第16話 新たな居場所

 外見、服装、話し声。

 そのどれもがザインと酷似した、自らを『ザインのコピー体』であると説明した何者か。

 ザインはその存在を前に、どうにか理性を振り絞って訊ねる。


「お、お前は……俺のスキルで召喚されたものなのか?」


 しかしコピー体は、ゆるゆると首を横に振って否定した。


「ちがい、ます。これは、きみのまりょくでこうせいされた、かりのからだです」

「だからこのスキルには、それだけ大量の魔力を要求される……?」

「そう、です」


 会話が可能になった、というコピー体の発言から察するに、彼がこうして喋るのはこれが初めてなのだろう。

 話し慣れないながらもしっかりと質問に答える彼からは、多少機械的な対応でも、誠実さを感じられた。


(俺の魔力で生み出された肉体……。スキルレベルが上がった事を知っているなら、もっと詳しい事も教えてもらえるって事だよな?)


 けれども、その前に一つ確認しておきたい事があった。

 数日前のこの森で、エルとフィルを助けたのは誰だったのか──それが、このコピー体であるのなら。


「……前にここで『オート周回』を試した時の事は覚えてるか?」

「はい。きおく、しています」


 確かめなければ。

 そうしなくては、したくても出来ない事があるのだから。


 ザインは、ちらりと背後の姉弟へと目を向ける。

 何が起きているのか、状況が飲み込めない様子の二人。

 同じ顔をした男が渦の中から現れた……などという摩訶不思議な出来事をすんなり受け入れられる人物が、どれだけ居るだろう。

 一方、ジルは静かにこちらを見守っていた。

 だが、もしもの時にはすぐに動くつもりなのだろう。いつでも主人の元へ駆け出せるよう、警戒を怠らずに観察しているようだ。

 彼女達のそんな様子を視界に収め、改めてザインはコピー体へと向き直る。


「……多分、俺とジルがこのダンジョンを出た後の事だと思うんだけどさ。あそこに居る女の子と男の子、お前が助けた覚えはあるか?」


 その質問を口にした瞬間、エル達が背後で息を飲むのが分かった。

 コピー体は、今度はゆっくりと頷いて言う。


「はい。まものに、おそわれていたので……たすけました」

「ほ、本当に……わたし達を助けて下さったのは、ザインさんでは……なかったのですか……?」


 恐る恐るそう告げたエル。

 彼女の隣に立つフィルも、同様の疑問を抱いているらしい。二人の不安げな表情がそれを物語っていた。


「……俺が君達と会ったのは、宿屋にエル達が来たあの時が初めてなんだ。まあ実のところは、その前の日の夜に大通りで飛び越えた時だと思うけど──君達姉弟の本当の命の恩人は、俺じゃない」

「そ、そんな……」

「師匠……」


 気落ちした二人の声が、俯くザインの背中に突き刺さる。


(いや……これは俺が悪いんだ。本当はエル達を助けたのは俺じゃないんだって……話をはぐらかして、二人に勘違いさせたままにしていた自分の自業自得だ)


 だからこそ、こうして二人に軽蔑されるのは当然のむくいなのだ。

 彼女達への罪悪感が、ザインの胸をぐしゃりと押し潰していく。

 すると何を思ったのか、コピー体がザインへと歩み寄り始めたではないか。


「ざいんは、どうして……つらそうなかおを、しているのですか?」

「どうしてって……!」


 ハッと顔を上げたザインに、コピー体は平坦な声音で更に問い掛ける。

 まるで、無垢な子供のような純真さで。


「おれがふたりを、たすけたのは、ざいんのこうどうげんりを、まねたから……です。なので、ざいんがたすけたも、どうぜんです」

「俺の……行動原理を、真似た……?」

「はい。ざいんのにんげんせいや、ぜんあくのかちかんが、おれのきほんこうどうのるーるに、くみこまれています」


 コピー体は更に続けて言う。


「もしもあのとき、あのばしょにいたのがきみであっても……ざいんは──まちがいなく、ふたりをたすけていたはずです」


 その言葉に、フィルが叫んだ。


「そうですよ、師匠! 師匠のスキルが何だか凄い特別なものみたいで驚きましたけど、ぼくもその人の言う通りだと思います!」

「フィ、フィル……」


 更に続いて、エルが手の中に握り込んだままのポーション瓶を大切に胸の内に抱き締めるようにして、真っ直ぐに告げる。


「本当に……本当に驚きました。まさかわたし達の命の恩人が二人も居ただなんて、全く思いもしませんでしたから。わたしもフィルと同意見です。ザインさんならきっと、その方と同じようにわたし達を救って下さったはずですもの!」


 思わず振り返ったザインへ、エルは蕾がほころぶような綻ぶような微笑みを向けていた。


「あなたが冷たい人だったら、わたし達はもうこの世には居なかった事でしょう。誰にでも手を差し伸べる──そんなあなたの優しさが、わたしとフィルを守って下さったのです……!」

「その人が師匠のコピーだっていうなら、ぼく達を助けてくれた赤い髪の弓使いは、やっぱりぼくが憧れた人に間違いありませんっ!」

「あなたに出会えて、あなたと一緒にダンジョンを攻略出来た事……とっても幸運な事だと思っています。だからどうか、いつもみたいに笑って下さい!」

「エル……フィルっ……」


 エルの真心からの感謝が、フィルからの力強い激励が、自身の心を蝕んでいた氷の棘を溶かしていくような……ザインはそんな温かな心地を覚える。

 鼻の奥がツンとして、瞳に込み上げる熱いものをグッと堪えるザイン。

 どうにか声が震えないように自身を鼓舞するように、ザインは一度両頬を強く叩いて気合いを入れ直す。


「……っ! ありがとう、二人共……!」


 自分は今、どれだけ情け無い笑い方をしているのだろう。

 彼女達が求めてくれたような笑顔なのか、あまり自信は無いけれど……。


 ──コピー体の行動原理は、スキル使用者本人に由来している。


 それはザインという人間の在り方を、彼が貫こうとしている生き方を丸ごと肯定してもらえたのだと……そんなとてつもない安堵感を得られるものだった。

 生まれ育ったあの森の小屋以外に、新たな自分の居場所が出来たのだ。


 気が付けば、ザインはエル達の元へ駆け寄って、彼女達も同時にザインの方へと駆け出していた。


「わたし、もうザインさんの居ないダンジョン探索なんて考えられません。わたしやフィルの知らない色々な事、これからも沢山教えて下さい!」

「ああ……! 世界で一番の探索者パーティーになろう! 絶対に‼︎」

「はいっ、ザイン師匠!」

「ええ、勿論ですっ!」

「ワウゥーンッ‼︎」


 未熟者だらけの初心者集団。

 たった一つの迷宮しか攻略出来ていない、まだまだ無名の三人と一匹ではあるけれど。



 こうしてここに、新たな探索者パーティーが誕生したのであった。

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