第81話 薬草摘み2

 ムーリア村は比較すると割合大きな村だ。少なくとも教会があるだけで、他の村とは一線を画す。特別街と街の経由地に必要でもなく、大きな川があるわけでもなく、何故村ができたのか不思議なくらいだ。もちろん理由はある。

 ムーリア村のすぐ近くの森は強力な魔物が大きな群れをつくって住んでいるため、その森を避けるようにして魔物の数が少ない。通常ならその魔物が驚異となるのだが、群れをつくっているのが獣系ではなく、樹木系なのだ。

 樹木系と言っても、本当の木々ではない。木や草に似た見た目、生体を持つことから樹木系として分類されている。樹木系の魔物の多くは太陽や水を栄養素にしていて、時期によっては縄張りに入っても襲ってこない種類すらいる。樹木系は大抵大群で生息し、他の魔物を駆逐するので、樹木系の大群の近くに村がつくられるのも珍しくない。


 ムーリア村の脇の森は、万蔓草と言う魔物がいる。森全体そのものが魔物、ではなく、自然発生として存在している森の中にある草むらのように見える部分がそうだ。絡まりあった蔓の塊で隙間に花が見える植物が万蔓草だ。

 樹木系にしては素早い動きが特徴で、蔓を動かして転がるように移動する。そして3ヶ月ごとに繁殖期が訪れ、繁殖期は転がり回って相手を探し、その間は非常に警戒心が強く縄張りに入ればすぐさま襲ってくる。その反面、繁殖期でない時期は触っても問題ないほどだ。


 非繁殖期には安全に森から薬草などの採取ができるとあり、教会ができるに至っているが、現在は繁殖期真っ只中で、今森に入るのは危険を通り越して自殺行為でしかない。森は立ち入りを禁止されているほどだ。


「私、逃げ足早いから大丈夫だもん! 早く行かないとお母さんが死んじゃう!」 


 エイダが父親、バリーの腕の中で暴れまわりながら必死の形相で訴えるのを、リナとフェイはサンドイッチを食べながら聞いていた。

 現在村に居合わせた唯一の冒険者と言うことで、バリーの家に招かれて昼食を御馳走になっていた。

 バリーはエイダを説得しながら、あまりに暴れるのでエイダの手足をくくって机に繋げた。手慣れているところから、エイダは普段からそうとうの跳ね返りであることが伺えた。


「エイダ、繁殖期の森は普段とは全く違うんだ。だから冒険者の人たちがいるんだ」


 しかしそう言ってエイダを説得するバリーだが、心からそう思っている訳ではない。繁殖期の今は逆に殆んど仕事がないため、教会は閑古鳥で冒険者は誰もいない。いたとしても、禁止されるほどの危険な森へ入って薬草を摘もうとすれば、大金をつまねばならない。

 バリーの稼ぎが特別悪いわけではないが、体の弱い妻の薬代もあり、命をかけさせるほどの依頼料を払うことはできない。

 なので冒険者がいたって仕方ない。万が一にも受けてくれたら儲けものだが、無理だと諦めている。形だけでも依頼するところを見せて、エイダにそれだけ危険なのだと諦めさせたいのだ。


 エイダが頬を膨らませて床に座り込んで黙ったのを確認してから、バリーは改めてフェイとリナに向いた。


「それで、依頼をお願いしたいのですが、今出せるのはこれだけで……」

「うむ、よかろう」

「ちょっとフェイ!?」


 小さな巾着で出されたお金を数えもせず、フェイはそれを受けようと手を出すので、リナは驚いてとっさにその手を取った。


「なんじゃ、リナ?」

「いやいや、なんじゃ? じゃなくて、何をさらっと受けようとしてるのよ?」

「む、リナは今の話を聞いて何とも思わんのか?」

「思う思わないじゃないでしょ」


 確かに今、リナ達の手元にはお金がある。只で依頼を受けて回って道楽としたって、贅沢三昧したって数年は余裕だ。

 それでも、じゃあお金をなんてなくても命をかけるなんて、そんなのはおかしい。

 何とも思ってないわけじゃない。もしこの依頼内容が、リナとフェイのよく知るアルケイド街で、草原での依頼程度なら、子供のお小遣い程度では受けたっていい。


 だけどそうではない。命の危険があると立ち入り禁止されるほどの凶悪な聞いたことのない魔物が潜む、その森の最奥にある薬草の採取なんて危険だ。いくらフェイの魔法があったって、無敵なわけじゃない。どの程度の強さなのかわからない。

 ドラゴンほどではないにしても、群生しているところに行くのだ。命をかけるほどの覚悟が必要だ。

 リナは冒険者だ。その覚悟をして、冒険者をしている。だけどだからこそ、冒険者は安売りしてはいけないと思う。命はお金に変えられないが、だからこそ、危険であるほど多額の金額を対価に用意されなければならない。

 そうでなくて見知らぬ誰かの為の善意だけで危険をおかして、もし死んだら、大怪我をしたら、誰がその責任をとるのだ。依頼人を恨むのか? 馬鹿げている。そんな冒険者は最低だ。

 依頼を受けると選択するのは自分だ。だから心理的に、依頼をするものとされるものは対等でなければいけない。金銭で秤を平等になるようにしなければならない。そうでなければ、後腐れなく命をかけることはできない。


「受けてはいかんのか?」

「いかん訳じゃないわよ。金額が見合っていればね」

「それは、見合ってなければ受けてはいかんと言うことではないか」

「そうよ」

「なんでじゃ!? よいではないか、お金なぞ。困っておるのじゃぞ!?」

「見たことない対応策も知らない魔物の群れの繁殖期に突っ込むってことは、命の危機が伴うのよ? だからこそ、報酬だけはないと受けれないわ」


 リナの否定に、フェイは訳がわからない。危険なのはわかっているが、自分の魔法があれば最悪逃げられるだろうし、お金だって無理にもらわなくても困らない。普段、リナは別にケチでもない。だからこそ、何故金額に固執するのかわからない。


 今まで二人が受けてきた依頼は難易度がきちんとあった。それを基準に見れたし、それに見合うだけの金額があり、何より最悪逃げればよかった。だけど今回は違う。立ち入りが禁止されている以上、ランク外だ。それに今すぐに薬が必要なのだ。逃げてできませんでした、なんて言えない。

 それを気楽に受けようとするフェイに、リナは苛立った。

 別にリナはお金が全てとは思わない。必要であれば払う。しかしお金に困って仕方なかった時期も経験している。だから余計に、お金を軽く扱うフェイには腹が立つ。手に入れたフェイの分のお金をどう使っても勝手だ。しかし依頼を受けるのはパーティー全体の問題だ。教会を通さないのならなおさら、金額は重要視されてしかるべきだ。


「お金をもらわないってことは、お互いに責任を放棄しているのと言うのと一緒よ」


 リナはできるだけフェイにわかるように、丁寧に説明した。それについてフェイは眉を寄せて最後まで聞いて、それでもと首を横にふる。


「リナの言いたいことは理解した。しかしそれでも、わしはやる」

「っ、勝手にしなさい! 私はやらないわ。今日はこの村で宿をとるから、好きにして」


 頑なな態度にリナは我慢して優しく説明した分、一気に堪忍袋が切れてバリーの家を飛び出した。

 それを目だけで見送ってから、フェイはバリーに向き直る。


「すまんの、時間をとらせて。受けよう。詳細を教えてくれ」

「あ、ああ。仲違いさせてしまって、すまない。だが本当にいいのか? 万蔓草を相手にしたことはないんだろう? しかも一人でなんて、受けてもらえるのは助かるが、さすがに」

「問題ない、のじゃが、ところでよいのか?」

「なにが?」

「エイダがおらんようじゃが?」

「え」


 机の下を覗きこむと、切り取られたロープだけが残っていた。









「すっ! すぐ追いかけてくれ!」

「承った!」


 慌てるバリーに促され、フェイが文字通り飛んで飛び出した頃、エイダは村からの脱出に成功していた。

 

 リナとフェイの意見が衝突し出してすぐに、エイダはこっそり隠し持っていたナイフでロープを切り、棚の下を経由して裏口から逃げ出していた。村の出入口の見張りには素通りさせてもらえないのは目に見えていたので、家の裏から村の端へ行き、柵を越えた。

 そしてナイフを構えたまま森へ向かった。


 エイダはこの村で生まれ育った。教会登録の際に遠出したきり、他の村にも行ったことがない筋金入りのムーリアっ子だ。

 そんなエイダはもちろん、依頼を受けて森へ入り、薬草の採取もこなしてきた。今回必要なリム草は特に森の奥にあるため受けたことはないが、見たことはあるし、採取方法だってしってる。

 いくら繁殖期と言ったって、ちょっと行ってとってくるくらいなら大丈夫だ。ちょっとくらい危険でも、お母さんのためなんだから頑張らなきゃ。


 そうしてエイダは馴れた足取りで森へと入った。


 うぞうぞうぞ。


 ぞくっ、と背筋に悪寒が走った。森の中が見えるところへ一歩踏みいった瞬間、いつもなら静かな落ち着いた森が、まるで森全体がうごめいているかのように、蔦が辺りをはい回り、うごめいていた。

 その景色はどうにも気持ち悪く、エイダはナイフを持っていない左手で右手の肘先を撫でながら、そっと一歩さらに踏み込む。


 うぞり


「っ」


 森が、エイダを見た。

 もちろん真実ではない。森そのものが一つの生き物ではないし、森に目はない。しかし万蔓草の花に擬態した目が一斉にエイダに向いたことで、そんな錯覚を受けた。

 まだ万蔓草はエイダを敵と認識したわけではないが、そのプレッシャーにエイダは耐えきれず


「わぁぁぁぁ!」


 叫び声をあげ、だけど恐怖に負けずに前へと走り出した。もはや無意識に足は、いつも通る道を進んでいた。


 3歩目で、エイダに万蔓草の蔓のような触手が勢いよくしなるように襲いかかる。それも一本ではなく、複数が。


「わぁぁぁぁ!」


 エイダは野生児だった。依頼で入った時にはいつも、意味もなく木々を上ったり走ったり転がったり万蔓草にまで乗っかったりしていたりする、お転婆と言うより猿のような子だった。そんな類人猿な日々で鍛えられた勘は、エイダを助けた。

 咄嗟に右前方に転がりながら突進し、すぐ目の前の木に手をついて後ろへ回り込み、飛び上がって木に登った。襲いかかる触手は幸い木の枝にはばまれて、何とか触手が届かないほどの高さ、すなわち殆んど木のてっぺんにたどり着いた。


 繁殖期でない万蔓草は殆んど動かないが、知識としてはよく知っている。万蔓草の移動方法は回転だ。沢山の力強い蔓を持つが、蔓により移動しないので、木を登ると言うことはできない。よって、触手が届かないほど木の上にあがれば、そこは万蔓草が襲いかかる範囲外だ。


 エイダはほっと、一息ついた。しかし、冷静になって、泣きそうになった。


「……どうしよう」


 いくらここには上がってこれないとは言え、ここより少しでも下がれば、今度は触手が届いてしまうかも知れない。木から木へ跳び移ったりもしたことはあるが、それはもっと下の、太い枝の広がっているあたりだ。

 てっぺんから飛んで別の木のてっぺんへなんて、羽でもない限り届かない。


「おーい、エイダ」

「えっ……ええっ!?」


 途方にくれていると声をかけられ疑問に思うより先に振り向くと、羽もないのに空飛ぶ人間がいて、エイダは落っこちそうになった。








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