第5話 はぁ?
一ヶ月が経ち、僕らが同棲生活に慣れ始めた頃に一通の手紙が届いた。
「ヒビキさん。父から招待状が届いたよ」
「あん? 国王様から?」
エプロン姿で洗い物をしていたヒビキさんが僕の隣に座った。
甘い匂いがしてドギマギしながら手紙の封を開ける。
「どれどれ。……兄上が学園を卒業するからそのお祝いパーティーを開催するみたいだね」
そっか、もうそんな時期になるのか。これでやっとあのサロンの個室を僕専用の快適空間にできるのか。
「ハルの兄貴って、あのいけ好かないヤローか」
へっ、とヒビキさんが口を曲げる。
「自分の義兄になる人に対する顔じゃないよ」
「だってよぉ、アイツの評判は最悪だろ? 手当たり次第に女に手を出して、飽きたり次の女が見つかったらポイ! って。許せねぇだろ」
「そうだよねぇ。噂とかじゃなくて事実だからね」
「ハルはアイツのことをどう思ってるんだ? やっぱり兄弟だから守りたいとか大事にしたいとかあるのか?」
「兄上を? ……ないない。むしろ血縁だからみんなに申し訳ないくらいだよ。うちの兄がすいませんでしたって」
僕だって小さな頃からイジメられてきた。罵詈雑言は当たり前だし、おもちゃなんかも僕のを勝手に持ち出して壊してたりしてた。嫌じゃない思い出を探す方が難しいんじゃないのか?
「気にすんな。ハルはあんなクズとは違うんだ。そこはアタシが保証してやんよ」
「それは心強い。ヒビキさんのお墨付きなら百人力だね」
「か、からかってんじゃねーよ! 調子に乗るんじゃねーよ!!」
「わかったから木刀置いて。何回も言うけど照れ隠しに木刀振り回すの禁止。じゃないと明日から学園のみんなにヒビキさんの厚底の靴のことを言いふらすからね」
「ぐぬぬぬぬ。……これでいいかよ」
「はい、オッケー。そんなに嫌? 実は身長が小さめだったってこと」
「チビだと舐められるだろうが。アタシは学園の悪役令嬢で舎弟どもの姉御だからな」
うんうん。最近は家での様子を後輩くん達に教えているから、君の知らないところで忠誠心は高まっている
よ。
「で、そのパーティーがなんなんだよ」
「うん。パーティーで兄上に関する重大発表をするから是非、参加して下さいって。まぁ、強制参加だろうけどね」
「重大発表って何についてだ?」
「おそらくは婚約者について。流石に第一王子にまだ婚約者がいないのは不味いからね。お祝いパーティーって名目で貴族たちを集めて発表するみたいだ」
「なら、アタシには関係ないな」
「いいや。どうもこのパーティーで僕らの紹介もするみたいだよ。招待状にはドレスを着て二人で出席するようにって書いてある」
「はぁ⁉︎ 嘘だろそんなの。アタシ、貴族たちのパーティーなんかガキの頃に一回参加しただけだぞ! 今更ヒラヒラしたドレス着てなんか行けねーよ」
「あのね、ヒビキさん。こんなんでも僕は第二王子だからね? 兄上が国王になったら僕はその補佐になるの。もちろん国外にお呼ばれしたら外交として参加するから、その時には奥様もご一緒になんてよくあるからね」
「じゃあ、留守番してる」
「予行練習として参加しようよ。会場じゃあ僕がリードするからさ。ね?」
「絶対、アタシから離れるなよ。一人にしたら承知しやいからな」
「はいはい。それじゃあ、返事書いて出すね。当日はドレス着てヒールを履いて髪もセットしてね。木刀もマスクも禁止だから」
「わかった」
注意事項の多さに肩を落としながら、再び皿洗いに戻るヒビキさん。
会話をしながら気づいたんだけど、もう彼女の仕草ひとつひとつに愛嬌しか感じない時点で僕は彼女にベタ惚れなんじゃないだろうか。
♦︎
パーティー当日。
馬車に乗って僕ら二人は王城に来ていた。
久しぶりに実家に帰って来たはずなのに、人が多過ぎて居心地がよくない。それだけ、二人きりの生活に慣れてしまったということだろう。
「さて、行こうかヒビキ伯爵令嬢」
「気取ってんじゃねーよハル」
僕がいつも公務で着慣れている白い礼服を着用している。
それに対してヒビキさんが着ているのは真っ赤なロングドレス。フリルもあまりついていない大人なドレスだ。足元にはリボン付きのヒール。ヘアースタイルはストレートではなく毛先だけ巻いてある。
「こうしてみるとお姫様みたいだね」
「恥ずかしいこと言うんじゃねー!」
「本当のこと言っただけなのに」
いじけたヒビキさんの手を取り、会場内を歩く。父のところに行くまでに何人かの貴族に声をかけられたので挨拶をする。
隣で借りてきた猫みたいに大人しく頷くだけの彼女を見て底知れぬ幸福感が湧いてくるけど、ぐっと我慢。
そして、父がいるところまで辿り着いた。
「お久しぶりです父上」
「うむ。元気なようで何より。そちらは?」
「は、はい。今晩はお招きいただきありがとうございます。あたくしはディーンハイム伯爵の一人娘でヒビキといいます。で、その、ハル……ハルルート様の婚約者やってます」
「お主がハルルートの婚約者か。こうして会うのは初めてだな。ディーンハイム伯爵からの勧めで君をハルルートの相手に指名したわけだが、新しい生活はどうかね?」
「はい。とっても楽しくって、国王様には感謝してますです」
「父上、彼女はこういう場にあまり慣れてなくてね。威圧するのはやめてくれ」
「固いことを言うな。女に興味のなかったお前が気に入った相手だというから楽しみにしておったんだぞ。是非とも天の上に逝った妻にも見せてやりたかった」
「はいはい。母上の話は後にして、兄上の姿が見えないけど?」
「奴め、忘れ物をしただのといって遅れてくると言っておった。誰のためのパーティーだと思っているのか。相手方の令嬢は準備万端で待っているというのに」
父ね視線の先にはフリルの沢山ついた紫のドレスを着た令嬢と、公爵家当主の親子がいた。
令嬢の方は僕や兄より年上で二十歳は超えているだろう。泣き黒子のあるおっとりした感じの女性で、僕の好みでもある。背も高いしスタイルも抜群だ。
「おい、ハル。他所の女に見惚れてんじゃねーよ。テメーはアタシだけ見てろ」
痛い。嫉妬してきた彼女に足を踏まれてる……ヒールの踵が超痛い!
「イェス。もう見ませんからお仕置きは勘弁して下さい。僕が一方的に悪かったですから」
「はっはっはっ、これは愉快じゃな。ハルルートよ。早速尻に敷かれておるではないか」
「母上のイエスマンだった父上には言われたくないセリフだね」
そうこうしながら話していると、やっと本日の主役が来た。
白と銀の服である僕とは違い、黒と金を基調にした派手な服に赤いマントが付いている。
「皆の者よ待たせた。主役の我が息子、ランスロッドが到着した。ここで皆に紹介することがある。エスメラーダ公爵令嬢よ、前へ」
父が会場の真ん中へと兄の婚約相手の令嬢を呼ぶ。そして、その隣に兄を並ばせた。
「今日、皆の者を呼んだのは他ではない。ここにいる次期国王であるランスロッドの新しい婚約者を発表したいと思う」
その言葉に周囲から拍手が起こる。僕らもとりあえず拍手しておく。
「その相手とはこの「そこの女だ!」
父がエスメラーダ令嬢を紹介しようとしたのを遮って兄は別の人物を指差した。
その指先を追って会場にいる全員の目が
「紹介しよう。未来の王である俺に相応しい女。ヒビキ・ディーンハイムだ!!」
はぁ?
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