイムリーに反撃することが出来たのです」

 ヤースミーンはララアの手を引っ張りそうな勢いで告げる。

「みんなが港に停泊しているパールバティー号で待っています。ムネモシュネさんやハヌマーンさんも無事だったし、戦いが休止している間に船に戻ってパロの港を目指して帰りましょう」

 ヤースミーンは当然のようにララアを連れて帰ろうとしたのだが、ララアはゆっくりと首を横に振った。

「ヤースミーンさん。私はここに残ってムネモシュネさんを手伝ってこの国が平和を取り戻す手伝いをしようと思います。この国は私の兄のヴィシュヌが作った国で、敵方のガイアさんもムネモシュネさんもヴィシュヌの子孫なのです。私はこのまま放置して自分だけ安全な場所に逃げるわけにはいかないのです」

「そんな、」

 ヤースミーンは言葉を失い、助けを求めるように貴史の顔を見るが、貴史としてもララアの話を聞いて彼女を無理やり連れ帰ることは出来なかった。

「ララア殿かたじけない。これから周辺諸侯を味方につけていくためにも、そなたがいてくれれば我が陣営の正当性を強く主張できるというものだ」

 ハヌマーンは遠方にいる有力者たちへの書状を使者となる士官に手渡していたが、余裕のある表情でララアに話す。

 しかし、ララアは悲しそうな表情を浮かべた。

「ヴィシュヌは優しい人でした。それなのに周辺国に侵略を繰り返す軍事国家を作ったのは、ヴィシュヌが遠征中に母国の私たちがヒアリア国の謀略で滅ぼされたからかもしれないと思うのです。ヴィシュヌの想いは嬉しいのですが、私はこの国の人々に平和な暮らしをしてもらいたい。そのためにムネモシュネさんを手伝いたいのです」

 ヤースミーンは無言でララアやハヌマーンたちを言詰めていたが、やがてきっぱりとした口調で言った。

「仕方がありませんね。そういう事なら私達も手伝いましょう」

 貴史は自分が引き返せない戦乱の深みにはまったことを悟った。

 そして、巻き込まれたリヒターとホルストの表情を窺うが二人とも苦笑しながら貴史にうなずいて見せるのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る