第83話 薬草摘み4
「さすがって、私たち喧嘩してたと思うけど?」
話し合う必要性を感じて、心配で見に来て、話を切り上げたのは自分でと、折れる要素はたくさんあるはずなのにリナの口から出たのはそんなつんけんした言葉だった。
「む。そうじゃな。リナの意見を聞いた上で無視したんじゃ。気分を害して当然じゃろう。しかしわしは信じておったぞ」
しかしフェイはふむと一つ頷いてから、したり顔でニヤリと笑う。その不敵な表情にどきりとしつつ、リナは平静を装って促す。
「なにをよ?」
「怒っても、それでもリナはわしのところへ来てくれるとな」
「な……」
あまりに傲慢な台詞だ。だけど恋する乙女フィルターを持つリナにとっては、ときめきの燃料にしかならなかった。
有り体に言ってどきどきした。オーバーに言うと今すぐ結婚したい。病的に言うとぺろぺろしたい。
なんだその台詞。信頼と言うより確信しているような、リナの追従を絶対と思っているその態度、それはまるで、リナのことを自分の女扱いしているようではないか!
もちろんリナによる色眼鏡の効果だ。どんな時でもどんな言葉も都合よく自分好みのときめきにかえる色眼鏡が、順調に動作していた。
「……全く、仕方ないわね」
顔に出さずに身悶えた後、リナは不承不承と見せかけて頷いてみせる。
とは言え気持ちは本当だ。仕方ない。こんなにも惚れたのだから仕方ない。出会う前までのリナなんて、なかったのだ。
元々男性優位の狩人の感覚で育てられたリナは無意識に、女である自分が人を好きになると言うことは全てを捧げることだと思っている。かかあ天下なんて言葉が珍しくない昨今において旧時代的ですらある思考だが、それは自然と身に付き、本人も自覚していない。
そんなリナだからこそ、フェイの価値観に迎合しようとするのは、踏ん切りさえつけばその努力をすることは簡単だ。ただやはり、そもそも両思いですらなきフェイを生涯の人だと認めること自体が、やや抵抗があるのだが。
それでもリナは認めた。少なくとも今、フェイが好きで、人生を共にしたい。ならば今、リナの全てはフェイのものだ。惚れたのだから、仕方ない。
「乗り掛かった船だもの。最後まで付き合ってあげるわよ」
そうだ、最期まで、付き合おう。
「うむ」
フェイは嬉しそうに、どこか自慢げにさえ見える笑顔で頷いた。
フェイの笑顔はやっぱり可愛い。それに緩みそうな頬を抑えて、リナは表情をきりりと引き締める。
「で、とりあえずエイダちゃんは森の外まで帰して」
「なんで!? やだやだ! あたし、森に詳しいよ! 採取方法も知ってるよ!」
「私も聞いてきたから。危ないわよ。いいから、お姉さんたちに任せなさい」
「やだー! 頼りない!」
「いいからフェイ、無理にでも帰してきて。さすがに一人で入ってこないでしょ」
「う、うむ」
有無を言わさぬリナの態度に、フェイはさすがリナ、と思いながら入口へ進み出す。もちろん納得するエイダではない。フェイの髪を引っ張り、かかとでフェイの胸を蹴りだした。
「やだー! とまれって!」
普通なら激怒しても仕方ないレベルの暴れっぷりだが、強化しているフェイには大した痛みではない。むしろ一度連れていくことにして、期待を持たせてから断るようで申し訳ないなと思った。
「そういきりたつでない。わしとリナがいれば大丈夫じゃよ」
「全然安心できないし!」
「失礼じゃのぅ。ほれ、いいから降りんか」
森の中ではなく、まっすぐ空を進むのだ。少しだけスピードをあげればすぐに森の前までたどり着き、フェイはゆっくり地面へ降り立った。そして頭をさげてエイダを促すが、エイダは嫌々と頭をふって足もふる。
「やーだー! 絶対に降りないもん! さっきは連れてってくれる流れになってたじゃん!」
「それはそうじゃが」
「ね? ね? あたしこーやって、じっと頭にくっついてるからさぁ」
「うーむ……」
「絶対危ないことしないからぁ、ねー、いいでしょー?」
「うむむ……」
ねだるエイダにフェイは右手で顎を撫でながら、さてどう断るべきかと悩んだ。先ほどは本当にエイダの知識が役立つと言う理由があったが、リナが来た以上その理由もないのに連れていくのは、さすがにない。と言うかリナに怒られるし。
「フェイーー!! 早くしなさい!!」
「! すまんの! すぐに戻るから、大人しくしておれ!」
「おぎゃっ!?」
待っているリナが大声で急かすので、慌ててフェイはエイダの足をつかんで上に振り上げた。全身でしがみついていたエイダだが、そのありえない勢いに手を離し、全身が宙を舞った。
エイダが地面につくより早く、フェイは結界を展開する。球体ではなく面として、空間に固定して存在する結界で、エイダを四角く包んだ。
「わ!? なに!? なにこれ!?」
「一人で森に入ったら危ないからの。そこで大人しくしておるのじゃぞ」
「ちょっと!?」
エイダを森の前の空中へ捕らえ、フェイはこれ以上は惑わされないぞとばかりに急いでリナのところへ戻った。
「ばかーーー!!」
エイダの叫びは聞こえないことにした。
リナの隣まで戻ると、慌てた様子のフェイにリナは苦笑した。
リナとしては女の子を気安く肩車していて仲良さそうな様子で、あまり面白いことではなかったが、そこまでしなくてもいいのに。
「さぁ、リナ! 行くぞ!」
フェイはふわふわと浮かんだまま、リナに右手のひらを差し出した。
「ええ」
リナはそれに左手のひらを重ねる。その瞬間体が浮かび上がる。その慣れた感覚が、何故か少しくすぐったく思えた。
「さっき潜ってた時はどうだった?」
「うむ。蔦が届くところまで降りると、いっせいに襲ってくる。結界をしていれば攻撃は全く問題ないのじゃが、前が見えんほどまとわりつかれて、じっとしてると結界ごと動かされてしまうのじゃ」
「わー、それは、そんなに数が多いの」
特徴を聞いてきたと言え、基本的にこの森の繁殖期は立ち入り禁止なのだ。その理由は、万蔓草への対処方法がないからだ。一対一でならなんとでもなるが、そんな埋め尽くすほどの魔物を一つ一つ倒していては日がくれてしまう。
だからと言って広範囲にフェイの風刃をすると言う選択肢はない。木々まで切れてしまうのは、さすがにまずい。敵の数を考えると相当の範囲を切り倒してしまうし、何よりまちがってリム草のあたりの木を切って、光をあててしまうと元も子もない。
「うーん、どうしましょうか。今回討伐じゃないから、万蔓草は無視するとしても、前が見えないくらいだと、探しにくいわね」
「うむ。そうなんじゃ」
「うーん、眠り薬、みたいな魔法、とか、さすがにそんな都合のいいものないわよね?」
思い付いたので聞いてみるが、いくらフェイの魔法がリナにとっていつも予想外で奇跡みたいに何でもできるからって、そこまで万能ではないだろう。
とりあえず糸口を見つけようとダメ元で尋ねるリナだが、フェイははっと目を見開いて、ついでにんまり笑う。
「おおっ、あるぞ。そうか、眠らせてしまえばよかったのか」
「あるの!?」
「うむ。まぁ、あやつらに効くのかはわからんが」
人間や動物に対して睡眠を促す魔法なら習得しているが、植物のような万蔓草に効果があるのかは不明だ。そもそも眠るのか。
「それでもあるなら試して見る価値はあるわ。と言うか、まず試してみなさいよ」
「むー、じゃって、思い付かんのじゃもん」
(じゃもんって、……あーもう、可愛いから許す!)
フェイは自称いっぱい魔法を使えると言っているし、困ったときにはぽんと見慣れない物を使うので、実際多いのだろう。しかしリナにしてみれば、使わなければなんの意味もない。
フェイの手持ちの魔法を把握しているのはフェイだけなのだから、フェイに思い付いてもらわないと困る。困るはずだが、現状使っている魔法だけで今まで冒険で困ったことはないし、何より可愛いから許した。
「わかったわよ。じゃ、やってみてくれる?」
「うむ、見ておれ」
フェイは左手を足元の森へ向けて、魔法陣を展開させた。特に音や匂いと言うギミックは何もなく、ただかすかにフェイの手のひらの中でだけ魔法陣がきらめいただけなので、リナは首をかしげつつ尋ねる。
「まだ?」
「いや、やったはずじゃ。ちょっと覗いてみよう」
「いいけど、結界忘れないでよ?」
「抜かりはないわ」
言いながら結界を展開し、フェイはそっと下降した。がさがさと結界と木々が触れあいながらも降りたが、先程と違い万蔓草が二人を認識することはなかった。蔓を伸ばしてくることもなく、静かなものだ。
「……なんか、おかしくない? この辺はさっきもこんなに咲いてたの?」
「いや。明らかに咲いておるの」
静かなのだが、万蔓草は何故か先程まで目の変わりだった花を一つずつつけていただけだったのが、それぞれの全身を覆うほどに花をつけ、美しい光景を展開していた。
「これは、見事じゃな」
「そうだけど、こんなの聞いてないし、不気味だわ。早くリム草探して、帰りましょう」
「うむ。それもそうじゃな」
フェイは素直に美しいと思ったが、リナとしては情報外の事態だ。単に予想外の花畑があったならともかく、魔物が予想外のことをしているのだ。警戒するに越したことはない。
とにかく蔓に覆われていないのだから探すのは簡単だ。回りを見回す。
「あっちの方が薄暗いわね。あっちに進んで。あ、睡眠魔法はまた展開してね」
「うむ」
睡眠魔法も森を覆う範囲でかけたわけではなく、お試しで軽く足元にだけかけたので、数本向こうの木々の影には転がる万蔓草が見えた。
フェイは左手をつきだして魔法を使いながら、リナが指し示す方向へ進んだ。
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