第96話 唸り馬、怒り犀2
「アーロンはどんな魔法をメインに使っておるんじゃ?」
「僕は火の魔法が得意だからね。基本的には炎だよ。フェイ君は風の魔法が得意なんだって?」
「うむ。そうじゃな。よく使うぞ。あとは身体強化が一番よく使うの」
「ん? 身体強化と言うのは? 聞いたことはないが、名前からして力を増幅するものかな?」
依頼を共にこなすにあたり、軽くアーロンの戦力を聞いてみたかったのだが、フェイの方が質問されてしまった。しかし知りたいのはお互い様だろう。
フェイもまた、魔法師と名乗る人物はアーロンが初めてだ。魔法を使う人とは会ったことがあるが、フェイと同じく魔法を専門にしている人と言うのはお爺様以外で初めてだ。どんなものなのか。
「うむ。その通りじゃ。しかし、お爺様からは普通にありふれた魔法として習ったんじゃがのぅ」
「お爺様から魔法を習ったのかな?」
「うむ。わしはお爺様と山奥で暮らしておって、お爺様に魔法を習ったんじゃ。お爺様以外の魔法使いは知らんから、アーロンのことも教えてくれ。アーロンは親からならったのか?」
「いや。僕は隣の家が魔法師の家系でね。ついでに教えてもらったんだ。だからそんなに魔力も高くなくてね。こうして涙ぐましい努力をしているんだ」
「?」
首をかしげるフェイにアーロンは苦笑する。アーロンのような魔力がそう多くない魔法師にとっては髪を長くしローブを身に付けるのが一般的だ。
最大魔力量は体が大きくなると比例して貯めれるようになるため髪を伸ばして少しでも多くする。また通常生きているだけで僅かに魔力を消費するので、ローブによりその比率を小さくしている。それほど大きく変わるわけではないが、いざというときには一発分の魔法が生死をわけることがある。
しかし魔力の多いエリートの魔法師はそのようなスタイルをしないことがある。特に魔法師の家系では魔力が多いので必要としない。見栄をはっているだけのものもいるが、フェイの態度から教えられてすらいない魔法エリートの家系なのだろうと思われた。
「まぁ、とにかく、魔力量はそれほどでもないけど、これでもそれなりに経験してきてるからね。安心しなさい」
「ふむ。なんじゃかわからんが、わかった」
「うん。まあ、とりあえず、どんな感じか見させておくれ。危なくなったら補助するから」
「うむ。よかろう。存分に見るがよい」
とりあえずいつも通りフェイとリナでやって、それでフェイの魔法の具合をアーロンが見学することになった。その次はアーロンとガブリエルの様子を見せてもらうことになっている。と言ってもあくまで魔法を見たいだけなので、唸り馬の囲い込みくらいは協力しあうつもりだ。
軽く段取りを決めあって、唸り馬を探す。途中遠目に毛長獅子の昼寝や捻り鹿の群を見かけたが無視をする。魔物避けはかけずに、ある程度の範囲に近づいたら気づくようにだけ魔法をかけている。
ものの三十分ほどで唸り馬の群れが見つかった。9頭とやや少な目の群だが、初めての魔物なのだからむしろ都合がいいだろう。
今のところぶらぶら歩いては草を食べているので、足の早さのほどは推測するしかない。鹿より一回り以上大きな体に四足も長く、力強さを感じさせる太さで、いかにも足は早そうだ。
距離は20メートルほどで、うまく風下をキープできたおかげでまだ気づかれてはいない。
「よし、ではいつも通り、足を狙おう。リナ、頼んだぞ」
「いつでもいいわよ」
フェイが初撃でもらした時はリナが追いかけるのがいつものことだ。リナはいつでも走り出せるように身を少し屈めた。
「風刃!」
フェイはリナの様子を一瞥してから、左手を突きだして魔法を放った。
ブヒヒィィン!!
その気配を敏感に感じ取った唸り馬は猛烈な唸り声をあげながら、素早くフェイたちから逆方向へ走り出した。群れは広範囲にばらけていたので、すでに遠くの馬は対象外だ。狙うは比較的近い5頭だ。
「むっ! リナ!」
1つ目の風刃は一番手前の馬の後ろ足を切り落とし、2つ目がそれより右奥の2頭に対して左側2本と、前足2本とをそれぞれ切り落とした。
しかし3つ目の風刃が左側の馬を襲うより先に異変に気づいてリナに合図をだす。
足が切られたにも関わらず逃げようとするのは他の魔物もだが、強靭すぎる唸り馬はたった2本の足でずりずりと想定以上の早さで逃げ出している。
「りょーかい!」
リナは飛び出すように走り出し、構えていた短剣で近い順から襲いかかる。四つ足でもない唸り馬は早いとは言えあくまで2本足にしてはだ。軽い駆け足ですぐに追い付いた。と言っても他の馬の対処もあり、常人なら全力疾走ほどの早さではあるが。
そのリナの飛び出しに瞬きひとつして後を任せ、フェイは残り一つの風刃で残った2頭を追いかけた。
ヒヒヒヒヒイィーーン!!
1つとなった風刃はより精密な操作が可能だ。少しばかり遠くまで行ってしまっていたが、合計8本の足をきちんと切り落とした。
「ふむ、こんなものじゃな」
「ふぇ、ふぇぇ」
「どうしたんじゃ? アーロン、阿呆みたいな声をだして」
妙な声に振り向くと、アーロンが驚愕に目を見開いてフェイを凝視している。中年男性にそんな声をあげられても気味が悪いだけだ。猫耳がない分ましな気もするが。
そんな目を細めるフェイにアーロンはぐわっと勢いよくフェイに詰めよって来た。
「フェイ君! き、君、風刃を発射した後も操作できるのかい!?」
「そうじゃが?」
「そ、その腕輪が魔法具だよね!? ちょっ、ちょっと、ちょっと見せておくれ!?」
「な、なにをするか。触るでない!」
アーロンが無遠慮にフェイの左手に向かって手を伸ばしてくるので、フェイはそれを叩き落として後退り、そのまま魔法を発動させる。
「うわっ!?」
風刃の弱いバージョンで分厚い層をつくって切れないようにした風で、アーロンを吹き飛ばした。
魔法具は大切なものだし普通の魔法師にとっても勝手に触ることは非常に失礼な行為だ。それに加えてフェイにとっては高祖父の形見であり、気づいたときには磨いてと非常に大事にしているものだ。それを勝手に触ろうだなんてあり得ないことだ。
「何をするか!」
激しくぷんぷんしているフェイに対し、吹き飛んで10メートルほど飛ばされたアーロンはごろごろごろと勢いよく転がされた。ガブリエルは慌ててそれを追い掛けて助け起こす。
「大丈夫か!? おいフェイ! やりすぎだろうが!」
「い、いや、すまない。確かに今のは、僕が悪かったんだ」
「そうなのか?」
「ああ、いててて。魔法具は命ほどに大事だからね」
「だったらしてんじゃねーよ」
「う、すまない」
抱き起こされて立たされて、アーロンは腰をさすりながらフェイの前まで戻ってきた。リナはその様子に動きかけたが、気づいたフェイに首を振って制されたので解体に戻った。
フェイは左手の腕輪を右手で隠すように握りつつも、謝っているので許してあげることにして声をかける。
「アーロン、わしの魔法の凄さに驚くのはわかるが、勝手に触ろうとするでない。お主も魔法使いならばこそ、重要さはわかっておろう」
「ああ、わかってる。本当にすまなかった。ところで僕は魔法師なんだけど、同じ意味で使っていると思っていいのかな?」
「うむ。世間的にはそのように言うようじゃな」
「そうか。うん、ところでその、魔法使いの君に是非、今の魔法について教えてほしいんだけど」
「それは構わんよ。リナが解体しておるから手伝ってくれたらの」
「任せてくれ!」
アーロンは元気よく頷いた。ガブリエルは面倒そうにしつつもリナの手伝いに行った。
○
「風刃の魔法陣はこうじゃ」
風刃について教えてほしいと言うことなので、地面の草を一部焼き払ってでてきた地面に魔法陣を描く。魔力で描いてしまうと発動してしまうし紙もないので仕方ない。
「精密な魔法陣だね。しかし、これでは普通に射出しているだけだろう?」
「これに重ねがけして、それぞれ操るんじゃ。これを追加して1つ目右折、と言うようにの。じゃからあんまり数が多いとわしが把握しきれずにあちこちいってしまうから、細かく動かすのは3つが限度じゃな」
例えば複数の風刃をまとめて同じ動きをさせるならいくらでもできるし、それぞれ同時に別方向に動かすこともできる。逆に1つの風刃だけならそれで細かく軌跡で絵を描くようにすら細かく動かせられる。しかしもちろん、風数の風刃で同時に絵を描くなんてできない。そこは普通に右手でも左手でも絵を描けるからと言って同時に別々のものを描けるものでもないのと同じだ。
「重ねがけって、そんな高度なこと、と言うか、え? 右折って、さっきもっと複雑な動きをしていたよね?」
「うむ。じゃからこうして、見やすく水で試すとすると、こう」
フェイは左手の上に水で弧を描く風刃の模倣品をだし、ゆっくりしたスピードで上に放つ。そこから右に曲げて左に曲げて一回転させる。
「こうして、重ねがけして重ねがけして操作しておる」
「か、重ね、てる。重ねてるぅ?」
「お主、大丈夫か?」
「いや、いや。僕は落ち着いているぞ。落ち着いてる。超絶落ち着いている」
「そうか。とりあえず怖いからちと離れてくれ」
フェイは水をアーロンの顔にぶつけて遠ざける。ゆっくりしてかつ水の塊のようなものなので痛みはないが、その冷たさでアーロンは我にかえって身を引いた。
「す、すまない。だが、魔法の重ねがけは非常に高度な魔法だ。それがさらに複数のなんて、と言うか、どういう形に魔法陣が掘られているんだ? すまないが、絶対に触らないから魔法具を見せてくれないか?」
「ん? 別にまぁ、見るくらいなら構わんが、しかし風刃は関係ないぞ。風刃は魔法具ではなく、都度魔法陣をつくっておるからの」
「は? つど、つくってる? ど、どういうことだ?」
「? いや、普通にこうして作っておる。生粋の魔法使いであれば当たり前じゃろ」
フェイは左手の平をアーロンの前に突きだして、ゆっくりと分かりやすく魔力の線を走らせて魔法陣をつくっていく。危険がないよう光の魔法にしている。
「は、はぁ? いや、そんな馬鹿な!? どうやってそんな風に魔力を操作しているんだ!? そんな方法聞いたこともない!」
「そうなのか? わしはお爺様からはこれが当たり前じゃと習ったがな」
「ど、どこの出身の方なんだ? あ、噂の海の向こうの!?」
「さぁの。知らん」
アーロンの常識は少なくともこの国の中枢の魔法師、宮廷魔法師の常識だ。だからそれがごく当たり前だと思っていた。魔法と言うのは魔法陣の形に掘ったり金属粉をまいたりして、そこに魔力を流し込む。それが少なくともこの国、いや親交のある他国を含めてもそれが常識だ。何の形も支えもなく空中で魔力だけで魔法陣の形にするなんてあり得ないことだ。
しかし現にこうして行っている。ならばあり得ないことこそあり得ない。
フェイは祖父と二人きりで育ち他の魔法師を知らないのだ。ならばこそ、遠い遠い場所ではこれが当たり前なのか。だとすれば魔法力の差はあまりにも大きい。
もしこの魔力だけの魔法陣の作成方法を身につければ、この国で当たり前になれば、この国の戦力は大きく変わる。
アローンはごくりと唾をのんだ。フェイを宮廷魔法師へとすることができれば、発見者としてそれだけで、アローンにも相応の報酬がでるだろう。それだけではない。もしかしたら、この魔法の使い方をマスターすれば、宮廷魔法師として返り咲くことも夢ではない。
目の色をかえるアローンに、フェイは不審者を見るような目をアローンに向けていた。
「もういいかの? そろそろ次の、怒り犀を探しに行きたいんじゃが」
「あ、ああ!」
「次はお主の魔法を見せてくれるんじゃろ?」
「え、あ。あー……ああ、うん。そうだね。えっ、怒り犀?」
○
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