第12話 出港の日

ヤヌス村が総力を挙げて建造した大型船はいわゆるバーク型三本マストの帆船でネーレイドと命名された。

そして、ヤヌス村の住人のあらかたと、貴史達ドラゴンハンティングチームが集い、盛大な進水式が行われた。

「高価な発泡酒を船体に叩きつけて割ってしまうなんてもったいないですね」

ヤースミーンが意外と所帯じみたことを言うので、貴史は微笑して答える

「景気づけのお祝いだからいいんじゃないの?」

二人の会話を聞いていたタリーが口を挟む。

「シマダタカシ、ヤースミーン、金は天下の回り物と言うが、あまりにけち臭いことを言うと消費というものは冷え込んでしまうのだ。アンジェリーナと相談して盛大な祝宴を準備したから君たちも遠慮なく飲食してくれ」

タリーが示した進水式会場には大きなテーブルがいくつもしつらえてあり、そこには豪華に盛り付けられた料理が並ぶ。

「あの料理の素材は何ですか」

ヤースミーンが尋ねると、タリーは嬉しそうに答える。

「君たちが捕獲したドラゴンの肉と、ヤヌス村の漁業の網に混獲するクラーケンの幼生がメインだ。そのほかに水中を羽ばたきながら泳ぎ回るホタテ系の魔物や、森を歩いていたキノコの魔物も使っている」

宮廷料理風のロースト肉や、カツレツの類に、シーフードやキノコをふんだんに使ったピザやパエリアの類も並べられており、ヤースミーンは食欲をそそられていたが、材料を聞いて少し引いたようだ。

「魔物を食材に使ったりして、食べられない人が多かったらどうするんですか」

魔物食反対派のヤースミーンはタリーに難癖をつけるがアンジェリーナが擁護する。

「それなら心配はいらないわ。この祝宴にはパロの港のバイヤーも招待しているの。要するに私たちが持ち込む食材の見本市みたいなものなのよ」

「あっしは工芸品の材料としてのドラゴンの資材だけを売りに行くのかと思っていやしたが、タリーさんがドラゴンやクラーケンを燻製にする技術を開発したので、一気に運べる商品の種類が増えたんでやすよ」

「こっちにあるのがドラゴンベーコンなのですね」

リヒターと貴史はおいしければ素材には拘泥しないのでタリーの魔物料理にも抵抗がない。

タリーは生食材を使った豪華料理に織り交ぜて、船便で運べるベーコンや燻製も並べており、招待されたパロの都のバイヤーたちは、興味深そうに味見をしている。

「ドラゴンを食べるということ自体思いつかなかったが、味を知ったら癖になりそうですね。船便でパロまで届くのならばこのドラゴンベーコンは買いだと思うな」

「クラーケンの燻製なんか聞いただけならお断りだけど、現物を食べると食指が動くわね」

バイヤーの男女は食材としての魔物の可能性に目覚めつつあるようだった。

「加工品を使ったピザやパエリヤがこちらにありますよ。この味ならばパロの都でも再現できるわけですがいかがですか」

タリーが解説するとバイヤーたちはいっせいにピザを手に取った。都は飲食店も多いだけに、新しい食材にが手に入るとなれば敏感に動くようだ。

アンジェリーナは、少し離れて発泡酒のグラスを手にしている夫人に近づくと慇懃に礼を言う。

「ジョセフィーヌさん、こんな遠方までおいでいただきありがとうございました。私どもが用意した商品はお気に召していただけましたか?」

「私もパロの商工会長をしているからには、新しい商売の機会を逃すわけにはいきません。聞くところによると一時はクラーケンに港を占拠されていたそうで足を運ぶのが無駄になるかと思ったけど、解決できたみたいでよかったわね」

パロの商工会長のジョセフィーヌは長旅に疲れたのか、微妙に剣のある言葉をアンジェリーナに浴びせるが、純朴なアンジェリーナは商工会長の嫌味に気づきもしないで元気に礼を言う。

「ありがとうございます。パロの港までは二週間の船旅となる予定ですが、荷物が到着してからもよろしくお願いします。私たちにの村にとっては最初で最後のチャンスかもしれませんから」

「頑張ってくださいね。私たちにとっても陸路で一か月要した難路が、二週間の船旅で済むなら交易の機会は大いに増えると考えています。夕刻に出航してからの航海も期待していますよ」

アンジェリーナは深々とお辞儀をしてジョセフィーヌの前を離れたが、ジョセフィーヌはアンジェリーナの後姿を見ながらため息をついて発泡酒のグラスを口元に運ぶ。

「とんだ貧乏くじだわ。砂漠や山脈越えの厳しい旅の上に初めて作った帆船で航海なんて命がいくつあっても足りやしない。商工会長に推されたのもこんな仕事が待ち受けていたからかしら」

貴史は、ジョセフィーヌの独り言を聞いてしまったが、聞こえなかったふりをすることにした。

そんな貴史に、パロの町から来たバイヤーが話しかける。

「あんたがドラゴン退治の筆頭格なんだろ。さっきドラゴンの頭蓋骨を見せてもらったけどあんなでかいやつと戦うなんて尊敬するぜ」

貴史は、ドラゴンの夫婦をもろともに獲物にしてしまったことを思い出して少し口ごもったが、どうにか答えた。

「チームの結束が固いから、安心して戦えるのだとおもいますよ」

「チームワークの話を持ち出す辺り、人物が出来ているな。食材として継続して供給できるなら、うちでも取り扱わせてもらうよ」

貴史はバイヤーに礼を言って自分もドラゴンのベーコンを手に取った。ハーブと共に塩漬けにした後、広葉樹のチップで燻されたドラゴンの肉は、適度に脂身も含んでいて美味しい。

『これは売れるかも知れない』と考えながら貴史がタリーの準備した様々な料理を楽しんでいると、好物のピザを手にしたヤースミーンが貴史に言った。

「シマダタカシ、食べるのもほどほどにして、出発の準備をしましょう。私たちもパロの都まで行くのですからね」

ネーレイドの処女航海にはチームシマダタカシの主だったメンバーも招待されていた。

「もともとキャラバンを続けていたのだから、大して支度をすることもないよ」

「いいえ、ヤヌス村滞在中に荷物も増えてしまったので、準備は必要なのです」

貴史はもう少し、賑やかな進水式会場の雰囲気を楽しみたかったが、結局、ヤースミーンに引っ張られて、貴史は渋々会場を後にした。

貴史がヤヌス村に続く洞窟に入る前にネーレイドに目を移すと、波止場では船倉への貨物の積込が急ピッチで進められていた。

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