【2-13】ソーセージ

【第2章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428630905536

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 ユアン=イース師団5,000は、ヴィムル河の対岸に回り込み、敵の退路を断つ役割を帝国軍総司令部から指示されていた。


 しかし、彼はこの命令に不満であった。


 麾下の貴族佐官たちとその部隊を奪われ、旅団程度にまで兵力を削られた挙句、主戦場から外されたのである。


 何より、河を渡って逃れてきた敵を待ち伏せするなど、帝国騎士道にもとる行為ではなかろうか。少なくとも、「帝国四将軍」の1人たる自分が当たるような職責ではあるまい。


 しかも、いざ戦闘が始まり、ヴァナヘイム軍がこちらに逃げて来たまではいいが、敵は河を渡らず、上流と下流に分かれて逃亡していくではないか。


「野砲だ、河をまたいで野砲をぶっ放せ!たまには砲兵どもに仕事をさせろうッ」


 このせわしない指揮官が身にまとっている赤いマントは、東都の仕立て屋で作らせた一級品である。


 しかし、自らの体が1回り高く、2回り細いと錯覚している本人の意向により、服職人が渋い顔をするほどサイズが合っていない。参謀部では、口さがないセラ=レイスなどが、その姿を「ソーセージ」と揶揄やゆしている。


「し、司令官閣下、現在、野砲は我が軍の手もとにございません」


 イースのまるい拳は空を切った。

「なんだとぉ……」


 そうであった。この作戦が始まる前に、参謀部の連中によって、砲兵は徴発されたのであった。

 

 やむなく、彼らは、上流に逃れた部隊を追った。逃げる敵兵の数が下流よりも少なそうだ――ただ、それだけの理由で。



 しかし、イース一行が上流の戦場まで来てみると、意外な局面に遭遇する。


 対岸で展開されている作戦の最終段階――袋小路に誘い込んでの敵将兵一掃――は、上手く機能していないようだった。


 むしろ、帝国軍劣勢の様子が、河と木立越しからでも掴むことができたのである。


 天然のへ迷い込んだヴァナヘイム軍は、銃兵と機関砲で薙ぎ払われるはずだった。


 ところが、どこからか湧いて出た敵の別働隊により、包囲していたはずの帝国軍が逆に外側から打ち破られている。


 そして、対岸でイースたちが口を開けて見つめている間に、包囲網に開いた穴からヴァナヘイム兵は逃げ出していくではないか。



「敵がどこで河を渡るのか、まだ分からんのか!?」


 ヴァナヘイム将兵が自国の勢力圏に逃げ込むには、このヴィムル河をこちら――東側に渡らなければならない。しかも、彼らは舟やいかだを帝国軍に押さえられている。渡渉できる浅瀬を求めているはずだ。


 そのポイントを先に押さえてしまえば、こちらの勝ちである。だが、この広大な河川の流域から浅瀬を探し出すことは、容易ではない。


「も、もう少々お時間を……」

「ここはヴァナヘイム領土……地理に関しては、敵が一枚上手のようです」


 イースは太鼓腹を揺らして怒鳴りつけていたが、彼の幕僚たちは言い訳を口にするばかりであった。



***



 九死に一生を得たヴァ軍「上流組」――ムール=オリアン少将麾下各隊――の生き残りは、アルベルト=ミーミル大佐麾下各隊にまもられつつ、ヴィムル河を右手に北上した。


 そして、流れが弱く、水深が浅い箇所にさしかかるや、難なく東岸への渡河を終えたのである。


 どうやら、ミーミルは味方が敗走することを見越して、水域を調査していたようだ。そして、帝国軍も把握していない渡渉可能なポイントを見つけ出していたのだった。


 この黒鳶色くろとびいろの髪の大佐は俊敏だった。対岸の帝国軍が、この渡河ポイントに気がつく前から、自隊だけでなく、保護下のオリアン隊残存兵まで、上陸を終えていた。


 渡り終えた対岸で、アリアンとその部下たちは、一息つくこともなく目を見張っていた。


 そこでは、簡易な堀をうがち、その土で土塁を構えるなど、陣地としての下準備がこしらえてあったからである。


 驚くべきことに、ミーミルは上陸地点が戦場になることを見越していたのである。渡河ポイントに加え、この野戦陣地といい、彼は一体何手先まで読んでいるというのか。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


イース少将が憎めないという方、

ミーミルの動きに舌を巻かれた方、


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【予 告】

次回、「【イメージ図③】ヴィムル河流域会戦」を掲出します。

今回のヴァナヘイム軍上流組が渡河する様子を図示しました。

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