第四話 不良に負けました。(平穏じゃない)

 果てさて、ピンチである。

 危険とも言う。


 周囲を取り囲む不良は明らかに鍛えており、動きからも喧嘩慣れしてそうだ。

 そんな連中が一、二、三……計六人。

 うん、絶望じゃんね。


「実は俺達帰りの電車賃がなくってさぁ」


 切り出したのは金髪釣り目の浅黒い肌の男。超怖いんだが?


「とりあえず、財布持ってる?」

「……も、持ってないっすねぇ」


 ニコッと出来るだけ笑みを浮かべながら答えてみる。まさかいきなり暴力振るうなんてことも無いだろう。


「あー、うんうん。嘘じゃないよね?」


 お相手もニコニコ笑顔。まじで怖い。肝っ玉が冷えるとはこのことだろう。


「センパイ、こいつ尻のポケットに財布入れてますよ」


 後ろから聞こえてきた声に驚き振り向くと、不良の一人が背後に回り込んでいた。

 ウソがばれるの早すぎない?


「おいおい、嘘は良くないよな?」

「あ、あれぇー? 持ってきてたのかぁ。気付かなかったなぁ、なんて——ッ痛!」


 空気を壊さないように穏やかな声でオチャラけてみたら殴られた。

 右頬がめっちゃ痛い。

 口の中切っちゃったよ。


 センパイ、と呼ばれた金髪は俺の隣の中学生に視線を移して、言う。


「財布出して」

「……っ!」


 顔を真っ青にしながら首を振る少年。


「持ってないの?」


 冷めた口調で淡々と告げると、はぁ、と大きく息を吐き——。


「ま、とりあえずそのかばん貸せ。俺が見るから」


 中学生がずっと大事に抱えていた鞄を差し出すように命令した。


「——ぁ、だ、駄目、です」

「あぁ!?」

「ひぃ!」


 不良の恫喝に、中学生が震えあがる。

 可愛そうに。いったい何が入っているのかは知らないが、差し出せばいい物を。


 ——いや、違うか。


 目の前で俺が殴られているのを見て、断れば殴られると分かっているのに、それでも差し出さないということは、それなりの理由でもあるのか。


 実際に財布が入っているのかは分からないが、仮に何か壊れやすい物であったり、高価なものが入っていたら壊されたり奪われる可能性がある。


 だから、渡さないのか?


 少年の前髪を掴み「オッケー、そういうつもりならこっちも容赦しねぇから」と言って拳を振り上げる男。


 …………はぁ、仕方ないか。


 俺は少年の前髪を握る腕を掴んで無理やり引きはがす。


 そして驚愕に目を見開く金髪の顔面を――勢い良く殴りつけた。

 感触的に鼻の骨が折れ、前歯も二本ほどへし折れたはずだ。


「なっ!?」

「てめぇ!」


 周りを取り囲んでいた残り五人が、一気に警戒して殴りかかって来る。

 鋭くて、一般人相手ならリンチにできるであろう攻撃は——しかし一撃も当たらない。


 全てを見切り回避すると、前方二人の鳩尾に拳を叩き込み、気絶させ、後ろから迫って来る二人の足を払い、尻餅を着いたところをグーパンで仕留め、最後のナイフを懐から取り出した奴を、軍隊式格闘術で鎮圧する。


 六人相手に大立ち回り。

 そんな妄想・・をしながら、俺は最初の金髪にタックルした。


 男子高校生の全力の一撃は、男子中学生を開放することに成功。


「逃げろッ!」


 出来るだけ大きな声で叫ぶと、がり勉くんは大急ぎで走り去っていった。


「——チッ、舐めた真似しやがって!」


 金髪が上に覆いかぶさる俺の顔面を殴る。

 勢いを殺しきれず横に転んでしまうと、さぁ大変。

 リンチの始まりである。


 六人が六人、全員が蹴りを放ってくる。

 それを蹲りながら耐え忍ぶ。耐えて、耐えて、耐えて。

 数分したところで、飽きたのか帰っていった。


 ……ふぅ、何とか終わったか。


 殺す気で暴行してこなかったのが幸いした。全身かなり痛むが、立ち上がり動くことに支障はない。

 それでも少し疲れたが。


 駅前のバスターミナルの待合所が近くに見えたので、そこのベンチに腰掛ける。

 まだじんじんと節々が痛む。

 それでも、今すぐ病院に行かなければならないほどの痛みでは無い。

 歯とか指とか折れなかったのは不幸中の幸いか。


 あ、あと財布とスマホも無事だ。

 一応人目のある駅前だからな。焦っていたのだろう。

 というか、人目があるのに誰も警察を呼んだり助けてくれなかったのが、滅茶苦茶悲しいんだが。


「あー……。ファミレス行くか」


 兎にも角にも腹が減った。

 戦は終わったが腹ごしらえは重要任務だ。

 俺は駅前のファミレスに向かった。


 …………

 ……

 …


 食事を終えて店を出ると、家へ向かって歩く。

 そしてそのまま前を通り過ぎて砂浜に向かった。


 夜の散歩は心地いい。

 全身の痛みも引いてきており、暗くて少し不気味だが爽やかな波の音と、潮の香りが心を落ち着かせてくれる。


 靴を脱いで、靴下も脱いで。

 海に入水。


 五月の海は冷たく、長く浸かっていれば風邪をひいてしまいそうだ。


 それでも楽しいと思えるのは、今まで住んでいた場所が海から離れていて、こうして海水に触れるのが実に数年ぶり、というのに起因している。


「花火とか、してぇな」


 時期的にはまだなので、コンビニで売ってはいないだろう。

 だが、夏になれば逆に人で溢れ返り、風情も何もあったものではない。

 スーパーとか行けばあるだろうか。


 そんなことを思っていると、どこかから先ほど聞いたばかりの声が聞こえてきた。

 視線を向けると――うん、予想通り。

 先ほどの不良がそこにいた。


  †


 僕は自分のことが嫌いになりそうだった。


 姉貴への誕生日プレゼントを買った帰り、駅で変な奴らに絡まれた。


 財布を出せと言われたけれど、財布の中身はすっからかん。

 そのかわり、姉貴に送る誕生日プレゼントがカバンの中には入っていた。

 姉貴が好きなクマのキャラクターのぬいぐるみ。


 こいつらはそれにまったく興味を示さないだろうけど、もしかしたら財布の中身が無いことに苛立ち、ぬいぐるみを足蹴にされるかもしれない。


 そう思うと、カバンを渡せなかった。


 そうしていると、隣に居た――こう言っては失礼だけど根暗そうな高校生が、僕を助けてくれた。


 金髪にタックルして、その隙に逃げろと叫んでくれた。


 僕は逃げた。逃げて逃げて。

 そして、しばらく物陰で隠れて震えた。


 どれぐらいの時間が経っただろうか。

 僕は心配になり、気が付くともう一度駅前に足を向けていた。


 すると、駅前のファミレスから先ほどの高校生が出てきた。

 服が汚れているのと、身体の節々を擦っていることから、あの後の出来事は容易に想像できた。


 お礼を言わないと。

 そう思い、でも声が出ない。


 結果、僕は失礼とは思いつつも、彼の後を追いかけた。

 どこかのタイミングで言えばいい。

 心からの感謝の言葉を。


 彼は砂浜の方へと歩いていき、海に浸かって一人遊びその後、しばらくそこで夜風に当たっていた。


 切り出すなら今がいいか? と様子をうかがっていると、彼から少し離れた場所で、先ほどの不良がたむろしているのを見つけた。


 逃げるように彼に声をかけ――る前に、不良が彼に気付き、近づく。

 離れたここでも聞こえてくる程の怒号。

 短気な猿を見ているようだ。

 あんな大人にはなりたくないな、と思いつつも、どうするかを考える。


 この場に交番は無いし、人気も全くない。

 そして飛び出す勇気も、僕には無い。

 恩人にピンチだというのに、僕は、何て弱いんだ。


 ……いや、僕も変わるんだ。


 そうだ大声を出して注意をひきつけてぼくは逃げる。その間に彼も逃げるはずだ。

 よし、そうと決まれば僕は大声を出そうとして――、しかし、次の瞬間息を飲む。


 恩人である彼が、目にもとまらぬ速さで、前方の金髪の顔面を殴りつけたのだ。

 と、ほぼ同時に強い風が海から吹きすさぶ。

 砂が舞い上がり目に入る。


 一時的に視界が奪われ――それでも何とか目を開くと、そこには倒れてうめき声をあげる不良六人。


「……え?」


 僕がそんな呟きを漏らす頃には、砂浜に立っているのは恩人の彼、ただ一人だけだった。

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