第18話 用心棒は武闘派だった

ヤンの顔を見た少女は、渋々と財布を取り出した。

ヤンの財布は少女の上着のポケットからだされると、けたたましい笑い声を上げ、少女が身をすくめている間に、ヤンは少女から財布を取り戻した

「もうこんな真似をするんじゃないぞ。俺が生まれた国ではスリで捕まると片腕を切り落とされるんだ。腕が無事なのをありがたく思うんだな」

ヤンは微妙に恩着せがましく少女に説教を垂れるが、少女はさすがにしおらしく謝った。

「すいません」

「ヒマリアの法律はそんなに厳しいんだっけ?」

「ヤン君が話を盛っているのですよ。聞き流してください」

貴史とヤースミーンがヒソヒソと話している前で、ヤン君はいつに無く大きな態度で少女に告げる。

「もういい、行けよ」

少女は小さくなって裏口から立ち去ろうとしたが、酒場の客を避難させていた女性が戻り、きつい口調でヤンに苦情を言った。

「私達の店に放火しておいて、何事も無かったように帰れると思わないほうがいいわよ。なめた真似をしてくれたものね」

彼女の手には、刃渡り三十センチほどのダガーが握られており、その構えを見ただけでかなりの使い手だと窺えた。

ヤンと口論していたトロールは女性の後ろで腕組みをして貴史達を睨んでいる。

スリをした少女は立ち去るわけにもいかなくなり、居心地悪そうにその場に立っていた。

「あの、やっぱり戦うと怪我人も出ちゃうから話し合いませんか」

貴史は取り合ずこの場を収拾しようと試みたが、ダガーを構えた女性は態度を変えない。

「あなた達がドラゴンスレイヤーソードを振り回した挙句にうちのお店に火を着けたのよ。今更話し合いでもないでしょ。アヌビス神の前で審判を受ける前に私の名前がセーラだと教えておいてあげる」

彼女が口にしたのは、どうやら死を司る神様のようだ。

ヤンは貴史に近寄ると耳打ちした。

「お腹を切られて内臓が飛び出した程度なら何とかするが、首をちょん切られて即死した場合は運まかせだからな」

ヤンが微笑交じりに貴史に忠告するので、貴史は少し頭に来てやんを遮った。

「俺がやられることを前提に話をしないでくれ」

貴史はヤンに強がったものの、セーラは貴史が構える大ぶりな剣に臆する様子もなく不気味だ。

ヤンと貴史が会話している瞬間にセーラは床を蹴って貴史に突進した。

黒い影が足元に飛び込むのを見て、貴史は思わず片足をあげたが、その足があった場所にはダガーが深々と突き刺さっている。

「このお、」

ダガーは当然セーラの手の中にあり、貴史は至近距離に飛び込んだセーラに剣を構えなおしたが、セーラは床に刺さったダガーを引き抜くとジャンプしながらバック転して間合いを取った。

着地してダガーを構えたセーラには一分の隙も無い。

「足でも手でも指を二、三本頂けば戦闘力はがた落ちよ。そうなったらお腹を横一文字に切り裂いて内臓を全部引っ張り出してあげる♡」

貴史はガイアレギオンのハヌマーンと戦ってお腹を切られた経験がある。

ヤンの治癒魔法で一命をとりとめたものの、傷口から内臓が飛び出した時の傷みは忘れられるものではない。

セーラのセリフを聞いていると、貴史は貧血を起こして倒れそうだった。

「シマダタカシ、その女を魔法で仕留めます。3分でいいから持ちこたえてください」

ヤースミーンが貴史に叫んで呪文の詠唱を始めたが、3分というのは普段なら短く感じるが、一瞬のスキを狙ってしのぎを削っている者には永遠のように長く感じられる。

貴史はセーラの隙を探してじりじりと回り込み、セーラもそれに応じて微妙に構えを変えた。

「残念やったな。こっちにも魔法の使い手の先生がいて、今ここに駆け付けるところや。三分もかからないうちにあんたら全員氷漬けにしてやるで」

トロールの声を聞いて、ヤースミーンは詠唱を一瞬中断するが、気を取り直したように再開する。

貴史は、先ほどのようにセーラに懐に飛び込まれるよりは、こちらから攻撃しようと思い一歩踏み込んでセーラに切りつけた。

「うおおおおお」

貴史は鋭い斬撃を繰り出して、セーラに切りつけたが、彼女は澄んだ金属音と共に貴史の剣を受け止めていた。

見ると彼女はダガーを持ち換えて前腕に沿うように構えて貴史の剣を受け止めたのだ。

思った通りかなりの使い手だと判り、貴史はさらに緊張の度合いを高める。

「剣の筋は悪くないわね。もう少し生き伸びたらいい剣士になったかもしれないけど、残念ながらあなたの冒険は今日で終わりよ」

「うるさいな。あなたは減らず口が多いんだよ。余計なことを言えないようにしてやる」

セーラが余裕たっぷりに話すさまが、貴史を逆上させ、貴史はもはやセーラの血を見ることに躊躇しない気分になっていた。

貴史は剣を振るって、二度三度と切りつけたが、セーラは鮮やかな身のこなしで短いダガーを使って貴史の剣を受け止める。

その合間にセーラのダガーが閃き、貴史は剣を握っている右手の親指から血が吹き出すのを見た。

「親指一本頂いたと思ったのに浅かったみたいね。坊やのくせに動きがいいわね」

貴史は血が噴き出す自分の手を見て、セーラのセリフを聞くと背筋が触りとおぞけだつのを感じ、自分が息切れし始めているのも意識する。

鍛えたとはいえドラゴンスレイヤータイプのソードを振り回すのは体力を使うのだ。

むしろヤースミーンに攻撃支援魔法をかけてもらった方が良かったのではないかと思うが、彼女は攻撃魔法の詠唱に没頭している。

そして、ヤースミーンが詠唱を始めてまだ一分も経過していないのは明らかだった。

「親分来てくれたんですね。へまをやって申し訳ありませんでした」

「先生お待ちしていました。こいつらわしの店で好き放題やらかしてくれて、往生していましたんや」

唐突にスリの少女やトロールが話し始めたのを見て、貴史は相手方にさらに新手救援が現れたことを知った。

貴史が半ば絶望しながら入り口を見ると、明るい外の風景を背に小さな人影がシルエットとなって見えた。

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