第7話 三人仲良く

部屋の電気が付けられると、部室全体をようやく見通すことできた。

まず目に飛び込んできたのは、なんといっても部屋の左壁際にでかでかと置かれた

ソファ。前には背の低い長テーブルがあり、その上に置かれたプロジェクターが、

両目から血を流した女性の映像を反対側の白い壁に投影していた。このシーンで、

一時停止するな……こえーよ。


不意に気になって、隣の二人に目をやると、河江は両手で目を隠し、シキは体を

ブルブルさせながら、黙って天井を見上げていた。ホラーはどちらもダメなのね。

「部長、お客さんですか?」

リモコンを手にした男子学生が、こちらを見ながら口を開いた。犯人はお前か。


「ええ、見学だそうよ……手筈てはず通りによろしくね、浦野うらの君」

悪の女幹部のような笑みを浮かべながら、俺たちの前を通り過ぎると、部長と呼ばれた雪女さんは、パソコンや機器類が置かれた窓際のテーブルまで、歩を進めた。

そして、近くにあった椅子を手に取り、俺たちを背にして腰かけた。


それと同時に、ガチャっという音が背後から聞こえた。後ろを振り返ると、扉の前に先ほどの男子生徒の背中が見えた。状況から察するに、どうやら部屋の鍵を閉めたらしい。未だに投影され続けている、両目から血を流した女性の映像も相まって、この場に不穏な空気が漂ってくるのを感じた。


「さぁ、そちらソファにお座りになって。飲み物は何がいいかしら?観賞会のお供にそれなりのラインナップを揃えてあるから、言ってみるといいわ」

背を向けていた雪女さんは、椅子ごとくるっと振り返ると、足を組み頬杖をつきながら、俺たちにそう言い放った。その仕草とプライドが高そうな顔つきから、次の言葉が、ひざまついて靴を舐めなさい、でも俺はおそらく驚かない。


「その前に映像って消せます?」

「あら、ごめんなさい。浦野君、消してもらえるかしら?」

「ういっす」

ピッという音とともに、ようやく壁の映像が消失した。


「消えたぞ」

隣の二人にそう声をかけると、まず河江が恐る恐る両手を下ろし、目をゆっくりと開けながら、壁のほうを薄目でチラ見した。俺の言ったことが本当だと分かり、ホッと胸をなで下ろしていた。

「おーい、聞こえてるかー?」

シキは未だ天井を見上げたまま、ピクリとも動かない。こ、こいつ立ったまま

気絶してやがる?!

「河江、シキのこと頼めるか?」

「あっ、うん……はぁ~い、キヨちゃん~こっち来てね~」


これ以上はらちが明かないので、シキの引率を河江にお願いすると、

一瞬複雑そうな顔をしたが、即笑顔で引き受けてくれた。河江は、そのまま

シキの手を引っ張ると、座るように勧められたソファに並んで腰かけた。それを

見届けてから、最後に残ったソファの箇所に俺も腰かけた――この雪女さんの

目の前か……


「で、何を飲まれるのかしら?」

「……じゃあ、コーヒーで」

「冷たいの?それとも温かいのかしら?種類は?」

「冷たいので……味はおまかせします」

このやり取り、勇気を出して、初めてスターなバックス的な店に

行った時を思い出すなー。二度目はなかったけど。


「そちらの、かわいらしいお二人は?」

「私は……ルートビアなんて、ないですよね?」

「あるわよ。当然でしょ?」

「ホントですか!じゃあ、それでお願いします!ちなみにどこで

買えるんですか?」

「それはのちほど。あなたは、何にされるのかしら?」

「キヨちゃん……あの、この子は後でもいいですか?」

「そう?じゃあ浦野君、飲み物お願いしてもいいかしら。

私は、そうね……ルートビアを頂こうかしら」

「ういっす。えーと……コーヒーにルートビア2つと……俺は何にしようかな~」

先ほどから浦野君と呼ばれている、やたら前髪の長い長身細身な男子は

しゃがみ込むと、ソファ脇にある冷蔵庫を開けた。


「あなた達、見学で良かったのよね?えっと……」

河江鈴かわえすずです!」

高桐たかぎり……洋平ようへいです」

「この子は倉石澄音くらいしきよねちゃんて言います!」

「高桐君に河江さんに倉石さんね、覚えたわ。というより、人に名前を聞くときは、

まずは自分からよね、ごめんなさい。私は3年の望月祭もちづきまつり。この映研の部長よ」

「俺は2年の浦野恭太うらのきょうた。副部長兼カメラマンって言ったとこかな」

俺たちの目の前に飲み物を順々置きながら、浦野先輩も自己紹介をしてくれた。


「ちなみにあなた達は、?それとも?」

言われている意味が分からなかった。河江はどうかと横を見ると、ルートビアに

目を輝かせて、話なんて1ミリも聞いてない。シキは……未だノックアウト中。

「丸山先生経由かどうかってこと」

浦野先輩が、壁に立て掛けてあった折りたたみ椅子を広げると、そこに腰掛け

ながら、そう言った。


「じゃあ……おそらく俺は裏ってやつだと思います。この二人は……ただの

付き添いです」

「あなたが今年の幽霊部員ね。初めまして」

「はっ、初めまして……」

そう言いながら俺は望月先輩と握手を交わした。雪女のイメージ通り、手はひんやりりとしていた。

「ちなみに丸山先生から話は聞いてる?たぶんしていないと思うけれど」

「何をですか?」

「幽霊部員が部室へ自主的に訪れた際は、本格的な部活参加への勧誘が

許可されるって話よ」

望月先輩はそう言うと、握手した手にかなりの力を込めてきた。


「もう絶対に逃がさないわよ。はいかYESしか言えない体にしてあげる」

この人雪女やない、悪魔や、悪魔!舌なめずりしないで!

「いやいやいや、困りますって!」

俺は必死に手を引き抜こうとするが、小さな手と細い腕のどこに、それだけの

力があるのかってぐらいに、手はがっちりホールドされていた。

「高桐だっけ?この人一度食いついたら地獄の底まで追ってくるから。

ソースは俺」

浦野先輩はそう言うと、缶の蓋をプシュッと開けた。てめぇ何リラックスして

やがんだ!もう先輩とは呼ばん、お前なんぞ浦野で十分だ!


「万が一ここで逃げおおせても、明日から毎日あなたの教室に行くわ。

朝のホームルーム前、休み時間、昼休み、放課後。全ての時間帯を使って、会いに

行ってあげる。毎日毎日毎日毎日毎日……家に引きこもってもダメよ。どんな手段を使ってでも家に入り込んで、会いにいくから覚悟してね。。」

望月先輩のメンヘラストーカー発言と最後に見せたウインクで、俺の心臓は思わず

高鳴った。ドキッではなくヒェッ……だが。

「あのー?具体的に映研ってどういった活動をするんですか?」

河江……この状況に割って入れるお前って、マジで天然コミュ力オバケだよ。

だが話がちょっと逸れた、ラッキー!


「活動?そうね……やはり基本は、映像作品を作ることなのだけど、見て分かる通り

部員はこの2人だけだから。普段は感性を養うための、作品鑑賞が多いかしら。

それでも、文化祭やコンコールのために、映像作品作りは定期的に実施しているわ」

「定期的にってことは、毎日活動しているわけでは、ないんですよね?」

「そうね。作品鑑賞は、私がいい作品を見つけた時だけ。作品作りも……やはり

予算と何より、人の確保が難しいのよね。2年生以上の幽霊部員の顔と名前、すべて

把握しているのだけど、顧問の丸山先生から、無茶な勧誘は止められているから」

この人今、サラッと怖いこと言ったよね。


「そういうことだ、後輩。たまにある部長のわがまま鑑賞会に付き合い、年に数回ある映像作品作りをちょこっと手伝いさえすれば、今後もお前は、穏やかな学園生活を

送れるんだ。ソースは俺」

「さぁ、決断なさい。ここで潔く本入部しますと言うか、そう遠くない未来で、

もう勘弁してください、本入部でもなんでもしますからと、泣いて許しを請うのか。

どちらかを」

この先輩たち、絶対将来、ろくな大人にならない。神に誓ってもいいレベル。


「……たまに顔を出すぐらいで、いいんですよね?」

「ええ、かまわないわ。手伝ってほしい時には事前に連絡するし、都合が悪ければ、断っていただいて結構よ」

「はぁ……よろしく……お願いします」

これ以上の戦闘は無意味だと判断し、大人しく白旗を振った。

望月先輩はその言葉を聞くと、にんまりとほくそ笑みながら、ようやく俺の手を

解放してくれた。マジで手が痺れた……

「じゃあ、私も一緒に本入部しようかな~?」

「あら、大歓迎よ。そちらのあなたもいかが?」

「入る」


あれれ~おかしいぞ~?なぜか付き添いの二人も、入部しちゃってるぞ~?

てか、シキさんいつ復活したの?

「河江は転校生だからまだだろうけど、シキはもう部活入ってるだろ?」

「囲碁将棋部」

「じゃあダメだろ」

「辞める。もう決めた」

シキとの過去は思い出せないけど、こいつが頑固だってことは、この二日間の

付き合いだけでも良く分かった。

「はぁ……まぁ俺が、とやかく言う立場でもないか」

「その通り。おせっかい」

後、たった二日間で俺への当たり、相当強くない?これも昔からですか?

「まぁまぁ二人とも!三人で仲良く入部しよ?」

河江はそう言って、とりあえず場を収めた。


「ああっ、今日はなんてすばらしい日なのかしら!さぁ、このまま歓迎会を

兼ねた鑑賞会の続きを開催いたしましょう!!」

「……ちなみに先輩たちが見ていたのって、ホラー系ですか?」

河江は、先ほどの見た映像を思い出したのか、不安げに質問をした。

「そうだよ、部長ホラー映画オタクだし。あとスプラッタもの」

「これは日本のホラー映画。レビューでもかなりおすすめをされていて、

私と趣味の合う映画評論家も絶賛してたわ。あるシーンには正体不明の

女性の声が混じっているということでも有名よ」

この言葉に、俺はうわぁ……とつぶやき、河江は絶句し、シキは再び失神しかけていた。そして、このあとめちゃくちゃホラーした。






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