第1章

1

 テレビの中では、長い黒髪を後ろに一つでまとめた青年が、化け物と向き合っていた。


『離れろ、リト』

『ケイ、でも……!』


 青年ケイの背後にいた金髪の可愛らしい少年リトが、眉根を寄せて声を上げる。


『っ、ぼくだって……』


 まるで自分を守るようにして立っているケイの服の裾を、リトは掴む。

 それに気づいたケイは驚いたようにリトを振り返り、けれどすぐに微笑んだ。


『分かった。一緒に戦おう。二人でなら――』




「……うへへへへ」


 その瞬間、暮佐一希くれさかずきは眼鏡を押し上げて無意識に笑っていた。

 正座でテレビと向かい合いながら、もう何度観たか分からないアニメに夢中だった。


抵抗者レジスターとしてリトを認めたケイが、二人で戦おうと誘うシーン……最高! 何度観ても好きしかない! 所属組織の違う二人が初めて共闘してエラーと戦うなんて……こんなのもう付き合ってるじゃん!?)


 互いに別の相棒がいる。それでもこのとき、二人は確かに相棒……いや、相棒以上の関係になったのだ。例えリトの出番が、漫画でいえば一巻分、アニメでいえば二話分しかないとしても、少なくとも一希の脳内では……!


(ケイリト最高――!)


「一希?」

「ッ!」


 そのとき扉の向こうから父親の声が聞こえてきて、一希は瞬時に動いていた。リモコンを操作してニュースに変え、姿勢を正す。

 ガチャリ、と扉が開いて父が顔を覗かせた。


「まだ起きてるのか?」

「うん。今日は塾の宿題と、予習に手間取っちゃって。でもニュースは観ておかないと」

「真面目なのは感心だが、あまり夜更かしはするなよ。体に悪い」

「はい」


 おやすみ、と父が出ていく。澄ました耳に、父が寝室へ向かう足音が聞こえた。


 完全に音が消えてから、一希は大きく息を吐く。


(よかった……バレなかった)


 一希はアニメや漫画が好きなオタクであり、BLが好きな、所謂腐男子だ。いずれ卒業しなくてはと思っているが――とりあえず今は必死に隠れて、趣味を楽しんでいる。


 そこでふと部屋の時計を見上げた一希は、時刻が〇時前であることに気づいた。


(……寝たよね?)


 家の中がシンと静まり返っていることを確認しつつテレビを消し、寝間着からシャツとジーンズに着替える。マスクと帽子を身に着けると、財布を手にそっと部屋を出た。音を立てないよう一階へ。気配を殺して外へ出ると、颯爽と自転車に跨って走り出す。


 今日は平日ど真ん中で、一希は明日も授業のある高校一年生だ。本来であればベッドに入って眠る時間である。

 にもかかわらず一希が外へ出たのには理由があった。


(待っててりったん! ケイ!)


 今日からコンビニに、『Eの抵抗者レジスター』のコラボグッズが並ぶからだ。

 対象のお菓子を買うと、缶バッジがついてくる。……いや、逆か。一希にとっては、缶バッジのおまけにお菓子がついてくる。

 ファンとしてこれを手に入れたくないはずがない。

 絶対にゲットするため、そして購入する姿を見られないために、この時間に向かうしかなかったのである。


 押しカプ二人の缶バッジを手に入れるべく、一希は夜中に一人、ペダルを漕ぐのだった。


◆ ◆ ◆

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