第142話 雫石2

「光を一度消してからしばらく光るから、その光ってる部分だけをとるんだ。間違って根本から取るんじゃないよ」


 リディアから再三の注意を受けながら明かりをつけて洞窟にはいる。


 それほど広くない内部は赤みがかった土で構成されているようだが、指先で触れると不思議とつるりとしている。

 高い天井を見上げると、地面へ向かってとげとげと付きだしている白っぽい石のような物がみえて、掲げている明かりがつくりだしている影と相まって、幻想的な風景となっている。


 奥へ進み、開けた部分へでると、その光景にほぅ、と思わず息をのんだ。


 足元から急に足場がなくなり、がくんと掘り下げられたようになり、左右上下にひらけたそこでは、地面からも小さな塔のように白くて長い石のようなものが生えていた。

 上からも下からも生えていて、不規則にずらりと並んだその様は数えるのも億劫になるほどで、明かりの届かないほど奥へと続いている。壁は赤土のはずなのに、奥はまるで水色に染められているように色をかえているのも面白い。

 光をゆらせば、水色はわずかにゆらめき、影もゆれてまるでこの空間そのものが揺れているような錯覚を覚える。


「フェ、フェイさん、あんまり動かさないでよ。目が回りそうだよ」

「む、そうか。すまんな」


 リュドミラがあわあわしながら、ランプを持つフェイの右手を押さえた。

 リディアはリュドミラの手を離させてから、辺りに光を意図的にあてて、フェイとリナを振り向く。


「明かりを消せば、光るから、その間にとって、また明かりをつけてを繰り返すんだ。せーので明かりを消すよ? せーの、の、のだからね。いいかい?」

「わ、わかった」


 二回目のせーの、で一度明かりを消したフェイは慌てて明かりをつけ直しながら頷いた。


「足元にも気を付けるんだよ。いくよ、せー、の!」


 明かりを消すと、ぽわんと光が浮かび上がってくる。ひとつひとつは淡い光だが、数が多いので明るさを感じる。まるで洞窟の中で、中央にだけ世界が浮かび上がっているかのような、不思議な空間だった。


「ほほぅ、美しいの」

「ええ、凄く綺麗ね」

「お二人さん、見とれるのはいいけど、仕事をしておくれ。すぐ消えちまうんだから」


 リディアに注意され、慌てて二人は手近な光へ近寄る。


「これじゃの」


 フェイは足元に気を付けるのが面倒だったので、浮かんで光の側に移動した。そっと右手で掴むと、明かり部分だから無意識に温かいのかと思っていたが、むしろひんやりしていた。

 実際は壁と同じ温度なのだが、イメージとの落差でことのほか冷たく感じられた。


 つまみ上げるように少しだけ手首を捻ると、ぽきっと、小枝よりもなお軽くクッキーのように、光から僅かに下の当たりが割れた。

 明かりは消えずに、手のひらで光っている。少しだけ転がして楽しんでから、袋にいれて、次に手を伸ばすと、明かりがすうっと弱くなり、消えた。

 急に真っ暗になり、何だか目がちかちかする。瞬きしていると、リディアがすぐに明かりをつけた。


「フェイ、ぼけっとしてないで。今ので流れはわかっただろう? 明かりをもう一度つけて、繰り返すよ」

「うむ。わかった」


 その後、袋が一杯になるまで繰り返した。








「あ、あのっ」


 依頼を終えて教会を出ようとしたところで、リュドミラが改まって声をあげた。


「どうしたんだい? リュドミラ? やっぱり体調が悪いのかい?」

「もうっ、お姉ちゃんは黙ってて! ……その、船の話なんだけど。多分だけど、叔父さんに言えば、身内枠で、いれてもらえると思う」

「なに、まことか?」

「う、うん」


 フェイが一歩近寄って確認すると、リュドミラはどこか気まずそうに視線をそらす。リディアは二人の間に割り込むようにして、リュドミラに口を開く。


「ちょいちょいリュドミラ! そんな勝手なことを。身内枠なんて親戚とかじゃないか。魔法使いだからって、贔屓がすぎるだろう!」

「そうじゃなくて、身内は身内でも、調理人の枠とかあるじゃない。そこに推薦するってことだよ」

「んん? あー、そんなのあるのかい?」


 頭をかきながら一歩ひいて視線をそらすリディアに、リュドミラは呆れたように眉をひそめる。


「聞いてなかったの? 前に、その枠で大道芸の人とか、入ってるって話したよ? でね、フェイさんもエメリナさんも、離れたところの狩りができるでしょ?エメリナさん、空の鳥も打ち落としてたでしょ? 長期間の旅をする船の上では、どうしても動物のお肉は日持ち加工されたものばかりだから、生のお肉がとれますって言えば、身内枠でのせてもらえると思うんだ。後半は魚肉ばかりで嫌になるって、叔父さん言ってたもん」


 途中からフェイとリナに向かったリュドミラは、生き生きと説明しだした。その様子にリディアは感心したように腕を組んで頷く。


「ほほぅ、なるほど。さすがリュドミラだな。あれ、でもなんでさっき言わなかったんだい?」

「…………その、夏の船は、もう一ヶ月もしたらでちゃうから、やだなって、ちょっとだけ、思ったりして、ご、ごめんなさい!」

「よいよい。リュドミラがいなければ、思い付かぬことじゃ。教えてくれてありがとう」

「そうよ、それにリュドミラがそう思ってくれてること事態、嬉しいわ」

「……うんっ」


 フェイとリナのフォローに、リュドミラは泣きそうになっていた顔を微笑みにして頷いた。

 事実、たまたま知ってるリュドミラと出会わなければその発想もなかったし、ましてリュドミラが推薦してくれるかどうかはリュドミラの意思だ。強要できることではない。

 少しばかりタイミングを逃したからと言って責められるはずもない。


 明日、叔父さんに話をしてもらう約束をして、解散した。


 宿へ帰りながら、フェイは機嫌よくリナに話しかける。


「うまく、夏にのれそうじゃな」

「できたらいいけど、でも、鳥が上を通りかからないと狩りはできないし、そううまく行くかしらね」


 親族の推薦とは言え、叔父さんがどの程度の地位かもわからないし、公私混合せずにきっちり仕事を要求されるなら、毎日狩りができるとは確約できないがその程度でも大丈夫なのかが不安点だ。


 リナの不安に、フェイもそうじゃのぅと顎に右手の人差し指をあててから、その指先をリナに向けて提案する。


「最悪、わしの魔法で大道芸とできんかの? パッと見それっぽく真似ることはできるぞ?」

「フェイがいいならいいけど、私は大したことできないし」

「リナは投げたリンゴに弓でもあてていればよいじゃろ」

「えー? そんなの弓使いなら誰でもできるから、さすがに芸にはならないわよ」

「そうかのぅ」


 普通に凄い。リナの感覚がおかしい。冒険者には弓を専門として幼い頃から訓練していたものは少ないので、なかなかリナは同程度の人を見ないだけだと認識しているが、実際は狩人でもリナの腕前は珍しいものだ。

 リナは自身の腕前に自信を持っているし、優れていると自覚もしているが、それでも平均的な人もある程度できるだろと思って感覚がずれている。


「と言うかフェイって、魔法使いに誇りを持ってるみたいだから、大道芸の真似をするなんてあり得ないって言うのかと思ったわ」

「む? 別にそんなことはないぞ。魔法は見世物ではないが、大道芸はすごいではないか。魔法もなくすごいことができるのじゃから、あれは立派なことじゃ。立派なことを魔法で真似するのは、別に普通じゃろ? 真似した大道芸は見せ物なのじゃから、わしのなかでは問題ない」

「そんなものなのかしら?」


 何だかおかしい気がしたが、しかし本人が納得しているなら万が一には期待したいし、深く突っ込まないことにした。


「まあ、魔法は見せ物ではないが、それが必要とあれば仕方ないじゃろ。魔法はそれ自体にはただの技じゃ。それで何をなすか、目的が大事なんじゃよ」

「ふーん」


 なんかよくわかんなくなってきたので流すリナ。

 とりあえず、俄然航海が目前に迫ってきたとだけ思っておけばいいか。


 そんな話をしながら宿に帰りつく。

 とりあえず身綺麗にして、まだ夕飯までには時間がある。よっこいしょとベッドに腰掛け、リナはまた話をふる。


「そう言えば、海にも魔物っているわよね。海の中の魔物にも、風刃とかって届くの?」

「む、届く距離と早さはやはり落ちるの。届かんことはないが、避けられるじゃろうし、他のを使うのが無難じゃな」

「ふーん? 確か、水には火がいいのよね? じゃあ、火魔法がいいの?」


 フェイから属性の説明を聞いたことがあるが、基本的に忘れているリナ。しかしさすがに、ドラゴンと戦ったことは忘れない。水のドラゴンには火、と覚えている。


「うん? いやいや、水中に火など放っても消えるに決まっておろう」

「あれ? え? 私、間違って覚えてた?」

「いや、確かに魔法の属性では、水は火の影響を受けやすい」


 首をかしげるリナに、リナと向かい合うようにベッドに座るフェイは、さてどう説明したものかと腕を組んで考えながら口を開く。

 相性は基本情報なので、そう言うものだと言うものだ。しかしそれではリナは納得できないだろう。何かしら、それっぽい説明が必要だ。


「えーっと、水は触れるじゃろ? 触れるということは、それだけたくさんの魔力が集まって変化しておるんじゃ。目に見えない魔力が、目に見て触れるほどになってるんじゃから、それはわかるかの?」

「うーん、1つでは大したことない綿毛が、集まると埃になるみたいなものね?」

「まあ、そうじゃの。で、火はあれ、形ないじゃろ? 熱エネルギーだけじゃ。エネルギーだけじゃから、同じコップ一杯の水と、コップ一杯の火をつくるとなると、火の方が魔力量は少なくなるんじゃ。これはわかるかの?」

「うーんと……同じ大きさでも、金属と木材では重さが違うようなもの?」

「まぁ……そうじゃの」

「つまり、同じような火の塊と水の塊の魔法をぶつけあったら、水の方が魔力をつかうから、体力がもたなくて最終的に水の方が負けるってことでいいの?」

「うむ」


 実際は、魔力量の話は真実ではあるがそれとは相性は別問題だ。しかし単純な魔法勝負で、同じ量の魔力量で水と火をぶつけたら、火が勝つのだから、そのイメージでならわかってもらえるだろうと思ったのだ。

 魔法の属性の相性は、実際はもっと本質的なもので、火や水に形作る前の目に見えない魔力の一欠片の時点での影響力だ。


 例えば人間が生まれたときから息をしないといけないように、属性魔力が存在する時点から勝手にそのような性質になっている。何故そうなったのかは、実のところ明確ではない。

 この説明でとりあえず納得してくれたなら、それでいい。


「んー? でもそれだと、やっぱり海の魔物には火の魔法がいいんじゃないの?」

「いや、水上に出てきておるならそうじゃけど、水中にいるなら海水があるじゃろ? 海水は魔力と関係なく存在しているものじゃから、単純に火と水の関係になるし、そもそも魔力でつくった水じゃったとしても、あれだけの量を乾燥させるほどの火魔法をするくらいなら、他の方法のほうがよっぽどよい」

「んーー……なるほど」


 なんかよくわかんなくなってきたし、そもそもフェイがどの属性の魔法をつかってもどうでもいいや、と投げやりな気持ちになってきたリナは、大真面目な顔で頷いた。


 フェイは本当にわかったのかな?とちょっと疑問に思ったが、自分でもじゃあもっとわかりやすい説明ができる自信もなかったので、これで説明を終えることにした。


「それより、お腹が減ってきたんじゃけど、今日の晩御飯は何を食べようかのぅ」








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