第4話 白き淑女の思惑

 鑑定室のドアを開けたザイン達を迎え入れた女性は、聖母のように穏やかな微笑みを浮かべて言う。


「ようこそおいで下さいました。本日はどちらを鑑定致しましょうか?」

「えっ……ど、どうして貴女がこんな所に……⁉︎」


 驚きを隠せないザインに彼女──白髪ロングの麗しい大人の女性、ギルド本部長カレン・ベルスーズが椅子から腰を上げ、


「時間のある時は、こちらの業務も担当しておりますの。さあ、ひとまずお掛けになって下さいませ」


 ザイン達に長椅子へ座るよう、手で促した。

 エルとフィルも声には出さなかったものの、相当驚いていたらしい。

 三人で顔を見合わせてから、カレンの「どうぞ?」という催促に押し流された。

 エル、フィル、ザインの順に座った彼らを見て、カレンもテーブルを挟んだ向かい側の椅子に改めて腰を落ち着ける。


(アイテム鑑定を本部長が請け負ってるって……もしかして、この人のスキルが『鑑定』なのか?)


 ザインはそんな予想を立ててみるも、実際に彼女がスキルを使ってくれなければ答えは出ない。

 このまま黙っていても埒があかないので、アイテム回収ポーチから小箱を取り出し、テーブルに置く。


「このアイテムの鑑定をお願いします」

「はい、承りましたわ」


 小箱を受け取ったカレンは、それを手に取って観察し始めた。

 少しして、彼女がおもむろに立ち上がる。

 カレンは部屋の隅に置かれた金庫のような箱型の装置を起動させ、金属製の取っ手を捻って扉を開けた。そして中に小箱をそっと置き、しっかりと閉める。


「あの……それって何の装置なんですか?」


 ザインの質問に、カレンが優雅に振り向いた。


「こちらの装置は、この箱の中に入れられる程度の物であれば、誰でもアイテムを鑑定出来るものなのです。ですので、先程お預かりした小箱のサイズ等を確認させて頂いておりましたの」

「アイテム鑑定装置……⁉︎ そんな物が本当にあるんですか⁉︎」

「本部長さんの事を疑っている訳ではありませんが、にわかには信じがたい……ですよね」


 ザインとエルの言葉に続いて、フィルが興奮混じりに口を開く。


「だって、そんなのがあったら大革命ですよ! 『鑑定』スキルを持たない人でも鑑定出来てしまうだなんて、一つのスキルを人の手で生み出したようなものじゃないですか!」


 フィルが言った通り、ある特定のスキルを再現した装置があるなどというのは、前代未聞の事であった。

 今から三百年前の勇者召喚。

 勇者が召喚されたのを切っ掛けに、世界中でスキルという特殊能力が人々に授けられ──本来は神々が授けるべき奇跡の異能を人の手で再現したなど、あってはならない大問題なのだ。

 エルはそれによって招かれるやもしれぬ最悪の事態を思い描き、その不安に両手をきゅっと握りしめる。


「……仮にその装置の事を神殿側が知れば、決して黙ってはいないでしょう。カレン本部長……あなたは何故わたし達にそのような装置の存在を明かしたのですか?」

「と、仰いますと……?」


 微笑みを崩さないカレンに、エルの中で怯えのようなものが生まれた。

 この女性は一筋縄ではいかない──そんな女の勘としか言えない、確証を持てない感覚があったのだ。

 けれどもエルは、ここで怖気付いてはいけないと自分を奮い立たせる。


「わたし達がこの事を神殿に伝えれば、あなたの立場は確実に危うくなるはずです。神より授かるべき力の再現だなんて、神への冒涜行為だと判断されても仕方がありませんよ」


 エルの発言に、カレンは尚もその相貌を崩さずに返した。


「ええ……ですが、この事を指摘すれば貴女方のギルドでの立場が揺らぎますわ。探索者支援ギルドを敵に回す……それを覚悟した上でのご指摘ですの?」

「そ、それは……」


 痛い程の、沈黙。

 しかし──それを破ったのは、カレンの方であった。

 彼女はつい先程までの凍り付いた空気を溶かすように、ケロッとした少女性のある明るい笑顔を向けて告げる。


「うふふっ、ごめんあそばせ。ちょっぴり意地悪が過ぎましたわね。ええ、ええ。この装置の存在を明かしたのは、皆様を信頼しての事ですわ」

「ど、どういう事なんだ……?」


 突然始まった女同士の腹の探り合いに、ザインとフィルは混乱していた。


「実はこの装置、私の古い友人から頂いた試作品なんですの。精度を高めるにはかなりの魔力を注いであげなくてはならないのですけれど、私でしたらどうにか扱えますので」


 カレンの説明によれば、こうして鑑定装置をギルド職員以外の前で使用したのは、今回が初めてだったのだという。


「ザイン様は期待の新人探索者ですし、貴方のお母様──ガラッシア様も、私が信頼を寄せるベテラン探索者の一人。身元がはっきりとしている貴方と行動を共にしていらっしゃるお二人も、信用に足る人物であろうと思っての行いでした」

「……俺達を信用してもらっているのは嬉しいです。でも、それがどうして装置の話に繋がるんですか?」


 ザインの問いに、エルもこくこくと頷いた。

 するとカレンは笑みを消し、真剣な眼差しを向けた。


「……私共のギルドではここ数年、新人探索者の育成に力を入れております。新人探索者へのサポートや、パーティーを組まれた方々への住居の案内等ですね。それらの一環で、当ギルドでの最優先育成枠として、私は皆様を候補に……と考えているのです」

「最優先育成枠……ですか」

「既にお気付きかもしれませんが、この王都を拠点とする新人探索者のモチベーションは、過去最低といってもいい程に低下しています」


 そう言われて、ザインは基礎研修で一緒になった複数の男女達の姿が思い浮かんだ。

 カレンの言うように、彼らはあまり生き生きとしているようには見受けられなかった。ザインがやる気に満ち溢れすぎているだけ、という事ではなかったらしい。


「ブロンズランクの探索者の方々では、依頼の達成件数が減る一方。依頼者からのクレームも、年々増していっているというデータがございます。……彼らは、あまりにも危機感に欠けているのです」


 本部長である彼女には、それを一刻も早く改善する責任がある。

 そこでカレンが目を付けたのが、ザインを筆頭にした『鋼の狼』のメンバーであったのだ。


「魔王の危機は去りましたが、未だ世界にはその残党──ダンジョンマスターらが率いる魔物の迷宮が残されています。それらは私達人類にアイテムという形で恩恵をもたらしもしていますが、またいつダンジョンから抜け出し、人々を襲うか分かりません」

「そんな事態を防ぐべく、危機感を持った優秀な探索者を育成したい……そこで白羽の矢が立ったのが俺達だったと」

「ええ。その為にはまず、ギルド側としてこちらの秘密を明かさせて頂いたのです。相手に信頼してもらうなら、こちらが手の内を見せなければなりません」


 つまりはこうだ。

 王都ノーティオの探索者支援ギルドは、『鋼の狼』を最優先育成枠として優遇する。

 だが、一方的な優待行為は『鋼の狼』へ不信感を募らせるだけかもしれない。

 なので、ギルド本部は最大の機密事項である『鑑定装置』の存在をザイン達へ明かし、『鋼の狼』に不利益を与える意図は無いのだという証明にしたい……という話である。


「如何でしょうか。皆様にとっても、決して悪い話ではないかと存じますが……」


 カレンの問い掛けに、ザインは暫し考え込む。



 そして彼は、しっかりとカレンの目を見て口を開いた。

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