第75話 絶対的な言葉2

 その場で旦那様の話を聞いていた全員が衝撃と動揺を隠せずにいた。

 誰よりも先に正気に戻ったのはライラ様だった。


「待ってください、お父様。彼女は長年お姉様に仕えてきた使用人ですわ。私には既にジルも仕えてくれていますし、そんな急に――」

「ライラは黙っていなさい」


 私たちに向けられた声よりは幾分か優しい。けれど有無を言わせぬ語調に、眉を寄せながらライラ様は口をつぐんだ。


 マリーが不安そうに私の裾を引っ張って、「どうしよう」とその目で訴えてきた。

 別館での生活は私とマリーの二人でようやく回していたのだ。マリーだけでは生活の維持も厳しいだろう。


 それに、生活上の問題だけではない。

 代々この家に仕えてきたカインツ家の私がお嬢様のもとを離れてライラ様につくなんて、バルド家の令嬢にはライラ様が相応しいのだと示しているようなものだ。自分を過大評価するつもりはないが、長い歴史の中で作られた家の役割は馬鹿にならない。


 それに、なによりも。

 私自身がお嬢様のもとを離れるなんて嫌なのだ。


「お言葉ですが、旦那様――!」

「使用人風情が、私に異議を述べるつもりか」


 じろりと睨まれて私は押し黙った。言いたいことはある。たくさんあるのだが、一介の使用人が現当主に逆らうなんて許されない。

 旦那様の機嫌を損ねれば、私はこの屋敷を追い出されるかもしれない。そんな考えが頭をよぎってしまった。反論するのが恐ろしい。


 しかし、このままでいいわけないのだ。

 私はぐっと拳を握った。


「旦那様、私は――」

「分かりました」


 私の声を遮るように、レイチェルお嬢様の声が響いた。

 真剣な表情で旦那様を見据えるお嬢様は、静かに言った。


「お父様のお言葉に従いますわ。リーフは本日よりライラの使用人として奉仕をさせます」

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