第14話 芳醇なる果樹の魔の手
叫びながら放ったザインの風の矢が、巨大樹を目掛けて空を切る。
初心者向けダンジョンと言われる、ポポイアの森。
その最深部にて彼らを待ち構えていたのは、『魔樹』と呼ばれる植物系の魔物。
この森の迷宮を生み出したダンジョンマスターは、異常成長を果たしたポポイアの大木だった。
魔樹ポポイアは、向かってくる風の矢を鞭のようにしなる枝で叩き落とす。
すると、お返しと言わんばかりにまだ熟れていない大きな実を、砲弾のようにしてザイン達へと飛ばして来た。
「そっちがその気なら、こっちだってやり返す!」
思わず身構えていたエルとフィルとは対照的に、ザインは臆せず弓を射る。
──ぶつかる前に撃ち落とす。
それは相手もしてきた事なのだ。植物に出来て、人間に出来ない戦法ではない。
ザインの矢は見事に命中し、空中で失速したポポイアの果実達はボトリ、ボトリと地面に転がった。
「流石ですっ、師匠!」
「喜ぶのはまだ早いぞ、フィル。ただ相手の攻撃を防御出来ただけじゃ、あの魔物は倒せないんだからな」
「そ、そうですよね……! まだ勝負は始まったばかり、という事ですね!」
油断せず弓を構え直すザインを見て、フィルも改めて気合いを入れ直して剣を握る。
対してエルは、戦闘態勢に入った魔樹を眺めながら言う。
「魔物に変質した植物……ですか。ここまで大きなものを見るのは、今回が初めてです」
「美味しそうなフルーツを実らせる植物ではあるけど、あいつだって元は魔王の手先だったんだ。攻略しやすいダンジョンだって言っても、一人も死者が出ない訳じゃない」
探索者認定試験のゴブリン討伐とは異なり、ダンジョンマスターとの戦闘において、単独攻略は自殺行為に等しい。
一人でダンジョンに潜るのなら、ザインのように使い魔を連れていない場合、誰からの助けも得られなくなる。
そして、ダンジョンマスターを相手にするのであれば──
「全員で力を合わせて、突破口を切り拓く。それが探索者達がパーティーを組んで攻略する、一番の強みなんだ」
「全員で……」
「力を合わせて……」
ザインの言葉をオウム返しする姉弟。
その言葉を口の中で転がした瞬間、二人は胸の奥に火が灯るような感覚を覚えた。
「一人だけじゃ切り抜けられない窮地でも、仲間が居れば乗り越えられる──俺の母さんが、そう教えてくれた」
「……ザインさんのお母様は、素敵なお仲間に恵まれたのですね」
優しい声音でそう告げたエルに、ザインは大きく頷く。
「ああ。だから俺も、母さんみたいな探索者になろうって思ったんだ。皆で力を合わせて強敵に立ち向かうなんて、すっごくワクワクするだろ?」
「まさに、今のぼく達の状況ですね!」
「初めてのパーティー、初めての強敵……。未知の相手に立ち向かうこの体験は、きっとわたし達の人生の宝物になるでしょうね」
「ワフッ!」
怖くない訳ではない。
死ぬ事は恐ろしく、いつまでも光に満ちた明日が続けば良いと思う。
そんな恐怖を共に乗り越える仲間が居れば、いつしかほれは希望へと変わっていくのだから。
「──さあ、ここからが本番だ!」
「はいっ!」
「勿論です!」
「ワウゥーン‼︎」
うねうねと長い枝をくねらせる魔樹に、ザインは次々と矢を繰り出していく。
その間も意識は魔樹と仲間達の状況把握に割かれているが、拓けたこの場所でなら、思考の同時並行は比較的容易である。
「フィル! ジル! 俺とエルでサポートするから、魔樹の
「うろですか? アレですよね、木の穴みたいなの!」
「そう、それだ! どの木が魔樹化したとしても、そこが全ての魔樹の弱点になる!」
子供の頃から魔物図鑑を読み込んでいたザインは、当然ながら魔樹への対抗手段も記憶していた。
隣で雷魔法を撃ち込んでくれているエルと二人で後方から攻撃をしつつ、フィルとジルが魔樹ポポイアへ近付く時間を稼ぐ。
フィル達は敵目掛けて走り出し、その間を風と雷の矢が何本もの筋となって射出され続ける。
魔樹は、またもや枝をしならせてそれらを叩く。
けれども同時に操れる枝の本数には上限があるらしく、ザインとエルの魔法の矢の雨は、完全には防ぎきれていなかった。
木の幹に直撃した二人の攻撃によって、魔樹の動きが鈍る。
その隙にフィルが右へ、ジルは左側へ回り込み、幹のうろを探す。
「……っ、ありました! こっちの方にうろがあります!」
「ナイスだ、フィル! 二人共、枝の動きに注意しながら一旦こっちに戻って来てくれ!」
「ワゥフッ!」
「はい!」
ザインの指示に従い、引き続き駆け足でこちらに戻って来るフィル達。
勿論、その間にも魔樹への警戒は怠らない。
「サンダーアロー!」
エルの詠唱によって、眩い雷光が飛び出していく。
調子を取り戻した魔樹が、背を見せていたフィルへとポポイア弾を発射していたのだ。
彼女の魔法は狙い通りに命中し、黒く焦げた実が勢い良く吹っ飛んでいく。
「姉さん、ありがとう!」
「これも後衛の務めですから。……ザインさん、ここからどう攻めていきましょうか?」
視線をチラリとザインへ移し、エルがまた新たな矢を生成して次に備えている。
フィルとジルもこちらに戻ったところで、ザインは想定していた作戦を彼女達に明かした。
「うろの場所は分かったから、後はそこに重い一撃を叩き込んでやれば良い。フィルの剣だとやりにくいだろうし、それはジルでも同じだろう。そうなると、遠距離から穴に攻撃が出来る奴が適任って事になるんだけど……」
「わたしでは……機動力に難があります。とても心苦しいですが、ここはザインさんにお任せする他ない……という事ですね」
男女の肉体差という問題もあるのだが、エルにはこういった肉体労働は元々不向きであった。
ゆったりとしたローブに身を包み、革のブーツを履いた少女。とても運動が得意そうには見えない彼女に、何本もの枝と果実弾を潜り抜けながら弱点を狙え──というのは酷であろう。
そもそも、ザインは後衛職の女性に身体を張らせるつもりなど欠片も無かった。
幼少期から木剣を振り回し、森を駆け回って育ったのだ。体力にも走りにも自信がある。
「こういうのは俺向きだろうからな。それに、エルにはエルにしか出来ない事を頼みたい」
「わたしにしか出来ない事、ですか……?」
小さく首を傾げる彼女。
「さっきみたいな遠距離攻撃で魔樹に隙を作ったら、俺が一気にあいつと距離を詰める。そうしたら、君にはスキルを使って魔樹の動きを封じてほしいんだ」
エルの持つスキル──『封印』。
本人はまだ未熟だと言うものの、数秒でも敵の動きを止められるのは有用だ。
矢をつがえつつポポイアを避けるのはまだ良いが、枝まで相手にするのは骨が折れる。
「分かりました。わたしにお任せ下さい!」
「ああ、助かるよ!」
そうして、ザインが纏めた作戦がいよいよ始動する。
「──行くぞ!」
ザインの声を合図に、エルも遠距離攻撃を開始した。
魔樹には最低限の知能はあるが、あくまで侵入者に対する防御反応としての動きに限られる。
風神の弓と雷魔法による連続攻撃は、あちらから飛んで来るポポイアを追撃し、魔樹本体にも衝撃を与えている。
(そろそろか……?)
タイミングを見計らって、ザインはジルの背中に飛び乗った。
ほぼ同時に魔樹の動きが鈍くなり、ポポイア弾の数が目に見えて減っていく。
ジルのスピードであれば、距離を詰めるなど容易な事。そのままの勢いで近寄っていけば、魔樹のうろがある幹の右側などすぐそこだ。
しかし、二度目の連撃を喰らった魔樹ポポイアは先程よりも早く体勢を立て直し、ザイン達へとその枝を伸ばしていた。
「そうはさせません! 『封印』発動‼︎」
長杖の先端を向け、エルがスキルを発動させる。
すると、枝の動きはピタリと止まり──それまでに魔力を溜め続けていたザインの手元には、通常よりも激しく輝く翡翠の矢が生み出されていた。
視線の先には、フィルが発見してくれたうろが、ぽっかりと口を開けている。
「いっけえぇぇぇぇええぇッ!!」
バシュン! という破裂音にも似た音と共に、ザインの指先から放たれた魔力の矢。
それは太い光の軌跡を描き、両手で円を作った程度の小さな穴の中へと吸い込まれるように入っていく。
うろへと飛び込んだ風の魔力は、内部で竜巻のような嵐を引き起こし、暴れ出す。
そして魔樹の内側から少しずつ亀裂が入り、鮮やかな緑色の光が溢れ出し……一気に弾け飛んだ。
砕け散った木片や、爆風によって葉や果実が乱れ舞う。
けれども、その中で異質な物体が目に入った。
木製の小箱と、人の頭ぐらいのサイズの黒い
ジルから降りたザインは、小箱の方だけを拾い上げた。
エル達も小走りでこちらに駆け寄り、ザインが手にした小箱へ目を向ける。
「し、師匠……これって、ダンジョンマスターから出たドロップアイテム……なんですか?」
「ああ。こういう箱に入って出て来るアイテムもあるらしいぞ」
「これが、わたし達の初めての……ダンジョンマスターから得たアイテム……!」
珍しく興奮した様子のエルの瞳が、きらきらと輝く。
ザインの言葉を受けたフィルも同様だ。小箱に注がれる二人の視線は、やがてザインへと向けられて──
「わたし達、初めてダンジョンマスターを倒せました!」
「ザイン師匠に良いとこ持ってかれちゃいましたけど、道中はぼくもいっぱい頑張りましたからねっ! ジルくんとぼく達と、師匠の力を合わせて手に入れた戦利品です‼︎」
太陽のように明るく笑う彼女達に、ザインも釣られて口角が上がっていた。
ザインは小箱を掲げながら、思い切り声を張り上げる。
「ポポイアの森攻略、無事完了だ‼︎」
「ワフッ、ワフッ‼︎」
「帰ったらお疲れ様会しましょうね、師匠!」
「その前に、時間があればドロップアイテムの鑑定ですね! 箱に入ったものは『鑑定』をしてもらわないといけないのですよね?」
若者達の弾む声と歓喜に満ちた、ポポイアの森最深部。
木片と木の葉の中に埋もれた漆黒の珠が、トクン……と脈動した事には、この場の誰も気付いていなかった。
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