時間の魔法

遠い昔のペルシャというところにね

若い魔法使いがいたんだ

とっても盛んで地水火風ちすいかふうを自在に操った

ある時彼は師匠に聞いた

時間を旅する魔法は無いのかって

師匠は答えた

ない。と

彼は信じなかった

なぜなら師匠は二百歳だったのだ


季節が巡って師は老いた。若者には恋人ができた。

ある朝師匠の命はついえた

一言彼に呟きを残して…。


彼は師匠のざいを継いだ

そして一冊の日記を受け継いだ

その最初のページに、

いつかの問いの答えはあったんだ

曰く

時間とは生きるということそのものである。生きるということを炎とすれば命とはその燃料のようなものだ。これの意味するところは命の変換によって時間の生成および別素体への装填が可能だということである。ただし命は元素体の外では不完全燃焼し猛毒を発生する……


“そんなのおかしいじゃないか!“

若者は叫んだ

それが猛毒ならば師匠は一体どうしたというのだろうか

彼はしばらくこれを解かんとしたが、結局分からず諦めた

でもどうしてだろう

雫の一滴一滴が鍾乳石を形作るみたいに

隠れた欲望は陰で成長していったんだ

そしてつららが地に着く頃、彼の我慢は天を衝いた

彼は恋人を殺した


それで十分だった。彼は倍の寿命を得た。

そして途端に彼の狂気は霧散した

恋人の骸を前に彼は呆然と立ちすくんだ

彼女の清純な鮮血にまみれ彼は泣いた

それから彼は地下に籠もった

胸に刺さったつららと共に

蘇生の二文字を探し求めて

それは時が止まったかのように、永遠だった

ページをめくる度世界から一つづつ色が消えたような気がした

“ああ、ただ君がいないことがこれほどまでに僕から輝きを奪ってしまうのか”



最後に残ったのは師匠の日記

最後のページを目にしたとき

最後の師匠の呟きが蘇えった


我が弟子よ

お前の知りたいことは分かっているよ


時間とは命の証だ

なぜなら命こそが時間を生み出す源だから

時間とは黒き魔法だ

千変万化の一瞬も

永久不変の一瞬も

みーんな均一化してしまう

でも本当はそれを計ることなどできるはずがないのだよ

それは一日にして咲く花を三十六万五千二百四十二輪集めても一本の千年樹と成さないのと同じで

それぞれの命がそれぞれの時間を宿しているからさ

妖精と駆けずり回った瞬間

魔法の神秘に感動した瞬間

一人の女性に恋した瞬間

お前が出会った奇跡と呼ぶべき多彩な瞬間にこそ

お前の命の価値はある

命は燃えるんじゃない

命は時間をつくるんだ


時間とは「今」という刹那の連続だ

鮮やかな一瞬が多ければ良いわけでも、淀んだ一瞬が少なければ良いわけでもなく

ただお前だけの「今」に命の全身全霊を傾けること

それが最強の時間魔法なのである



涙が零れた

熱い雫が彼を溶かした

若者は大声で泣いた

それから彼の時間は流れ始めた

一日一日彼女を噛み締めるように生きた

この日々の中に彼女が居ると思えば、辺りは潤いと輝きで満ちた




その日はごく自然に、いつも通り訪れた

その日恋人は再び目を開いた

老人は恋人を抱きしめた

強く、優しく

恋人は困ったように笑って老人の頭を撫でた

その一日は彼らにとって百年だった

翌日、二人の命は潰えた

そして曼珠沙華まんじゅしゃげの花が咲いた

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