第33話 シーサーペントのサテ風串焼き

シーサーペントの襲撃の翌日、貴史はパールバティー号の甲板に持ち出された手押しのポンプを使って船体内の水を汲みだす作業を手伝っていた。


貴史が操作するポンプの取っ手にはヤンも取りついており、二人が体重をかけてポンプを押すとパールバティー号の船体内にたまった海水が排出されていく。


シーサーペントの脅威は去ったが、ネーレイド号は日暮れのためそのことに気が付かずにパロ方面に去ってしまった。


「シマダタカシ、この船を修理するのはいいがこのままガイアレギオンに行けば俺たちは捕えられてしまうのではないだろうか」


ヤンは心配そうに貴史に問いかけるが貴史も同じことを考えていたのだった。


「僕のイメージではガイアレギオンは周辺国家に見境なく戦いを挑んでいる狂信的な軍事国家で話し合いができる相手ではないと思っていたけれど、ハヌマーンさんは互いに生き延びるために協力して欲しいと申し出て来たんだ、無事本国に到着したらパロに行く商船に乗れる手はずを付けてくれるというので、それを信じるしかないよ」


貴史は自分に言い聞かせるようにヤンに答える。


パールバティー号は嵐とシーサーペントの襲撃でひどく損傷していたが、貴史達とハヌマーンは損傷したパールバティー号を修理してガイアレギオンの首都まで航海することで合意し、それまでは協力して船の運航に当たることになったのだ。


パロの港で戦った状況を考えると、仮に貴史やヤースミーンが船を乗っ取るために戦いを挑んでも、ハヌマーンを相手に勝利を得るより、共倒れになって船と共にウラヌス海の藻屑と消える可能性が高い。


嵐とシーサーペントの襲撃で船員も数名失われており、動ける船員は帆走を可能にするために帆や索具の補修に忙しそうに立ち働いており、貴史達も交代で排水作業に駆り出されているのだった。


「貴史、ヤン、そろそろ交代しよう。タリー君がシーサーペントを使って料理を作ってくれたので、食堂で食事をとるといい」


ハヌマーンが背後から声を掛けたので貴史は微妙に緊張したが、彼の呼びかけが苗字と名前を識別していることに気づき複雑な思いにとらわれる。


ハヌマーンが自分と同じ世界から転移した人間であるのではという思いは次第に強くなっていたが、いまだにその話は切り出せずにいた


「そうしますよ。ハヌマーンさんも無理をしないでください」


ハヌマーンは自分の配下の兵士と共に作業を始め、貴史は彼の軍勢を相手に壮絶な戦いを繰り広げたことが嘘のように感じられた。


甲板から梯子を下りて食堂に入ると、テーブルの上には串焼きの肉やチャーハンのようなご飯ものが並べられておいしそうなにおいが漂っていた。


船員達も交代で食事をとっているらしく何人かの水夫がテーブルで食事中だ。


タリーは焼きあがった肉の串焼きのような料理の皿をテーブルに追加しながら貴史に説明する。


「シーサーペントの肉は鶏肉に似ているがよりうまみ成分が多く味わい深いものだった。そしてこの船には様々な香辛料が用意されていたので私はバリ島料理のサテをイメージして串焼きにしてみたのだ。シーサーペントのナシゴレン風ご飯に、エスニック風スープを添えて一緒に食べてくれ」


貴史がシーサーペント肉の串焼きを食べると、ジューシーな肉に様々なスパイスがマッチしており、熱い日差しの中で働いた後にぴったりのテイストだ。


タリーを手伝っていたヤースミーンはシーサーペントを使ったナシゴレン風ご飯やスープを入れた器を手渡しながら申し訳なさそうに言った。


「シマダタカシもヤン君もごめんなさい。私が早まってネーレイド号のアンジェリーナに「逃げろ」サインを出してしまったから、ガイアレギオンの本国まで行く羽目になってしまいました。もう少し待てば、ネーレイド号に合流してパロに帰ることが出来たはずなのに」


ヤースミーンは責任感が強いので、そのことを重圧に感じている様子なので、貴史はことさらに軽い雰囲気で彼女に答える。


「僕もあの状況ではシーサーペントにやられて全滅するかもしれないと思っていたから、それは仕方ないよ。アンジェリーナさんだってあのシーサーペントの大きさを見てパールバティー号は助からないと思ったから逃げたのだと思うよ」


実際にシーサーペントの大きさは、貴史達が捉えている巨大な龍と比較してもその比ではないほどの質量だった。


甲板に残された尻尾の切れ端だけで、パールバティー号の重量バランスが崩れて船が傾斜してしまうほどの大きさだったのだ。


甲板の一部はシーサーペントによって破壊されているので食堂の奥には明るい日差しが差し込んでいる箇所が見える


「あの巨体に向かって剣一つで戦いを挑むのだから、シマダタカシも大したものだな」


ヤンがシーサーペント肉のサテを食べながら適当に貴史を持ち上げ、一緒に食事をしている水夫たちが畏怖と尊敬の入り混じった視線で自分を見ていることに気づき貴史はまんざらでもない気分だ。


「ララアが氷系の魔法でシーサーペントの尻尾を凍らせてくれたから、どうにか追い払うことが出来たんだよ」


貴史が指摘すると、ヤースミーンは思い出したように、船室が連なる下の階へ通じる通用口を眺める。


「ララアといえば、ムネモシュネさんが話をしたいと言って彼女の船室に呼んだらしいのです。トラブルにならなければいいですけど」


ムネモシュネにとってララアは自分の軍勢に相当な損害を与えた厄介な存在なはずで、パロの港でも双方が一歩も引かない戦いを繰り広げていた。


話し合いの余地があるのだろうかと貴史はものすごく不安な気持ちで階下への通路を見つめるのだった。


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