第110話 立場と気持ち
王子は微笑みから一転、真剣な表情になる。
「この一件で、私はあなたを失いたくはないと思いました。あなたがいなくなるのは、とても寂しいです」
その真剣な様子にライラ様が戸惑うように視線をさまよわせる。王子も視線を落とした。ためらうようにライラ様をうかがい見て、口を開く。
「私は、あなたにそばにいてほしい。私のそばに。今思えば、茶会でもパーティーでもあなたを探していました。自分でも意外なほどに」
色恋沙汰には興味がなかったはずなのですが、と王子は言う。
ライラ様が息を呑むのが分かった。
「あなたが后になってくれれば、私は嬉しい」
ライラ様の頬にじわっとバラ色が広がる。王子から目を逸らしてうつむいた。
「あの、私は――」
それ以上は言葉が続かないようだった。自分の膝の上に重ねた手をじっと見つめて動かない。栗色の髪の合間から、赤く染まった耳が覗いている。
王子はそんなライラ様をみて困ったような顔をした。
「ライラ嬢のお考えは、私もじゅうぶん理解しているつもりです。あなたが私とレイチェル嬢の婚姻を望むのであれば、それを叶えてあげたいとも思います。実際、后にはバルド家姉妹のどちらかが相応しいだろうというのが宮廷での総意です。それに嫡子のレイチェル嬢は貴族社会でも民にも評判が上がっていますから、彼女が相応しいという声も増えてきました」
ライラ様は嬉しいような悲しいような、複雑な顔をして王子をうかがった。
レイチェルお嬢様の評判をあげたいと願ったのはライラ様自信だ。自分が望んだことなのに、今はそれが苦しいのだろう。
王子は言いづらそうに言葉を続けた。
「王子としての立場で言うならば、后にはレイチェル嬢を迎えるべきだと思います。だからあなたが望むのであれば、私はレイチェル嬢と――」
「それは、わたくしに失礼というものではありませんか」
突然の声に、王子は目を瞬いた。
私たちが振り返ると、レイチェルお嬢様がいかにも不機嫌そうに眉を寄せて立っていた。その後ろには苦笑いのマリーとレオンが控える。
「話を盗み聞きしたことはお詫びしますわ。――ですが、聞き捨てならないお話でしたから」
お嬢様は石畳にカツカツとヒールの音を響かせながら王子たちに近寄り腕を組む。二人は目を丸めてお嬢様を見つめることしかできなかった。
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