第11話 二人の幼馴染とのデート(疑似)③

「まだやるのか?」

「当然」

シキが鼻息を荒くさせながら、100円硬貨を投入すると、目の前のクレーンゲームの

起動音が鳴った。シキが軽く深呼吸をしながらボタンを押すと、三本爪のアームが、

ウサギ耳のフードを被った、寝そべったカバのぬいぐるみを目指して、横にスーッと

動いていく。たしか、『カバぴょん』って名前だっけ?何も考えてなさそうな目が

癒されるってことで、ネットでもちょっとバズってたな。

「よしっ!」

狙い通りのところに動かせたのか、シキが自信ありげに言い放った。顔は割とニヤついており、いつもと違い、感情むき出しって感じだ。


「次が肝心」

独り言のように、そうつぶやくと、シキはゆっくりと、今押していたボタン

の横にある、2と書かれたボタンをそっと押した。

シキの動きに連動して、次は三本爪のアームが、奥へと進む。

隣の河江を見ると、成功を祈るかのように、無言で両手を合わせて、拝んでいた。

「ここっ!」

カチャカチャカチャ……ッターン!の残身が、見えるかのようなモーションで、

シキが勢いよくボタンから手を離すと、そのまま三本爪のアームが、カバぴょんを

めがけて、降りていく。おっ、掴んだ、掴んだ。


「勝った。見るまでもない」

そう言うと、シキはドヤ顔でクレーンゲーム機に背を向けた……チラチラ肩越しに

見てんじゃん、というツッコミは、ベタすぎるので、やめておこう。

「あっ!」

河江が思わず声をあげた。そうだね、獲得口すんでのところで、ポトッと落ち

ましたね、今。その声に超反応して、シキは焦りの表情を浮かべながら、振り返ると、ガクッと肩を落とし、そのままうつ向いてしまった。


「なんつーか、その……惜しかったよな?」

俺は、同意を求めるべく、河江の顔を見た。

「うっ、うん!あとちょっとだったよ、キヨちゃん!」

へんじがない……ただのしかばねのようだ……。

「俺やろうか?割と得意だぞ」

俺がそう言った瞬間、シキは「んーーー!!」と悔しがる声をあげながら、その場で何度も地団駄を踏んだ。どうどうどう。


「だめ。絶対にだめ。自分で取る!」

ようやく落ち着いたシキは、若干涙目になりながら、俺にそう言い放った。

本当に悔しいのだろう、シキの体全体が、プルプル震えているのが、見て分かった。

「じゃあ、せめて500円にしたら?ワンプレイ追加だし」

正確に数えてたわけじゃないが、もう結構、チャレンジしてるからな……

「……そうする」

てっきり、反論してくるかと思っていたので、素直な態度に、少し驚いてしまった。

「二人も自由に遊んで」

そう言うと、シキは少しふらつきながら、その場を去った。おそらく、両替機に

向かったのだろう。


「キヨちゃん、大丈夫かな?」

河江が心配した面持ちで、右手を軽く口に当てながら、シキが去っていった

方向を、ジッと見つめていた。

「今はそっとしておいてやろう」

頑張れ、シキ!本当に困ったら、店員さんにアシストを頼んでみるんだぞ!

「そうだね……じゃあ私たちはどうする?」

「どうすっかな」

「洋くんがやりたいのは何なの?」


俺はゲーマーであると自負しているが、やるのは家やスマホで遊べるゲームが

中心であり、ほとんどゲーセンには来ない。

河江から「最後は、洋くんの行きたいところに行こうよ!」と言われ、ぱっと

思いついたのがゲーセンだっただけで、特に何かを、遊びたいわけではなかった。

「あれなら私も知ってる!」

どうするか迷っていると、河江が一台のゲーム筐体を指差した。

もはやゲーセンの定番となった、太鼓を専用のバチで叩く音ゲー、

『太鼓の辰之進たつのしん』だった。


「やる?俺も初めてだけど」

「やりたい!」

ゲーセンではひたすらメダルゲーをやっているので、俺も実際、やるのは初めてだ。

というか、一人でこういったゲームをやるのは、どうにも人の目が気になって、

俺にはハードルが高い。

運よくプレイしている人間がいなかったので、お金を投入し、河江が

「この曲がいい!」と選んだ外国の曲らしきものを選択する。ゲーム難易度は、

普通でいいか。


「洋くん、負けたほうがジュースおごりね!キヨちゃんの分も」

俺が難易度の普通を選択する直前、河江が勝負を持ち掛けてきた。

「いいのか?ゲームのことでは、手加減せんぞ」

「望むところよ!」

河江は、自信ありげにそう言うと、両手のバチを構えた。いつでもどうぞと、

言わんばかりだ。

「じゃあ……スタートだ」

難易度の普通を選択すると、ほどなくしてゲームが始まり、音楽が流れ出した。


ゲームに関してだけは、いつでもマジでやる、がモットーなので、さっき言った

通り、手加減する気は毛頭ない。

そんなことを思いつつ、河江をチラ見すると、ふぅーっと静かな深呼吸をしながら、

鋭い眼光で前方の筐体ディスプレイを凝視していた。この人、マジである。

曲に合わせて、どこを叩くのかを示す、音符のアイコンが次々と流れてくるが、

河江はそれを、ひたらす無言でさばいていく。全くミスをしないため、どんどん

スコアが、離されていく。うっ、うめぇ……。


でもさ、なんか期待してた展開と違うんですよねー。何かこう、

「あっ、ミスっちゃった~」とか「手加減してよ~」とか「もう邪魔してやる~、

えぃ!えぃ!」みたいな空気を想像してたんですけど。なに、このガチバトルな

感じは?

そうこうしているうちに、流れていた曲が終わると、スコアの結果発表が、

ディスプレイに表示された。当然、俺の完敗だった。

「イェス!!」

河江はそう歓喜の雄たけびを上げると、小さくガッツポーズをした。

「……あと2曲あるし」

「おっ、そうきますか!受けてたーつ!」

俺もゲームで負けるわけにはいかない、そろそろ本気出す。





「いやー、勝利の美酒は格別ですな~」

ゲーセン内の休憩スペースに、設けられたベンチに腰掛けながら、河江が上機嫌に

声を上げた。手には、俺のおごりであるコーラの缶を持っていた。

「鈴ちゃんグッジョブ」

河江の隣に座ったシキは、同じく俺のおごりであるメロンソーダの缶を片手に、

もう一方の手で河江に親指を突き立てて、称賛を送った。

膝にはカバぴょんのぬいぐるみが乗っており、無事ゲットはできたみたいであった。


「う~~んっと、そろそろ帰ろっか?」

河江は少し伸びをすると、俺とシキの顔を交互に見ながらそう言った。

スマホを取り出し時刻を確認すると、4時を回っていた。たしかに、そろそろ

疲れてきた。俺は賛成の意味を込め、無言で河江に頷いて見せた。


「じゃあ、あれ最後にやりたい」

シキがそう言って指差したのは、これまたゲーセン定番である、

プリクラのコーナーだった。

「いいね!向こうでプリクラ見たことなかったし、私やるの初めて!」

たしかに、プリクラっていい意味でガラパゴス化してるっぽいもんな、日本で。

「お好きにどうぞ」

写真に撮られるのは、あまり好きではないが、シキと河江のワクワクした表情を

見てしまうと、断るのは無粋だと思った。


この店舗では男子のみの利用が禁止なため、必然的にプリクラのコーナー人口の

ほとんどは女性だった。四方八方から注がれる目線が、かなりツラい。

「洋くん、いくよー」

どうやら設定作業が終わったらしく、河江が声を掛けてくれた。

ようやくこの注目から一旦、抜け出せると思い、俺は急いで中に逃げ込んだ。

「洋くん、目線はここね」

キョロキョロしている俺に、河江がカメラの位置を教えてくれた。

なおも、ソワソワしていると、次はシキが、俺の袖を軽く引っ張った。


「私の隣。鈴ちゃんはこっち」

俺と河江が、シキの指示通りに移動すると、左から河江、シキ、俺という

ポジションになった。ほどなくして、3、2、1のカウントダウンが始まり、

その後フラッシュが炊かれた。うおっ、まぶしっ!

それが何度から繰り返され、撮影タイムはあっという間に終わった。

このあと色々落書きができるらしいが、他の女性方からの視線に、これ以上

耐えるメンタルが残されていなかったので、先ほどのベンチで少し休んでいると、

二人に言い残し、その場を一度後にした。





「あげる」

ベンチに座って休憩していると、シキが先ほど撮ったプリクラ写真の一部を、

俺に手渡してきた。

「ああ、ありがと」

写真スゲーな……肌白いし、目デカッ!

盛るという意味を理解できる程度に、加工された俺たち三人が写っており、プリクラの落書き機能で書いたのか、河江がスズ、シキはそのままシキ、俺がヨウと、それぞれのあだ名がカタカナで書かれていた。


「これも大事な思い出」

カバぴょんのぬいぐるみに顔を埋め、ギュッと強く抱きしめながら、シキはポツリとつぶやいた。取れてよかったな、カバぴょん。いくら掛ったのかは、怖いから聞かないよ。

「じゃあ、そろそろ行きますか。あっ、帰りは自分で持つよ」

河江のその一言を聞いて、俺はベンチから立ち上がると、足元に置いていた荷物を

両手に持った。

「いや、ここまで来たら最後まで運ぶわ」

「ふふふっ、サンキュー!」

「……ありがと」

河江のネイティブっぽいサンキューと、シキの少し恥じらったありがとの二言を

頂けたので、あともう少し、荷物持ち要員として頑張ろうという気になれた。











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