第11話 可能性

 宿屋一階の食堂に、賑やかな声が満ちている。

 その声の主はといえば、ザインとエル、そしてフィルの三人であった。

 まだ食事を済ませていなかった事もあり、せっかくなので彼女達と話をしながら朝食を摂る事にした。

 テーブルを挟んで、ザインの向かい側に座るフィル。その隣で、エルが野菜のスープを美味しそうに味わっている。


「すぐに正式なパーティーを組むより、それぞれの相性を確かめておかないといけないからな。俺達の戦い方が上手く噛み合えば、改めてギルドに申請しに行けば良いよ」

「ええ、ザインさんのおっしゃる通りですね。フィルもそれで構わないかしら?」

「もちろん! ザイン師匠のご意見に従います!」


 少し彼女達と話してみたところ、どうやらエルもザインと同じ十八歳で、フィルは十五歳なのだという。

 同い年なら敬語はいらない──とエルに言われたので、ザインは彼女の言葉に甘えて自然に接するように決めた。

 エルが敬語なのは常日頃の事らしく、そこは気にせずにいてほしいとも頼まれた。


「いやいや、師匠だなんて呼ばないでくれよ! さっきも言ったけど、俺なんて昨日探索者になったばかりのド新人なんだぞ?」


 そう否定するザインに、フィルは笑顔で首を横に振る。


「いえ! ぼくにとって、ザインさんは紛れも無く憧れの存在です。探索者になってからの時間なんて関係ありません。ザインさんは、ぼくには無い大切なものを持っている……。そう思ったから、ぼくはあなたの弟子になりたいんです!」

「うーん、そうは言ってもなぁ……」


 ザインが返答に困っていると、そっとエルが口を開いた。


「今はひとまず、今後の予定を立ててみて……その後で、フィルの申し出を受け入れるかどうか、判断されてみてはいかがでしょうか?」

「……うん、それもそうだよな」


 彼女の助け舟に、ザインはすかさず飛び乗った。

 元々は、一度だけのお試し期間としてどこかのダンジョンへ行く話し合いをするべく、こうして顔を付き合わせていたのだ。

 話の本題に戻るべきだとやんわりと提案してくれたエルに感謝しつつ、ザインは二人に相談し始めた。


「実は今日、午後になったら行かなくちゃいけない場所があるんだ。だから今日は探索の為の下準備って事にして、ダンジョンに向かうのは明日の朝にしたいと思うんだけど……二人はどう思う?」

「わたし達もそれで大丈夫です。ザインさんとしては、どのダンジョンに向かうのが良いと思われますか?」

「行くとしたら、ここから近い場所だな。比較的安全で、かつ短期間で攻略出来る場所がベストだ」

「と、言いますと……やはり、ポポイアの森でしょうか」


 エルの言葉に、ザインは小さく頷いて返す。


「ああ。これだけの人数が揃っているなら、あそこのダンジョンマスターの討伐ぐらいはいけると思う。最深部までは俺が後方からサポートしつつ、フィルの剣技とエルの支援を見させてもらいたい」

「それなら任せて下さい! これでも父さんに剣技を教わってましたからね。普通のゴブリン相手なら、姉さんとの連携で何とでもなりますよ!」

「ああ! 期待してるよ、フィル」

「はいっ! 精一杯頑張ります!」


 そう言って、元気良く答えるフィル。

 すると、エルが何か思い出した様子でザインに問い掛けた。


「あっ……そういえば、ザインさんは弓をお使いになっていましたよね? 確か、風の魔力を撃ち出していて……」

「それに、何だか物凄い豪華な感じの弓でしたよね! あれってかなり高価な武器なんじゃないですか?」

「うん……多分、すっごい高価だと思うよ」


 この二人が言っているのは、風神の弓の事で間違い無いだろう。

 だが、彼女達にあれを見せた覚えは無いし、ましてや目の前で戦闘をした記憶すら皆無である。


(やっぱり妙なんだよなぁ……)


 ザインがスキルを使用した一昨日の出来事から、エルとフィルが『弓使いのザイン』らしき人物に出会った昨日までの間に──確実に何かが起こっている。

 そうでなければ、本来彼女達が知るはずの無い情報が二人の口から出て来るはずが無いのだから。


 二人はザインの武器を見ており、その性能を把握している。

 ザインの名前はネームタグから知ったのだろうが、彼の外見に違和感を抱いていない事から、ザインと瓜二つの人物に遭遇した……と考えるべきか。


 そこまで考えて、ザインはある可能性に思い至る。


(もしかして、俺のスキルは『自分のコピーを作り出す』能力だったのか……?)


 自分と同じ外見に、全く同じ装備。

 弓を使って戦うというのも、ザインと一致している。


(他人のスキルを一時的にコピーするスキルなら母さんに聞いた事があるけど、自分のコピーを作るスキルだなんて……。あの母さんですら知っているかどうかも分からないのに、そんなスキルが俺に……?)


 他人のスキルを一時的に写し取る──能力コピーというスキルならば、聞いた事があった。勇者にはそのスキルがあったのだと、ガラッシアが言っていたのだ。


 自分の姿や力を写し取る──ザインのコピーを作り出すスキル。


 もしもこの仮説が正しければ、ザインの分身がポポイアの森を動き回り、その過程でエル達を助け出した事になる。

 それならば、ザインに身に覚えが無いにも関わらず、ザインに命を救われた──という彼女達の話も頷ける。


(……真相を確かめる為にも、もう一度『オート周回』を使ってみるしかない。自分の目で、今度こそ見届けないと──!)





 姉弟達と話し合った末、明日の朝に『銀の風見鶏亭』で集合する運びになった。

 探索に必要なアイテムはそれぞれが今日の内に買い出しをしておき、明日に備えて英気を養おうと約束をし、そのまま解散した。

 ザインは彼女達に告げた通り、午後に薬品店を訪れ、頼んでおいたポーションを受け取りに向かっていた。


「お待ちどうさま! 出来るだけ効能を高める努力はしておいたから、そんじょそこらの下級ポーションより良い出来のはずよ」


 この薬品店──『ねこのしっぽ』の看板娘であるらしい茶髪の少女が、自慢の魔力ポーションの入ったケースをカウンターに乗せる。

 透き通った青い液体で満たされた、ガラスの容器。

 彼女から「十本前後は用意出来る」と告げられていた通り、ケースには計十本の下級魔力ポーションが並んでいた。


「ありがとうございます!」


 すると、ザインがポーションを鞄にしまおうとしたその時。

 カウンターの奥から、彼女と同じ栗色の髪をした中年の男性が現れた。

 その男性はザインににこやかに微笑みながら、優しく声を掛けて来る。


「うちの娘は腕の良い薬師だからね。その性能は僕も保証するよ」

「娘さん……? って事は……」


 奥から現れた男性と、彼女の顔を見比べるザイン。


「そうよ。あたし、お父さんに指導を受けながらポーションの開発をしてるの」

「僕の仕事も、何割かレナに手伝ってもらっているんだ」


 栗色の髪と、深緑の瞳。

 それは二人に共通しており、垂れ目がちな目元もよく似ていた。


「まあ、お父さんはよく薬草の採取に行ったりしてて留守が多いけど……あたしが居れば問題無いからね。また何か必要な物があったら、いつでも言ってちょうだい!」

「娘共々、今後とも『ねこのしっぽ』をご贔屓に……ね?」

「はい、また近いうちに寄らせて頂きます!」


 穏やかな店主と看板娘のレナに見送られ、ザインは『ねこのしっぽ』を後にした。





 そうして翌朝。

 昨日よりも早く起床して朝食を済ませたザインの元へ、約束通りにエルとフィルの姉弟がやって来るのだった。

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