第7話 高飛車な美少女
エル達が王都で買い食いをしている最中、ザインはジルに乗って実家を目指していた。
草原を駆け抜け、ポポイアの森へ続く道を通り過ぎ、更にその奥……『銀糸の森』と呼ばれる森の小屋。
そこに到着した頃には、日が沈みかけていた。
「母さん、エイル! ちょっとだけただいまー!」
「ワフンッ!」
ザインが元気良く扉を開け、玄関の外からジルも一声吠える。
すると、夕食の支度をしていた母と姉がその声に驚き、振り返って言う。
「ざ、ザイン⁉︎ あんた、急に帰って来てどうしたの⁉︎」
「まだ王都へ経って日も浅いが……何かあったのか?」
作業の手を止めた二人は、次男の帰還に何事かと眉をひそめている。
しかし、戸惑っているのはザインだけではなかった。
銀糸の髪のエルフ、義母のガラッシア。
黒髪の三つ編みを垂らした義姉、エイル。
そして……ザインの登場によって不愉快そうに顔を歪めた、淡雪のような白髪の美少女がテーブルに着いていたのである。
「あ……お客さんが来てたのか。悪いタイミングで来ちゃったかなぁ……」
すると、目の前の少女がザインに問い掛けてきた。
「……別にワタシは構わないけど。アナタが例の試験を単独で最速合格した、歴代二人目の探索者って事かしら?」
「う、うん。ギルドの人からそう聞いたけど……君は?」
少女は椅子に腰掛けたまま、面倒臭そうに自己紹介を始める。
「ワタシはカノン。アナタと同じ探索者。これで満足?」
カノンと名乗った少女は、ポニーテールにした白い髪をふわりと揺らし、満月のような黄金の瞳をザインに向けていた。
服装は暗めの紫色をベースにしており、探索者としては中級……もしくは上級であろう事を予感させる、使い込まれた長剣を腰のベルトに差している。
動きやすいよう選んだのであろう短いパンツからは、彼女の白く眩しい太腿が曝け出され。
膝から下は黒いロングブーツで覆われており、ブーツがしっかりと磨かれている事から、彼女の美意識が垣間見える。
少し窮屈そうな胸元の辺りは、上着のボタンを少し開ける事で誤魔化しているらしい。その分、カノンの豊かな二つの果実が谷間を生み出している。
美人と言って差し支え無い彼女であれば、そんな露出もカノンの魅力を引き出す材料の一つとなっていた。
「カノンって言うんだな! もう知ってるみたいだけど、俺はザインだ。今日ギルドで『鋼の狼』っていうパーティーを申請したばかりなんだけど、こんなんでも一応リーダーをやらせてもらってるよ」
「アナタが……?」
「ほう……もうパーティーを組めたのだな」
訝しげにザインを見上げるカノンに対し、ガラッシアは感心したように微笑を浮かべている。
「ザインがリーダーかぁ……。何だかちょっとだけ、ザインが遠くに行っちゃったような気がするわ」
僅かに表情を寂しげなものに変えたエイル。
「遠くだなんて、そんな事無いよ。だって俺、まだ王都周辺でウロウロしてるだけだし! こうしてエイルにだって会いに来られる距離じゃないか」
「そ、そういう意味じゃなくて! ……もうっ、ディックと違ってザインはいつも察しが悪いんだから」
「えぇ〜……?」
唇をへの字に曲げたエイルを他所に、カノンが口を開く。
「それで、アタシの事は気にしないで良いから。何か用があってここまで来たんでしょう?」
「あっ、そうだった! なあ母さん、ギルドの本部長さんについて聞きたい事があって来たんだけど──」
ザインが切り出した話に、ピクリとカノンが反応を示した。
しかしザインはそれに気付かぬまま、探索者ギルドでカレン本部長から告げられた内容をガラッシアに伝えるのだった。
「お前達のパーティーを、最優先育成枠に……か」
「母さんはこの話、受けるべきだと思う……?」
ザイン達『鋼の狼』が、王都ギルドの最優先育成枠として候補に数えられている。
その話を聞いたガラッシアは、しばらく考え込んでいた。
勿論、本部長が鑑定装置を持っていた件は伏せてある。この場には家族だけでなく、カノンという第三者が同席していたからだ。
もしもカノンの口から神殿に通報されれば、カレン本部長は捕らえられてしまうからである。
すると、ガラッシアが顔を上げた。
「……私も、カレンの考えには同意する」
「え……そ、そうなの?」
「私はお前に中途半端な指導をした覚えは無い。そこいらの探索者より、お前の方が優秀なのは確かだろう。そして単独での試験最速合格……カレンが目を付けない理由が見当たらん」
ガラッシアの言う通り、彼女のザインへの指導は厳しいものだった。
弓の扱いだけでなく、子供の頃からディックと剣の練習試合も行なっていた。
そしてガラッシア自らが弓・剣・槍・棍棒・鎌──ありとあらゆる武器を巧みに使いこなし、実戦練習としてザインとディックを鍛え上げていたのだ。
魔物の中には武器を扱う者もおり、それらに対する戦法を身体に叩き込む必要がある。
幼少期からそれだけの訓練を重ねてきたような若者など……特に、伝説の探索者自らが常に心血を注いで指導をしてい者は、彼女の愛する子供達以外に存在しないだろう。
更には進んでダンジョンや魔物に関する知識を吸収していたザインなら、ギルドからのサポートによってより一層の成長を遂げる可能性がある。
だからこそカレンはザイン達を選んだのだろうと、ガラッシアは確信しているようだった。
「それじゃあ……」
「その話は悪くはないと思う。……だがまあ、あいつの事だ。何か他に思惑があるのだろうが──」
「探索者になりたてのアナタが最優先育成枠に数えられるだなんて、本部の人手不足は相当なのね」
「なっ……!」
カノンはつまらなさそうに紅茶に口を付けながら、そんな言葉を漏らした。
彼女は静かにカップを置くと、改めてザインを見て言う。
「アナタの試験が行われたのは、つい先日の事でしょう? それ以前にも何人もの探索者が誕生したというのに、選ばれたのはアナタのパーティー……。相変わらず、王都には堕落した探索者がゴロゴロ転がっているのでしょうね」
「それは……」
ザインは、カノンの言葉を否定出来ない。
やる気の無い探索者達をこの目で見て来たザインは、本部長の口からもその事実を告げられていた。
そんな中でやる気に満ちたルーキーである『鋼の狼』が候補になったのだから。
「まあ、ワタシもガラッシア様の意見には賛成よ? あの人がそこまで目を掛けてくれるのなら、手っ取り早くワタシに追い付けるでしょうから」
そう言って、カノンは自身の胸元──ザインからは見えていなかった部分を見せ付けるように立ち上がった。
ザインが目にした彼女の上着には、金色に輝くバッジがある。
「そ、それって……!」
「そう、ワタシはゴールドランク……アナタよりも上を行く、優秀な探索者なのよ」
カノンは得意げに微笑み、ザインの胸元に視線をやる。
「ブロンズランク探索者、『鋼の狼』リーダーのザイン……。アナタの顔と名前は覚えておいてあげるわ。次に会う時には、違う色のバッジを見せてほしいものね」
それではワタシの要件は済みましたので、と言い残して、カノンはガラッシアに頭を下げて小屋を出て行ってしまった。
カノンは外で待機していたジルにちらりと目を向けたが、怖がった様子は見られない。
すると、遠くの空から何かの鳴き声が聞こえた。
少しずつこちらへと近付いて、やって来た影の正体にザインは目を見開く。
バサリ、バサリと大きな翼をはためかせて着地した、純白の魔物──白い鱗に覆われた、小型の飛竜だ。
カノンはその飛竜の顎をそっと撫で、ひらりと背中に飛び乗る。
ポニーテールが揺れる少女を乗せた純白の飛竜は、黒と橙のグラデーションに彩られた空へと飛び立っていき、あっという間に見えなくなってしまった。
「飛竜を連れた剣士……カノン、か」
新たなライバルの登場に、ザインは胸を躍らせていた。
可憐さと優美さを兼ね備えた少女でありながら、カノンの肢体は正しく剣士のそれであった。
口先だけではない、努力によって得られた実力と生まれ持った才能を発揮させたであろう、自身に満ち溢れた立ち振る舞い。
他人にとっては、カノンの言動は生意気にしか見えないかもしれない。
だがそれは、彼女がゴールドランクに相応しい力を持っているからこそのもの。
「いつかまた会う時には、もっと強い俺になっているはずだ。そして、探索者バッジだって……きっと──!」
ザインはぎゅっとバッジを握り込み、力強い瞳で星の瞬く夕闇の空を見上げ決意を固め──
「……ねえ母さん、あれって伝令用の鳩よね?」
窓から顔を覗かせていたエイルが指差す先に、パタパタとこちらへ飛んでくる鳩の姿があった。
「そうだな。ギルドからの定期連絡が来るには、まだ時期が早いはずなのだが……」
プラチナランク探索者であるガラッシアの元には、各地のダンジョンの状況が毎月ギルドから発信されている。
今回は何か特別な連絡があるのかと、ガラッシアは外に出て鳩の到着を待った。
……しかし、鳩はザインの頭上をくるくると旋回している。
つまり、この伝書鳩はザイン宛てである事を意味しているのだ。
「俺宛ての連絡……?」
ザインを知っている者など、そう多くない。
ガラッシアとエイルではないのは確実で、あるとすればディックか、王都で知り合った聖騎士のプリュスと……。
伝書鳩の脚に付けられた手紙を外し、目を通す。
そこに書かれていた文面は、こうだった。
『ザイン師匠
姉さんが連れ去られてしまいました。何人もの大柄な男達に襲われて、姉さんを人質に……!
お願いです、師匠。申し訳ありませんが、今すぐ王都に戻って来て下さい。
ぼく一人では、姉さんが連れて行かれたダンジョン……『スズランの花園』には乗り込めません……!』
──ザインを師と仰ぐのは、この世に一人しか居ない。
大急ぎで書き殴ったであろう筆跡に、心臓が跳ねる。
手紙を持つザインの手が、小刻みに震えていた。
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