第14話 カメラマン始めました
「一旦止めて。高桐君……あなたやる気あるのかしら?」
ファインダー越しに見える水着姿の望月先輩は、険しい表情で俺を睨み付けていた。
「この二日間、何をしていたの?撮り方に全くと言っていいほど、情熱も
リビドーも感じられないわ」
「……すみません」
俺は今、屋内プールで望月先輩の水着シーンを撮影しているのだが、
ダメ出しによる撮り直しを何度も繰り返しており、一向に終わる気配がしない。
さっきまで他の映研部員も一緒だったが、時間がかかると判断した望月先輩が、
みんなには先に帰宅するよう命じた。また、水泳部も本日の練習を終え、
帰っていったので、今は望月先輩とのマンツーマンレッスン状態である。
「水泳部の練習風景は上手く撮れてたわ。どこか重苦しい空気だったのも、
あなたのお友達のおかげで、何とかなったわ」
たしかに今回ばかりは、飯田の空気の読めなさに感謝したい。あいつずっと、
ビデオカメラの前でウロチョロしてたからな。あと、あんなによどんだ空気だったのは、全部先輩のせいだからね?飯田以外の水泳部員、あなたの声が聞こえるたびに、体がビクッとさせて、めちゃくちゃビビってましたよ。
「でも今のあなたはナンセンスよ。撮るのは正面からのアングルのみで、
他にやることといえば、せいぜい顔へのズームぐらい。
映像としてつまらないし、何より、こんなのじゃ観客を悶々させられないわよ」
「させようと思って、撮ってませんよ……」
「問題はそこよ。日頃抑え込んでいるリビドーの一気に解放して、私を撮りなさい」
「意味が分かりませんよ!」
「いい、高桐君。他人に見てもらえない映像作品なんてただのゴミよ?
だからこそ、クリエイターは様々な手法を駆使して、一人でも多くの人に見ても
らえるよう努力をするのよ。我々の場合、たまたま容姿が魅力的な面々を揃える
ことができたから、それをこの作品の売りにしている。これって悪いことかしら?」
「いやっ、まぁ……悪くは……ないですね」
「はぁ……分かったわ。被写体の私が原因なのね。自意識過剰の目立ちたがり
女なんて、真面目に撮る気も起きない……そう言うことでしょ?」
望月先輩は、傷ついたような表情で俺も見つめると、彼女の瞳から、一筋の涙が頬を伝った。
「ちっ、違います!そんなこと思ってませんって!」
流れた涙に動揺した俺は、そうでないことを必死にアピールした。
「私ってそんなに魅力がないかしら?」
「そんなことないですって!今もメチャクチャ緊張してますし!」
「嘘じゃない?」
「ホントですって!だから泣かないでください……」
「じゃあ……高桐君は……どう魅力的に撮ってくれるの?」
甘えるような口調でそう言うと、潤んだ瞳の望月先輩が、顔を近づけてくる。
近い、近いから!
「そっ、それは……そうっすね……」
「教えて……お願い」
「たっ、例えば、仰向けで水に浮かんだり、プールサイドで足をバシャバシャ
したりするシーンですかね……」
「他には?」
「……そもそも水着より制服のままがいいかなって」
漏れた制服が醸し出す、背徳感がグッとくる。あれ、なんで性癖を暴露してるん
だろうか、俺は。
「そうなのね。高桐君の熱い思い、たしかに受け取ったわ。
この上に制服を着てくるから、ちょっと待ってなさい」
一瞬で表情がいつもの望月先輩に戻ると、そのまま立ち上がり、この場を後にした。今のが仮にウソ泣きだとするなら、女性ってホントに怖いな~怖いな~って思い
ました。
◇
「お待たせ。それでは撮影を再開しましょうか」
数分後、望月先輩は、制服を着込んだ状態で俺の前に現れた。
「制服は濡れても構わないわ、下に水着を着ているから」
そう言うと、望月先輩は、躊躇なくスカートをまくりあげた。
「わっ、分かりましたから、下ろしてください!」
「先ほどまで見てた水着よ?何を恥ずかしがる必要があるのかしら」
「見せ方に問題があるんですよ……」
さっきから心臓がバクバクしているの加え、頭痛もしてきた。
「まぁ、いいわ。じゃあ色々指示して頂戴。ブレザーは着たままでいいの?」
「じゃあ……脱いでください」
意向を伝えると、望月先輩は何も言わず、着ていた濃紺色のブレザーを脱ぎ去り、
白のシャツ姿になった。
「胸元のリボンは付けたままかしら?」
「それも外してください」
シュルリと外れるリボンの音が、なんとも嫌らしく感じる。
「これでいいかしら?」
「……出来れば、上のボタンを二つぐらい開けてもらえますか」
自分でも何も言ってるんだとは思いつつも、覚悟を決めた以上は、
自分自身がもっともグッとくる姿で、望月先輩を撮りたい。
「ふふっ、いいわよ」
望月先輩はニヤリと笑みを浮かべながら、一つ、二つと胸元のボタンを
開けていくと、下に着ている紺色の水着が少しだけ露わになった。
「他にリクエストはあるかしら、監督さん?」
「オッケーです。なんというか、その……ありがとうございます」
「じゃあ、どのシーンから撮るの?構想はあるのかしら?」
「一応は……とりあえず入り口から登場するシーンを撮って、次にプールサイド。
最後にプールの中へ入るって流れで……どうでしょう?」
「構想があるのなら、あなたの思うがままで構わないわよ。
後で編集はするから、好きにやって頂戴」
「分かりました。じゃあ、まずはプールの入り口前に移動しましょうか」
まずは登場シーンを撮るため、二人で移動を開始した。
「ちなみに設定みたいのはあるのかしら」
プールの入り口前につき、撮影の準備をしていると、望月先輩が声を掛けてきた。
「設定ですか?そうですね……例えばですけど、将来を嘱望されていた水泳部員が、
怪我によってその道を断たれてしまった。居づらくなった結果、部活を辞め、
無気力に日々を過ごす中で、ふと誰もいないプールに一人立ち寄った瞬間って
感じですかね」
制服姿でプールにいるという設定が、『水際のエチュード』という、最近ハマった
青春モノの泣きゲーにあったシーンを思い出させ、ついついヒロインの設定を
力説してしまった。望月先輩の容姿や雰囲気が、そのヒロインに激似っていう
のもあるが。
「水エチュの
「……心を読むのはやめてください。てか、先輩もプレイ済みなんですか?」
「私もかわいい女の子とイチャイチャできるゲームは好きよ?
さて、お互いにイメージも共有できたわけだし、そろそろ始めましょうか?」
そう言って、壁にもたれ掛かると、望月先輩の表情が、一瞬で 憂いに沈む。
天草由香里の登場シーンを完コピする望月先輩に感動しながら、俺は慌てて
ビデオカメラを構えた。
◇
プールサイドに座り込んだ望月先輩は、ちょうど今撮り終えた動画を、ビデオカメラのファインダーに再生し、映像の確認をしている真っ最中である。
ただでさえ、自分の欲望がだだ洩れな映像を見られて、恥ずかしさマックスハートなのに、濡れた制服から透ける紺色の水着に、体に張り付く濡れ髪を手でかきあげる姿も視界に飛び込んでくりゃ、そりゃ心臓のドキドキが止まりませんよ……あーなんか、ゲロ吐きそう。
「色々なアングルでのショットも多いし、引きと寄りの使い分けもできている。
何より高桐君のパッションを感じられて、いい映像だと私は思うわ」
映像の確認が終わったのか、望月先輩が顔を上げると、にこやかにそう伝えてきた。
「あっ、ありがとうございます」
「じゃあ今日の撮影はこれで終わりね。私は着替えがあるから、先に帰って頂戴」
そう言って立ち上がると、突然、望月先輩は俺の頭を撫でてきた。
「明日の撮影も期待してるわ。河江さんと倉石さんも、気合を入れて撮って
あげなさい……ついでに浦部君も」
いきなりのボディタッチに困惑した俺は、ピチャ、ピチャという足音が完全に
聞こえなくなるまで、その場から一歩も動けずにいた。
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