31(終)



 「最後の分身が、やられたか………」 



 ここは「あの世」といわれている次元。天界から遠く遠く離れたところにある世界でのとある場所にて、大悪魔………サタンは、力無くそう呟く。


 先の戦いで複数の女神戦士と一戦交えたことで相当消耗してしまった彼は、満身創痍の身を引きずってこの地に着いた以降ずっと身を潜めていた。分身体さえいれば自分は消滅することはなかったが、最後の分身が消えたことで今の彼は簡単に滅ぼされる状況にある。

 分身体には個体差が大きく異なっており、個体によっては意思を持たない無力な個体もいる。ついさっき消えた最後の分身体が恐らくそれに当たるのだろう。


 「せっかく禁忌を犯してまで人間界の次元へ送ったというのに、奴らもまさか禁忌を犯すとは......考えが甘かったか」


 ここももうじき特定されるだろうと悟り、こうなったら自分自身もこの世へ転移しようとしたその時、




 「やっと見つけた......サタン」

 「.........大女神か」



 サタンのもとに一人の女神が降り立つ。白い装束の上に紺碧こんぺき甲冑かっちゅうを纏った格好で、長い金髪をまとめてその頭にはティアラのような兜を装着している。それはただの飾りではなく魔力を高める効果を持つ。

 女神の長を務める大女神...プルメリは戦いに赴く時はいつもそれを着けて出る。 


 彼女はさっきまで多くの悪魔を撃退して、探知魔術でサタンを懸命に捜索して、ようやく彼を見つけることに成功して今に至る。その顔には疲労が見えると同時にどこか哀愁も漂っているように見える。


 「名前では...もう呼んではくれないのね」

 「俺とお前の間にはもうどうしようもないくらいの深く長い溝が出来ている。仲を修復するのは無理なくらいにな...。俺は今もお前を......殺したいと思っているしな...っ」


 サタンはそう言って口から魔術を発動してプルメリに放つが、



 「ぐおっ!」

 「もうそこまで弱っていたのね......分身はもういないって分かってるわ...。ここまでね」


 満身創痍のサタンが、女神でいちばん強い者かつまだまだ余力を残しているプルメリに敵うはずもなく、返り討ちに遭う。



 「もう......終わりか。この世だけでもなく、この次元でも...お前とこんな関係で終わるとは」

 「私たちは......こうすることしかなかったのかな...?私は今でも、あの頃……私たちがこんな悲しい争いをする前の世界、あの時代から、やり直せればなぁ...って思ってる。もちろん、あなたと一緒によ」


 指一本動かすことも出来ずにいるサタンを見下ろしながら、プルメリは悲哀を湛えた眼差しでそんな悔言くやみごとを漏らす。


 「お前が...そんな後ろ振り返るような発言をするとは...。確かに......あの時俺も、お前も......間違いと勘違いが無かったら、こうはならなかった...かもな」


 プルメリは何かに堪えるように目を瞑る。が、すぐに切り替えて光輝く短剣を取り出してサタンのもとで膝立ちになる。



 「さようならサタン。やり直しができない私たちは...こうやって終わらせることしかできない」

 「分かってるさそんなことは...。悪魔の長でお前は女神の長。どちらかが滅ぶのは必然だ。それが......俺だっただけの話、だ」


 「もう逢うことはないでしょうね。最期にあなたの顔を見られて、本当に良かった......っ」


 「フン。俺は.........まぁ嫌でもないな。

 じゃあな プルメリ 」


 「っ!!馬鹿.........こんな時に、ズルいよ...!


 さようなら―――愛してる」



 大悪魔サタンは討たれた。これにより長く続いた女神族と悪魔族との戦争は幕を閉じて、天界とあの世に平和が戻った。

 サタンがいた場所をしばらく見つめながら独り言を呟く。




 「さて......リリナさん。あなたは......想い人と、遠い遠いどこかへ二人ともにゆく道を、選んだのですね。私とは違う道を歩んだあなたの方法を否定しません。後は......あなたの頑張り次第です。

 けどリリナさんなら......きっと大丈夫」


 サタンを浄化して誰もいなくなった世界で、プルメリは一人天を仰いで、「この世」にも「あの世」にもいない、一人の少年のもとへ行った女神に言葉を贈る。




 「想い人と……杉山友聖さんとどうか安らかに。彼のことはあなたに任せます――」




 天に向かって、そう祈りを奉げるのであった―――









 この世でもないあの世でもない、人も女神も悪魔も賢者も干渉することが出来ないと言われている「無」の次元。そこに二つの魂が現界した。やがて二つの魂は人の形をとっていく。


 一人は黒髪の整った顔立ちの少年。

 もう一人は肩にかかるくらいの長さの艶やかな青い髪の、華麗なドレスを着た少女。


 少女は隣にいる少年の腕を取ってどこかへ駆けていく。

 しばらくして立ち止まると少女は魔術を使い、無しかないこの空間に豪華な部屋を創り出した。それからさらに大きなテーブル、豪勢な料理などを次々用意して、最後にふかふかのソファーを出現させると、そこに二人で座る。



 「お前......ほんまに凄いな...。まさかこんなことまで」


 少年...杉山友聖は呆れが含まれた声を漏らしながら部屋を見回す。そんな彼にどやと胸を張る少女...リリナは自慢気に応える。


 「今の私ならこれくらい簡単よ。たとえこんな次元に来ても......これくらいは、させて欲しいもの...!」


 次第に声が震えていく。感動している様子に見える。

 実際リリナは感動して歓喜している。


 「あなたとこうして過ごしたいってずっとずっと......想ってた。焦がれてた。やっと、叶った...!!」


 感動のあまりに彼女は涙を零す。が、すぐに拭って深呼吸をすると...可憐な笑みを湛えて友聖と向き合う。


 「さぁ友聖!あの時出来なかったことをしましょう!そしていつまでも私と...幸せを探して、見つけて……一緒に幸せになりましょう!!」

 「嫌や......って言っても無駄みたいやな」

 

 前世では実現できなかったパーティー......魔王を討伐して世界を平和にした勇者友聖の感謝と労いのパーティーを開く。

 可愛らしい笑顔を浮かべて幸福に浸っているいるリリナに対し、友聖は楽しそうにも嬉しそうにも幸せそうにもせず、ただ不貞腐れているだけだった。



 「お前なんかと永遠に一緒とか、クソが......ッ」

 「うん……今はそれでいいわ。けどいつかはあの世界で生きていた頃のように、友聖を心から笑わせてみせる!

 何年かけてもいい、私と一緒にいることが幸せって思わせてみせる。それで初めて、二人一緒に幸せに…!



 パーティーが終わってからも、リリナは友聖の傍にずっとい続けた。

 持てる限りの知恵と力で彼に愛情を注ぎ続けていた。


 それは友聖の中に未だ溜まり続けているどす黒い感情、孤独に囚われてしまった悲しい考えを全て取り除くまで、ずっと。

 何十年、何百年もかけてずっと。


 友聖がリリナと心から笑い合い、愛が芽生えるまで永遠に―――





 「いつか必ずあなたを癒してみせる。

 あなたと和解してみせる。

 あなたを救ってみせる――」 


 リリナは太陽のような温かい笑みを浮かべて、今日も友聖にたくさんの愛情を注ぐ―――






第二部 完










NEXT↓ アナザーエンド

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