第20話 ララアの生活

ヤンが傷を治してくれたので貴史もようやく話に加わる余裕が出来た。



それでも、貴史にとって刃を交えたばかりのセーラは微妙に近づき難いものがあって、距離をおこうとしていると彼女はあっさりと貴史の気持ちを見透かしていた。



「あら、お兄さんに嫌われると傷付いちゃうな。折角手打ち出来たのだから仲良くしましょうよ」


「そ、そうですね」



貴史はぎごちなく相槌を打ちながらセーラの隣に座り、その横にはヤースミーンが来る。



微妙な緊張をはらんだ大テーブルの皆に、店の奥からトロールのペーターが声を掛ける。



「ほらほら、しけた顔していると魔物を捕まえて料理して食べさせてしまうで。せっかく手打ちしたんやから仲良くしなはれや」


ペーターの軽口に乗ったのはヤンだった。


「俺たちの場合は魔物を食べさせると言うのは脅し文句にはならないな。何せ日常的に魔物を捕まえて料理してしまう御仁がいるからな」


ヤンの言葉にペーターが怪訝な顔をするが、


ララアは懐かしそうな表情でペーターに説明する。


「私とこの人達は依然同じ酒場で暮らしていました。そこの経営主兼コックのタリーという人が、その辺に居る魔物を美味しく料理してしまう変人だったのです。以前食べたメガスネイルのエスカルゴ風をもう一度食べたいと思う事が時々ありますね」


「そんな濃い人がいたら、わしが少々変わった料理作っても目立たへんやないか」


ペーターは冗談とも本気ともつかない雰囲気で話すが、生真面目なヤースミーンはそれに答える


「彼はこの土地で酒場を始める気はないですから商売敵になることはないと思いますよ」


「さよか、機会があったら魔物料理を試したい気もするな」


ララアは、貴史達の軽装の出で立ちを見ながら尋ねた。


「ところで、ヤースミーンさん達もジュラ山脈をこえてきたのですか」


ヤースミーンはちょっと自慢げに答える。


「私達はヤヌス村が作った大型船で海を渡ってきたの。航海中にセイレーンに襲われたりしたけど、楽に旅が出来ましたよ」


「大型船?実は私は船を調達したいと思っていたのです。その船見せてもらうことは出来ませんか」



ヤースミーンは、ララアが無邪気に船を見たがっていると思っただけだったが、ララアの目は獲物を見つけた野獣のように輝く。



ララアの近くに座ったソフィアが話しに加わった。


「ガイアレギオンの一隊がこのお店の勘定を踏み倒そうとした時に、ララ先生とセーラさんがその連中をとっちめた上で船まで引きずって行って、お勘定相当額を支払わせたのですけど、ララ先生はもう少しで船を乗っ取って自分の物にしそうでしたものね」



「そうなのよ。私がその船は一人で動かすのは無理だと教えてあげなかったら、ガイアレギオンの水兵を放り出してそのまま船出しかねない勢いだったわ」


貴史はララアとセーラが盛大に暴れる様を想像して背筋が寒くなる思いだったが、二人が味方になった今はむしろ、頼もしいことだと思いなおした。


そして、この二人がペーターの店一軒の用心棒をしていることが不思議に感じられる。


「ララアとセーラさんの2人がこのお店専属の用心棒をしているの?」


貴史の問いに、ペーターは呆れたように答える。


「そんな訳ないやろ。このお二人はこの商店街全体の治安を維持する自警団として商店街の会長に委託されて警備を引き受けてくれているんや。お二人で山の手にある豪邸をシェアしてお住まいなんやで。この店に入り浸っているのはわしの料理がおいしいからや」



「そうなんですね。やはりララアほどの能力があればどこに行っても暮らしていけるのですね」


ヤースミーンが羨ましそうにつぶやくと、ララアが言った。


「私は炎系の魔法がちょっと苦手だから、ヤースミーンさんを加えたら戦力強化が出来て良いのだけどな」


「そうね。そっちのお兄さんも加入してくれたら私が手を下すまでもなく雑魚をやっつけてくれそう。私達と一緒に自警団しましょうよ」


意外なことに、セーラとララアは貴史達の能力を高く評価してスカウトしようとしていた。


セーラは微妙に貴史を使いっパシリに使いそうな雰囲気だが、腕を買われるのは悪い気はしない。


しかし、貴史は自分を慕うドラゴンハンティングチームのことを思い出した。


「いや、僕たちはドラゴンハンターの仕事があるからそうはいかないよ。それにしても、ララアはどうしてそんなに船が欲しいの?」


「私にはヴィシュヌと言う名の兄がいたのです。私の国が滅ぼざれた時にヴィシュヌは海を越えた東の大陸に遠征に出ていたので、部下たちと一緒に生き延びて子孫が暮らしている場所があるかもしれないと思い、探しに行きたいと思っているのです」



貴史はララアの心がヒマリアの民への復讐以外に向いていることを知り、少なからずうれしかった。


「僕たちが乗ってきたネーレイド号を見に来たらどう?船の運航はアンジェリーナさんが決めているけれど、見学はさせてくれると思うよ。明日からはドラゴンの加工品を中心にした物産展もひらく予定なんだよ」


「アンジェリーナはしっているわ。船には興味があるから行ってみようかな」


ララアの言葉に便乗してペーターも話しに加わる。


「そのドラゴンの加工品とは食えるのか?うわさでドラゴンを使った食材があると聞いたけど、品物があるんやったらうちの店でもうちの店でも使ってみたいな」


「これまでドラゴンの肉はあまり利用されていなかったけれど、タリーさんが保存可能な加工方法を開発したので食用のドラゴンベーコンもたくさん運んできましたよ」


「そうか。今日はボヤ騒ぎでお客さんも戻ってきそうにないから、店を閉めて帆船見物にでも行きまひょうか」


ペーターは乗り気になって、店を臨時休業にしそうな気配で、セイラも話に乗った。


「あら、いいわね。私も一緒に行こうかしら。船ってどこか遠くの知らない場所まで連れて行ってくれそうで昔から好きなのよ」


ネーレイド号見学の話が盛り上がっている間に、ペーターは得体のしれない料理を皆の前に運んで来たが、貴史が一口食べると、口の中に穏やかな旨味が広がった。


「美味しい!」


「そうでしょう。ペーターさんは見かけによらず料理が上手なんですよ」


事の発端になったソフィアの言葉にペーターが反応する。


「見かけによらずが余計や!」


一緒に食事をするうちに、セーラやペーターたちと打ち解けた雰囲気になり、貴史達はララアやペーター達をネーレイド号に案内することになったのだった。

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