第89話 青樹液、黄金猫2

 青樹の樹液をためること15分ほどで半分近くたまってきた。依頼書には1時間ほどかかると書いてあったが、半分ほどですみそうだ。ちらりと先に採取を始めていたグループを見てみると、蜜の出てくる量がこちらの方が多いようだ。あたりか。

 昆虫型の魔物が特に寄ってくると言う話だったけれど、普通に魔物除けで効いているようで特に何も来なかった。普通の虫も寄ってきたので、それは普通に追い払ったけれど。


 隣のグループは女の子が2瓶目の採取に取りかかっている。穴を塞ぐのに木製の栓をさしている。専用のものがあったのか。以前にアルケイド街で蜜の採取をしたことがあるリナだが、その時には特に塞ぐものには指定はなかった。樹液を塞き止めれさえすればいいので、木の枝を突っ込んでいたが、栓をさして余分な部分を切り落とすと見た目も綺麗だ。

 フェイの魔法で真似できないかと、リナは隣のグループを見ながらフェイに声をかける。


「ねぇフェイ、今のあれ見てた?」

「ん? ああ、やはりリナも気になったか」

「ええ」

「うむ、黄金に見えるの」

「え?」

「うむ?」


 振り向くリナに、フェイもつられるようにそらしていた視線を戻した。お互いに別々のところを見ながら話していたのだから、話が合わなくて当然だ。


「ごめん、何だった?」

「上を見てみよ」

「上?」


 促されてリナは上を見る。高くその高度をあげている太陽に目を細めると、そう高くない3メートルほどの木の影の中に尻尾の生えた楕円形が見えた。


「ん?」


 眉を寄せて目を凝らすと、まるで拡大鏡を重ねたように影が拡大され、黒く見えた影が明確にその色を映す。フェイの強化魔法はじっとしていれば何もないが、意識して動かせば眼球もまた尋常でない動きをする。

 葉っぱに隠されたその体は確かに猫のようで、影で紛れたその毛並みは黄色く、光にすけているのもあり輝いて見える。


「ああ、確かに黄金っぽいわね」


 フェイの言ったように、ターゲットの黄金猫の特徴を持っているように見えた。リナの同意を得てフェイは得意気に微笑む。


「じゃろ? ちょっと行ってくる」

「待て待て。危ないわよ」

「何を言っておる。わしを誰じゃと思っておるんじゃ?」


 飛べるフェイほど高所が得意なものもいない。何せ落ちることがないのだから。そうきょとんとするフェイに、しかしリナは取り合わない。そもそもフェイは基本動作がのんびりしていて普通に逃がしそうだ。

 リナはフェイに持っている瓶を、口は木の幹に押し付けたままお尻を傾けて向ける。


「でも駄目。フェイだと逃がしそうだし。はい、持ってて。行ってくるから」

「むぅ」


 唇を尖らせつつ言われるままフェイは瓶の持ち手を交代した。フェイが持ったのを確認してからリナは手を離し、少し幹から離れて枝に体があたらないようにして、リナはしゃがんでそのまま僅かに前方に体を傾けて飛び上がる。


「よっ、と。ほいっ」


 てっぺん近くまで飛ぶ途中、猫がリナを振り向かないままに空中で猫を背中から抱き上げる。そのまま手近な枝に右足だけのせて、反動をつけて飛び降りる。がさっと少し枝が揺れたが、問題なく元の地面に帰還した。空を飛ぶのになれたことで、もはや跳ねているだけなのに飛んでいるように軽やかに動けるようになっていた。


「やっぱり黄金猫だったわ」


 うなーっ


 黄金猫は手足をばたばたさせ、体をよじらせて精一杯の抵抗をしているのだが、リナががっちりと掴んでいるので意味がない。端から見ればあまり抵抗していないようにすら見えた。


「おおっ、やはりか。可愛いのぅ」


 しかしフェイが瓶から右手を離して左手を伸ばすと、黄金猫はぴたりとその抵抗をやめた。


 うにゃーん、にゃーん


 それどころか甘えた声をあげて、鼻をぴすぴすさせて頭を撫でるフェイの手を受け入れた。リナは別になつかれたかった訳ではないが、こうも露骨に差をつけられると面白くない。


「……何だか納得いかないわ」

「ふっふっふ、わしの偉大さを猫もわかっておるのじゃ」

「可愛さの間違いじゃない?」

「それはリナだけじゃ」

「いえ、間違いないわ。フェイは世界一可愛いもの」

「真顔で言われると、ちと恐いんじゃが」


 普通にふざけて言っているはずなのに、リナがガチで言っているように見えてフェイはちょっと引いた。可愛い可愛いと言ってくれるのは嬉しいが、世界一は盛りすぎだし、せめて笑顔で冗談ぽく言ってほしい。真剣な顔で言われると、どことなく恐い。


「冗談よ」


 もちろんリナはガチ百パーセントで世界一可愛いと思ってそう言ったが、フェイが引きぎみなのに気づいてそう笑った。


「そうか。しかし可愛いのぅ。抱かせてくれ。リナ、瓶を持ってくれ」

「いいわよ。はい」


 リナが片手で猫を掴み直し、右手で瓶を掴む。それを確認してフェイは手を離して両手で黄金猫を抱く。大人しくぐるぐると喉をならしている。


「おいおい! ちょっとそりゃあんまりじゃねーか!?」

「ん?」


 可愛いと頬を緩ませると、突如横から大声でツッコミが入ってきた。

 顔を上げると猫耳の男がこちらへ向かって歩いてきた。なんだこいつ。








「おいおい! ちょっとそりゃあんまりじゃねーか!?」


 特別観察するつもりはなかったのだが、何故か急に大鎌蜂やその他の魔物が来なくなり手持ちぶさたになったので、ガブリエルは何とはなしに余所者の二人組を見ていた。

 しかしあんまりに男が情けなくて声を上げてしまった。


 二人は顔を見合わせて、こそこそと声をひそめるが、遠慮なく近寄るガブリエルには聞こえている。


「なんじゃあ? あれは?」

「しっ、静かに。ちょっとおかしな人かも知れないわ。刺激しないようにちょっと黙っててね」

「うむ。心得た」

「誰が変人だ!」

「えっ、そこまで言ってな、と言うか、聞こえてました?」

「ベルカ人の聴力なめんなよ!」


 基本的にベルカ人はそれ以外の人間に比べて視力、聴力、嗅覚と言ったものが優れている。個人差はあるが特にガブリエルは耳がいい。耳に意識を集中させれば1キロ先の人間の会話も聞こえるほどだ。

 ガブリエルの言いがかりに近い物言いに、女は半目でガブリエルを睨み付ける。


「と言うかなんですか? 私たちに何か御用ですか?」

「ごよーっつーかよ。おい、お前」

「む? ととっ」


 顎でしゃくられて声をかけられて反応しかけた小さいのは、しかし女から黙ってろと指示を受けているのを思いだし、慌てて口に左手を当てた。

 それを見た女は右手は瓶を掴んだままに左手で小さいのをかばうようにして、ガブリエルを睨み付ける。


「ちょっと、フェイに話しかけないでください」

「フェイか。俺はガブリエルだ。あっちは俺の相棒のカルロスと、妹のベアトリスだ」

「う。……エメリナです。こっちはフェイ。で、なんなんですか」


 名乗られてしまえば仕方ない。自分から名前を言ってしまったこともあり、リナはしぶしぶ名乗った。そんな過保護すぎる態度にガブリエルは呆れ顔がとまらない。


「あのなぁ、あんたも問題だ。フェイ、いくらなんでも、女に頼りきりで情けなくないのか?」

「む?」

「お節介なのはわかってるが、あんたみたいにいい動きをするようなやつが、何もしないガキのお守りじゃもったいないだろ。もっとこいつにもやらせてやれ。甘やかしすぎだろ」


 ガブリエルは別に面倒見がよかったりお節介だったりとか、そんなつもりは自分ではない。しかしエメリナとフェイの様子はあんまりだ。


 端から見てエメリナの動きは優れている。ベルカ人は他の人間に比べて五感が優れているが、それだけでなく身体能力も高い。半面手先が不器用であったり、口より先に手が出るタイプが多かったりするが、特に冒険者においてベルカ人は普通の人間より優れていると誇りをもっている。

 そんな誇り高きベルカ人の典型的なタイプであるガブリエルにとって、冒険者としてランクが上なのがベルカ人で他は皆弱いものだ。しかしそんなガブリエルを持ってしてもリナのことを認めざるをえない。青樹のてっぺん近くまで飛び上がるなんて、ベルカ人でもそうそうできるものではない。まして僅かな予備動作でだったのだから、多くを見ずとも身体能力の高さは保証されたも同然だ。


 だからこそ、おしい。二人の会話からしてエメリナが過保護な保護者と言った体ではあるが、それにしても一方的に貢献して、フェイの方は何もせずに一方的に寄生しているだけだ。

 一方的に利益を得ようとパーティーを組むのを寄生行為として一般的にも嫌われているが、だが見ていた限りではあからさまにエメリナがフェイを甘やかしている。二人の関係性は知らないが、エメリナはエメリナで甘やかしすぎだし、フェイはフェイでそれに従いすぎだ。


 まだフェイは子供なのだから、きちんと仕事を割り振っていけば、普通にできるようになる可能性だってある。このままではフェイも成長できず、エメリナも常にお荷物がある状態では大した依頼もこなせない。なんて勿体無い話だ。

 とそう思って思わずガブリエルは声をかけてしまったのだ。


 もちろん余計なお世話も甚だしいのだが、魔法によってリナの身体能力を向上させて魔物を近寄らせないと言うサポートが行われていることを知らないので、端から見れば寄生パーティーにも見えるのだ。


「あなたには関係ないでしょう。私たちは私たちで役割分担してるんです」


 わざわざ説明してやる必要もないのでさっさと話を切り上げようとするリナだが、そこにフェイがちょいちょいと口を押さえていた左手を外して、眼前のリナの左手をつつき、振り向いたリナに小首を傾げて見せた。


 リナは内申その可愛い仕草にもだえつつも、話したいのだと察して返事をする。


「ごめんなさい、もう話していいわよ」

「うむっ。わしの実力を見せてやろう!」

「え」


 面倒なことになったな、とリナは思った。










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