第10話 ヤヌス村の黄昏
ヤヌス村に逗留を始めてから一週間足らずで、貴史たちは一頭のグリーンドラゴンを仕留めた。
普段ならば、仕留めたドラゴンを売りさばく間はハンティングチームは休養を取るのだが、今回は違った。
アンジェリーナ達がパロの都で商売するには、船倉が一杯になるくらい積み荷が必要だと言うので、さらに一頭のドラゴンを捕獲することになったのだ。
「すいませんね、シマダタカシの旦那。ホルストが別のドラゴンの痕跡を見つけたので急遽追跡することになってしまいやした。お疲れでしょうから今回は短期決戦で片を付けやしょう」
「気にしなくていいよ。ドラゴンハンターがドラゴンを捕らなくてどうするっていうのはリヒターさんの口癖じゃないですか」
一日がかりで最初のドラゴンを仕留めたので、既に日は傾きつつあった。
リヒターと貴史は並んで歩いているが、貴史の背後には影のようにヤースミーンが寄り添っている。
「ドラゴンの気配が近づいたら私にも教えてください。いつものようにクロスボウでシマダタカシを応援したいですから」
ヤースミーンは背中に背負っていたクロスボウを降ろし、両手に持ちにながらリヒターに言った。
ヤースミーンににとってはクロスボウに矢をつがえるのが一仕事なので、事前に準備しておきたいのだ。
「わかりやした。先行している勢子役の準備が整ったらお知らせしやすよ」
リヒターの配下のドラゴンハンティングチームは高度に組織化されており、偵察部隊がドラゴンを発見すると、捕獲部隊がドラゴンを足止めするための仕掛けを張り巡らせ、勢子部隊がそこにドラゴンを追い込んでいくのだ。
貴史が登場するのは、あらかたドラゴンの動きを止めた最後の仕上げに相当する部分で、そこで刃刺しとしてドラゴンの息の根を止めることになる。
倒したドラゴンは、後に続く解体チームがその場で解体して拠点に持ち帰って加工することになるのだ。
その時息を切らせながら、リヒターの部下が三人に追いつく。
「リヒター隊長大変です」
「どうしたんだマクシミリアン。おめえは今回は解体部隊を率いていたはずだろ」
リヒターの配下のマクシミリアンが血相を変えて駆け込んできたのを見て、リヒターは嫌な予感がしていた。
「偵察部隊が追っていたはずのドラゴンがいつの間にか後ろに回り込んで解体部隊に襲い掛かったのです。皆戦う支度はしていないので散りじりになって逃げるのがやっとでした」
「ドラゴンハンターの動きを読んでいるとでも言うのかな、解体部隊で誰かやられたのか?」
リヒターは鋭い目つきで後方の森を見ながらマクシミリアンに尋ねる
「一人逃げ遅れてブレスにやられました。安全な場所まで助け出しましたが、すぐに治療しないと危険な状態です。ヤヌス村まで伝令を走らせてヒーラーを呼んでいます。襲ってきたドラゴンは最初のドラゴンをの仇を打とうとしているみたいに猛り狂っているのです」
マクシミリアンの話を聞いた貴史はリヒターに告げた。
「僕がドラゴンと戦って足止めするからその間にチームの体勢を立て直してください」
剣の腕に覚えが出来た貴史にとっては、イカ型の魔物であるクラーケンより、ドラゴンの方がくみしやすい相手に思えるが、それは気分の上の話で、ドラゴンが最強クラスの魔物であることは揺るがない事実だ。
リヒターは貴史の申し出を聞いて凄みのある笑顔を見せる。
「刃刺しであるシマダタカシの旦那だけにそんな役目を押し付ける訳にはいきやせんよ。あっしも一緒に戦います。マクシミリアン、聞いての通りだ、あっしとシマダタカシの旦那がドラゴンのブレスで黒焦げにされる前に捕獲隊を呼び戻して体勢を立て直すんだ」
「わかりました。命令を伝えたら私も戻ってきて加勢します」
マクシミリアンはドラゴン捕獲のためのトラップを準備している捕獲隊を呼び戻すために再び駆け出して行った。
「それではあっしが先頭に立って問題のドラゴンを探しやす。後に続いてください」
リヒターは足早に歩き始める。
「わかった。これ以上解体部隊に被害が出ないように急ぎましょう」
貴史とヤースミーンがリヒターの後を追った。
遅れ気味に捕獲部隊に合流しようとしていたリヒターと貴史達は、ドラゴンが後方に回り込んだために、武装しているメンバーでは最もドラゴンに近い位置にいる。
貴史とリヒターは、自分たちが盾になり丸腰に近い解体部隊を守るつもりだった。
リヒターを先頭に森の中をかけると、しばらくしてドラゴンの咆哮が聞こえ始めた。
「奴さんは解体部隊を追い散らしていい気になっているみたいです。拙のつたない剣の腕ではありますが、ドラゴンの思い違いを正してやりやす」
普段はドラゴンハンティングチームの隊長として、指揮にあたっているリヒターが背中に背負っていたドラゴンバスターソードを抜いた。
貴史もそれに倣って背中に背負った剣を抜く。
援護部隊なしでドラゴンを前にしてひかないつもりの二人にヤースミーンが言った。
「シマダタカシ、それにリヒターさん。ドラゴンと戦う前には私が支援魔法をかけますが、持続時間は10分間です。魔法の効果が切れるまでにドラゴンを仕留めるのは無理でもその動きを止めてください。支援魔法の効果が切れると盾を構えて防御姿勢をとってもそのまま黒焦げにされるから気を付けてください」
「もちろんわかっているよ」
貴史は邪薙ぎの剣を構えながら、ヤースミーンに微笑を返した。
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